第4幕第2場 Make from the shaft.
第39話 第4幕第2場 Make from the shaft. 1
「……」
シース・ハモーンは屋外鍛錬場に姿を現わすや、不愉快げに眉をひそめてに辺りを一瞥した。
新一年生を中心に何とかタナトスを押し留めている現場。
そこにシースはサングラス姿の上級生の一団を引き連れて現れた。
その一群は黒いガラス越しに真っ直ぐに目を前に向け、背筋をすっと伸ばしていた。
それは自信の表れだった。
満ち足りた表情の上級生らが、そんなシースの後に続く。
まるでシースを崇拝する巡礼者の列だ。
「あら、シースちゃん? 来たの? はーい、近衛隊の皆さん」
そのシースを鯉口峰子が目ざとく見つける。
そして峰子は近衛隊と呼んでシースの背後の一団に手を振る。
だが近衛隊は誰一人も峰子に返事を返さず、生徒会長の背後に無言で付き従っていた。
「学園内にタナトスが現れたのだ、我々には撃退義務がある」
シースはごく自然と峰子の隣まで歩いてきた。
その間も新一年生とタナトスの戦いから目を離さない。
そして目が自然と探してしまうのは、やはり妹の姿だった。
彼女の妹は刀をふるうバディの後ろで、守られながらも魔力を送っていた。
「そうね。決して、我慢できなくなっちゃった訳じゃないわよね?」
「ふん……さて、貴様ら……いや、サーヤ……」
「姉様!?」
突如背後から姉に呼びかけられ、サーヤ・ハモーンが背筋をビクッと震わせながら振り返る。
「何をこの程度のタナトスに、遅れを取っている?」
「姉様! それは!」
「何だよ!? こんな時までお小言かよ!?」
葉可久礼が犬のタナトスの足下に斬りつけ振り返る。
「このような、小物のタナトス相手で、手こずっていてはな」
シースに一体の小柄なタナトスが、矢のような勢いで襲いかかった。
己の頭上に急降下してくる異形のトンビのそれに、シースはまったく動かない。
だがシースの脳天にその身を突き刺す前に、トンビは人の髑髏を撃ち抜かれて空中で四散した。
シースが連れてきた近衛隊の一人が、狙い澄ませた拳銃の一発でタナトスを撃ち抜いていた。
「小物だぁ?」
久礼が油断なく犬のタナトスをねめつけながら、その言葉に怒りに奥歯を鳴らす。
「そうだ。この程度に時間をかけているとは……底が知れる……」
シースは自分がタナトスに襲われたことなどなかったかのように平然と続ける。
「なっ……何だと……」
「ハモーン!」
ハモーンの血を求めるタナトスは、シースにも次々と襲いかかる。
だがシースはその全てに一つとして目を向けることすらしない。
代わりにシースの周りで近衛隊の銃火器が火を噴いた。
シースの頭上でタナトスが瞬く間に四散していく。
シースはそのどれにも目を向けない。
「まあ、仕方がない。騎士の力を抜き出すのは、スペルマスターの仕事……」
「く……」
「やはり貴女はダメね。この程度の敵に手を焼いてるのが証拠よ」
「……」
サーヤが言い返せずに下を向き、悔しげに唇を噛んだ。
「あぁん! サーヤはちゃんとやってるての!」
「――ッ! ヒサノリ……」
自分を庇う久礼の言葉にサーヤが顔を上げる。
「ふん。ならば、実力の差を見せつけてやろう。この程度のタナトス。訓練がてらにちょうどいい。下がっていろ、一年」
シースがそう命令すると、庵がタナトスから距離をとって着地した。
「ヒサノリ……下がって……」
「でもよ……」
庵と違い久礼はすぐに退がらなかった。
その背中をサーヤが引っ張り後ろに退かせる。
シースは久礼と入れ替わるように前に出て、犬のタナトスの鼻先に我が身を晒す。
それと同時に彼女に従っていた背後の一団が一斉に動いた。
近衛隊はシースに習い、その背中へと一気に距離を詰める。
「ぐるる……」
その挑発的な行動に犬のタナトスが本物の野犬のように唸った。
本能で危機を察したのか、うなるだけで自ら襲いかかろうとはしない。
たが犬のタナトス達よりも、小型のものは自制心に欠けるようだ。
シースが近づいてくると、パニックを起こしたようにその場で宙を乱舞し始める。
「あら、あれをやるの? シースちゃん?」
「ふふ……そうだ、峰子……」
威嚇に唸り、四方八方に舞い狂うタナトス。
シースはそんなタナトスのどれ一つとして目も向けず、不敵に笑うとそっと瞼を閉じる。
そして――
「Palm to palm is holy palmers kiss...」
シースがうっとりと目をつむりながら、澄み切りそれでいて己の情欲に耽溺したような熱の籠った口調でスペルを口にした。
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