第41話 第4幕第2場 Make from the shaft. 3

 攻撃は勢いを増しただけではなかった。

 よりシースの身の間際を掠めて、その銃撃はタナトスに襲いかかる。

 時に頬を掠めた銃弾が、その柔らかな皮膚に赤い筋を残す程だ。


「こいつ……我が身を犠牲にして……攻撃に威力を増してるってか……」

「仲間の銃撃に身を晒す覚悟もなければ、この世界で皆を率いて戦っていく資格などない」

「一歩間違ったら、死ぬぞ!」

「ふふ……シースちゃんは、そんな生半可な女じゃないわ……」


 峰子が胸の前で腕を組んだ。


「左様……」


 シースの指揮が不意にピタリと止まった。

 それを合図に瞬時に銃撃は止み、残ったのは穴だらけのタナトスだけだった。

 まだ宙に浮いていた穴だらけのタナトスは、終演に合わせて落とされた舞台の緞帳のように一斉に地面に落ちる。


「何て奴だ……俺と庵でようやく傷をつけていたタナトスなのに……ものの数分の銃撃で、倒しやがった……」


 久礼がその光景に息を飲む。

 小さなタナトスは欠片も残らず鍛錬場の床に四散していた。

 犬のタナトスも断末魔の咆哮もそこそこに霧散する。

 それがシースが一通り指揮を振りかざした後のタナトスの末路だった。


「分かったか、サーヤ? これがタナトスと戦う力。多種多様なスペルを使えてこそ、真のスペルマスター」

「それは……」

「そして我の力の源は、リビドーだ」

「……」

「分かるわね、サーヤ? 貴女のリビドーは……」

「姉様……それでも私は姉様の力に……」


 全てにおいて差を見せつけられたサーヤは思わず下を向いてしまう。

 サーヤは後手に隠していた刀の鞘を胸の前に持ってきた。

 その鞘を震える手で抱きしめる。


「その為に、あまつさえ、私にあの書を渡せと言い出す始末だ」

「ファースト・フォリオ!? そうです、姉様! あれがあれば――」


 サーヤがシースの言葉に顔を上げる。


「黙りなさい! 禁忌のスペルに、呪わしの書物! その二つが合わされば、どんな悲劇が待っているか――」

「それは……」


 シースの一喝に、サーヤは再び下を向いてしまう。


「貴女が私の役に立つことなど何もない。早々にこの学園を去りなさい」


 シースがもう興味はないとばかりにタナトスの残骸に背を向けた。

 当然それはその間にいたサーヤにも背中を見せることになる。

 シースは背を向けたまま、峰子の隣まで歩いてく。


「……」


 サーヤはその背中すら見れない。

 赤毛の姉妹を中心に沈黙の輪ができていた。


「弱ってるわね……」

「そうね……今なら……」


 作り出された沈黙の中、峰子が囁きシースがそれに応える。

 シースは背中を振り返ると、打ちひしがれているサーヤの胸元の鞘に視線を落とす。


「ふふ……」


 シースが意識して優しい笑みをその顔に浮かべた。

 一人の姉として、普通に妹に向ける笑みがそこに現れる。

 意識して作った笑顔だが、本当に妹を思う笑みがそこにはあった。


「サー――」


 シースはその笑みで自ら作った沈黙を――


「るっせぇ! サーヤは俺のバディだ!」


 その沈黙を破ったのは、シースではなく久礼だった。


「――ッ!」


 シースの顔から姉らしい笑顔が一瞬で消し飛んだ。


「ヒサノリ……」


 サーヤが久礼の声にようやく顔を上げる。

 顔を上げて最初に見たのは、我が事のように憤っている久礼の横顔だった。

 サーヤはそのまま久礼のその横顔に見入る。


「久礼……」


 小太刀もその声に久礼の方を見た。

 だがすぐに同じく視線を寄越すサーヤの方に目を奪われる。


「サーヤちゃん……」


 だがすぐに小太刀はサーヤから目をそらした。


「葉可久礼……貴様……」

「サーヤは俺のバディだ。必要かどうかは俺が決める。実際俺は、こいつとだから戦えた」

「ヒサノリ……」

「ふん……なるほど。When the blood burns, how prodigal the soul Lends the tongue vows――か」

「あぁん? 何を長々と?」

「『血が燃えあがれば、魂もめったやたらと口に誓わせるものなんだ』『ハムレット』第1幕第3場ポローニアスのセリフだ。初めて得たバディのせいで舞い上がっているだけ。気が大きくなり、大言壮語を言ってるだけだ」


 シースが久礼とサーヤに再び背中を向けながら続ける。


「何を……」

「サーヤ……」

「姉様……」


 背中を向けたままシースの呼びかけにサーヤが姉を見上げる。


「あなたは母のようにはなれない。私の力にもね」


 背中を向けたまま冷たく言い放たれたその姉の一言に――


「――ッ!」


 サーヤが無意識に噛んだ下唇に血が滲んだ。


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『ハムレット』野島秀勝訳(岩波文庫)

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