第40話 第4幕第2場 Make from the shaft. 2
「Palm to palm is holy palmers kiss...」
それはスペルの詠唱でありながら、何かの歌の一節のように聞く者の耳に心地よく響く。
近衛隊の面々がうっとりとその言葉に耳を傾けた。
シースが両手の指先をそっと合わせて、手を祈りの形に合わせる。
指先だけが互いに触れ合う儚げな合わせ方だった。
若い恋人同士のファーストキスでも見ているかのような、触れるか触れないかで合わせられた指先は、全ての感情を内に孕んだように細く震えている。
だがその指先から目もくらむような閃光が発せられる。
シースの手がやがてぴったりと合わされた。
「『手と手をぴったり合わせるのが巡礼者の
サーヤがそのシースのスペルに息を飲む。
シースがスペルを唱えると、近衛隊の手にしていた武器が光り出した。
その全てが銃火器類だった。
種類こそまちまちだが、シースが従える者達の武器は全て銃の類(たぐい)だった。
拳銃やライフル、果てはサブマシンガンまでがそこにはずらりと並ぶ。
「The bow is bent and drawn; make from the shaft...」
続いてシースは両手を左右に広げながら、別のスペルを暗唱した。
「『弓はきりきりと引きしぼられているぞ。矢面に立つな』『リア王』第1幕第1場リア王のセリフね、シースちゃん。皮肉なスペルだわ」
峰子が頬を紅潮させて、とろけるような笑みを浮かべる。
新たなスペルの詠唱に、その銃火器類が内から更に光り輝く。
近衛隊は一斉にその武器をシースに向けた。
その距離は5メートルと離れていない。
至近距離で銃口が一斉に火を噴いた。
「何を!?」
「姉様!?」
驚きに目を剥く久礼とサーヤ。その目の前で、シースは無防備に銃撃に身を晒す。
全て実体を持った実弾だった。
実弾が全て、両手を広げるシースのすぐ脇をかすめて飛んでいく。
その銃撃が空気を切り裂き呼び込む風で、シースの長い髪とスカートが宙に舞った。
それ程までの近くを、近衛隊が放つ銃弾が、シースかすめて飛んでいく。
銃弾が全てタナトスに命中した。
シースが眼前に立った犬のタナトスを中心に、獲物の姿を見かけて襲いかかってくる他のタナトスも正確に撃ち抜く。
それでいてただの一発もシースには当たらなかった。
「ふふ……これは本来、ガントレットと呼ばれる訓練でな……」
次々と襲い来るタナトスと、雨あられと撃ち込まれる銃撃の中――
シースは両手を収めて悠然と振り返り、久礼とサーヤに向かって不敵に微笑んでみせる。
「砲煙弾雨――銃弾の雨あられに我が身を晒す。誤射する間抜けなど、味方には一人もいないという信念の下に行う訓練だ。民間軍事会社が、トレーニングで取り入れている方法だな。私はそれを実戦に取り入れた」
シースはあまつさえ、散歩でもするかのように右に左にと軽い足取りで歩き出した。
その動き回るシースの左右を、それでもかすめるように銃弾が通り過ぎていく。
そして放たれた弾丸は、一つの狂いもなくタナトスに撃ち込まれた。
「すごい……」
久礼達のところまで駆け寄ってきた小太刀が感嘆の声を漏らす。
「何の意味があんだよ!?」
「分からんか、一年? なら、教えてやろう。騎士はスペルマスターの魔力を使って、精気を抜き出している。その為には、武器を持たないスペルマスターも、騎士の近くにいなければならない。多くが騎士の背中に守られる形でな」
シースは踊るような足取りの中、ちらりとサーヤの様子を横目で覗き見た。
「……」
そこには姉の言葉通りに騎士の背中に守られた妹がいた。
「だが、私は守られているだけの女ではない。ましては私は、ハモーンの者。タナトスの宿敵の
「自ら的になってるってか!?」
「ふふ……私はこの者達を信じている。腕も、忠誠心も。この距離で私に銃弾を浴びせるような間抜けはいない。この機に乗じて、私の命を狙う者もいない」
シースは左右に動く単調な動きから、大仰に身振り手振りを交え出す。
だがそんな大ぶりの身振りにも銃弾はかすめるだけで、シースには当たらずタナトスに撃ち込まれていく。
「いや、的になってるだけじゃない……これは指示を出してるのか……」
「ええ……まるでオーケストラの指揮者のよう……これが姉様の今の力……」
シースの手足の動きに、久礼がポツリと呟きサーヤが続いた。
サーヤの驚きの声の通り、シースの姿はまるでオーケストラの指揮者だ。
違うと言えば、左右前後に踊るように動き回っていることと、実際に指揮しているのが銃弾の狂想曲といったところだ。
踊る手足に導かれ、その
その予測不能な動きに合わせて、銃弾はシースの身を掠めるように飛んでいく。
しかし誰も躊躇する様子を見せない。
シースのその優雅な動きに合わせて、そのわずかに外れるコースを通り皆がタナトスに銃弾を浴びせ続けた。
タナトスはなすすべなくその銃弾の雨に身を撃たれていた。
「それだけではない。この身の近くを掠めさせることで、更なる魔力を私は銃弾に込めることができる」
「何だと? 的どころじゃねえぞ……どうしてそこまでできる?」
「ふふ……The time is out of joint...」
「はい?」
「『世の関節は外れてしまった』ウィリアム・シェイクスピア著『ハムレット』第1場第5場ハムレットのセリフよ、ヒサノリ」
「そうだ。そしてこう続く――O cursed spite That ever I was born to set it right.」
シースが新たな呪文を唱えると、銃撃がその威力を増し、
「『ああ、何と呪われた因果か、それを直すために生まれついたとは!』」
峰子が情感たっぷりにサーヤに代わって訳を続けた。
参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)
『ロミオとジューリエット』平井正穂訳(岩波文庫)
『リア王』野島秀勝訳(岩波文庫)
『ハムレット』野島秀勝訳(岩波文庫)
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