第4場第4場 O cursed spite.
第43話 第4幕第4場 O cursed spite.
「……」
シース・ハモーンはベッドの上で、まどろみからその身を起こした。
乱れた赤髪が汗で額に張り付き、その汗は頬や肩、背中にも髪をまとわりつかせている。
シーツで胸元を隠しているが、その白い布の向こうは一糸もまとっていないのはすぐに知れた。
白く清潔なシーツに乱れてシワが浮き上がっており、それ以上に生まれたままの姿のシースの姿を浮かび上がらせている。
「夢……」
シースは肌にまとわりついた髪ごと我が身を抱きしめた。
二人部屋が基本の寮の一室。生徒会長の特権か、そこは二段ベッドがやっとの部屋ではなく、まるでホテルの一室を思わせる広さがあった。
広々としたダブルベッドも二段ベッドに代わってそこには備えられている。
今はその上で乱れたシーツがそれ以上に乱れた髪をした少女を一人優しく包んでいる。
朝日がその部屋に光を射し、遠くから鳥の鳴き声が聞こえて来る。
部屋にはバスルームも作られていた。
半透明のドアの向こうに、もう一人の少女のシルエットを映し出している。
シースの瞳にいつもの力強い光はなく、惚けたようにそちらに目を移す。
「もう、雲雀が鳴いてるわよ。あなたが寝坊なんて、珍しいわね」
鯉口峰子がバスタオルで髪を拭きながら、湯気とともにそこから出てきた。
髪から肩まではタオルですっぽりと隠れてはいるものの、その他のところは全く頓着を見せずに、峰子はシースの前まで近寄ってくる。
「...It was the nightingale, and not the lark...」
「That pierced the fearful hollow of thine ear;」
シースが静かに英文を呟くと、峰子がすぐにその後を続けた。
「……」
「不安に苛立つあなたの耳を今
「眠れなかったのよ……」
「昨日は激しかったものね?」
峰子が部屋の隅の化粧台へと背を向ける。
「そんな意味じゃないわ……」
シースがベッドの上で身をよじった。
シーツの向こうで閉じらていた両足が、むずかるように前後され、更にその生地を乱れさせた。
「あら、昨日の戦闘のことだけど?」
峰子は化粧台の前に座り、丹念にタオルで髪を
「……ふん……」
シースが己の膝を引き寄せ、そこに顔を埋める。
「まあ、土曜日で授業もないし。寝坊もいいけど」
「タナトスは、曜日など選んではくれないわ」
「そうね……時間も日にちも……今どんな時なのかもね……」
「……」
シースが髪と膝頭ごと、己の身を強く抱きしめた。
「どんな幸せな過去を、あなたはタナトスに壊されたの?」
「……」
「そして、どんな未来をあなたはタナトスに奪われたの?」
「峰子……私は――」
シースはそう答えただけで、結局何も答えなかった。
「……」
髪を
「……」
「……まあ、どんなに深刻ぶっても、今日は土曜日。あなたも羽を伸ばせば? 庵も水族館に行くって言ってたし」
峰子はタオルで髪を再び拭い始める。
「水族館? 呑気なものだな」
「サーヤちゃんも、一緒に行くってさ」
「サーヤが? あの娘、まだ分かってないの? イングランドに帰るどころか、遊びに行くですって?」
シースがようやく顔を上げた。
「そりゃ、本人はこっちに居るつもりでしょうし。誘われれば、遊びに行くぐらいはするかもね」
「やはり呑気な……」
「あら? あの娘の笑顔、望んでないの?」
「ふん……」
「まあ、未練を断ち切る為かもだけどね」
「――ッ!」
峰子の言葉に、シースがビクンと一つ体を震わせた。
「時が迫っているわ。『危険度A』の『第3屋外鍛錬場』。見事に当たったわ。タナトスは予測の規模と時間場所で現れた。予測は信じていいみたいね。じゃあ、次に大きな予想がされているのは――」
「厄災の時……近づいているか……」
「ええ。その前触れなら、早ければ週明けにも……」
「時間がないのね……」
シースが目を転じ、自分の机を見た。
そこには黒いシミに染まった古い洋書が一冊置かれている。
「もしかすると、この学園が作られた目的のその日が近づいているのかもしれない。そしてその日の為に、あなたのような対タナトスの一族は、入学してきたはず。その時、妹ちゃんはどうする気かしらね」
「峰子……私はどうしたらいい?」
「あの日――峰子の演技に、滂沱の涙を見せたあの日……全てを決めたんでしょ?」
「……」
「……」
「……峰子……」
シースがベッドの上で不意に立ち上がった。
シースの肌に引っかかりながら、白いシーツが一緒に持ち上がる。
「……」
「サーヤを完全に排除する。どんな手を使ってでもだ――」
瞳にいつもの光を取り戻したシースの体から、まとわりついていた純白のシーツがはらりと滑り落ちた。
参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)
『ロミオとジューリエット』平井正穂訳(岩波文庫)
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