第38話 第4幕第1場 A document in madness! 5
「俺の精気、来たッ!」
剣道着姿で女子の姿になった久礼。その胸元に指を入れ、そこに隙間を作る。
下着に隠されていない久礼の胸が谷間を見せて開かれた。
久礼は腰帯も軽く結びなおし、女子の体型に合うように道着を直す。
「やりやすい! 道着に袴で正解だったな! これからは、これにすっか!」
久礼は少女らしいラインを出しながら、勇ましく眼前に手にした日本刀を構える。
「ハモーン!」
その久礼に向かって何体かのタナトスが、宙に浮き襲いかかってきた。
人の髑髏を持ち、タカやウサギなどを禍々しく模したタナトス。それらが久礼に――その後ろに庇われているサーヤに向かってくる。
「本当の本番だな! 喰らえ!」
久礼が日本刀を一閃した。
白刃がタナトス達を打ち付ける。
タナトス達は太刀を浴びせかけられ、何体かがその身を切り裂かれた。
残りのタナトスは散り散りに逃げ惑う。
「雑魚だな! よし、庵の加勢に行くぞ!」
「……」
サーヤが久礼の背後で一つ身じろぎした。
サーヤは左手を背中に回し、内股で身をよじらせる。
「どうした?」
「……はぁ……別に……」
サーヤは頬を朱に染め、その頬に右手を持ってきていた。
頬に手のひらを添え、頬から感じる熱を愛しげに包み込んでいる。
小指がわずかに唇の端に引っかかっていた。
その唇から熱い吐息が漏れている。
「な、何だよ……その物欲しげな目は……」
「物欲しげ? 私が?」
サーヤは熱い吐息と赤い頬で、目元まで潤ませている。
「おう……何か熱っぽい視線だぞ……」
久礼はサーヤのその視線に大きく息を飲む。
「……ちょっと、魔力のせいで火照ってるだけよ……」
背中に回されたサーヤの左手。その左手の中で、久礼の視線から隠されたものが揺れる。
それは日本刀を入れる鞘だった。
「いや、ぶっちゃけ……お前……ん? それ。背中の――」
「何?」
「鞘か? おっ!? 鞘もあるのかよ?」
「こ、これは……」
サーヤが久礼の視線から、手にした鞘を背中に隠してしまう。
「鞘もあるんなら、俺の抜刀術が――」
「久礼! 何やってのよ!? 早く、あの男子を助けに行きなさいよ!」
久礼がサーヤの背中を強引に覗き込むが、小太刀の声がそれを遮った。
「分かっるって! 庵、助太刀するぞ!」
久礼は結局抜き身のままで刀を揺らしながら庵に向かって駆け出した。
「なっ……」
宙を舞う庵が駆け寄ってきた久礼に振り返る。
「遺恨は後だ!」
「分かったよ! 足を引っ張らないでよね!」
「ふふ……」
久礼の背中をサーヤはゆっくりと歩いてついてく。
「えっ、ちょっと……」
小太刀が慌ててその背中を追いかけようとした。
だがその間に小型のタナトスが割って入った。
「えい! こっちくんな!」
小太刀が久礼の家宝の日本刀で小さなタナトスを懸命に追い払う。
だが小太刀の普通の刀では近づけないようにするだけで精一杯だった。
見れば多くが小太刀と似たような状況だった。
パニックこそ起こしていないが、それぞれ今できることなど限られている。
久礼や庵のように真っ当に騎士としての力を出せている生徒も少なかった。
それでも小さなタナトスを相手に誰もが奮闘していた。
「久礼! そっち片付けたら、こっちも手伝いなさいよね! あっ……何してんのよ、アイツ……」
小太刀が刀を闇雲に振りながら久礼の姿を目で追う。
だが小太刀が見たのは、到底頼りにできそうにない久礼達の姿だった。
「この……やりにくい……」
久礼は刀をふるう度に、タナトスに小さな傷をつけている。
しかし二、三度刀をふるう毎に、背後のサーヤに振り返らざるを得なかった。
サーヤの姿を見つけた小型のタナトスが、群れをなして襲いかかっていた。
久礼はそのタナトスを追い払い、それから正面のタナトスに向き直ることを繰り返している。
守る時間が長く、攻撃に割く時間が明らかに短い。
「くそ……まあ、最初の時みたいに……死にたいのかって感じでも困るけど……」
「……」
サーヤは久礼の背中に隠れて、タナトスから身を守っていた。
久礼の精気を抜いた直後の紅潮した頬は今は収まっていた。
サーヤは今度は久礼の背中でしっかりと守られる位置だ。
「てか……さっきは、ちょっと……やばかった……」
久礼がちらりとサーヤに振り返る。
サーヤの目元にわずかに上気した後が残っていた。
久礼の視線が戦いの最中でありながら、その目元に誘われたように相手の目を見つめてしまう。
「何?」
「別に! すっこんでた方がマシじゃねえのか!? 危ないぞ!」
久礼が少女らしい顔を赤らめて前に向き直る。
「だから! 私の魔力が必要でしょ!?」
「てか、お前狙って、雑魚タナトスが寄ってくんだよ!」
「はぁ!? かえって好都合でしょ!」
「ははっ! 久礼くん! 何を無様な! 僕らを見習ったらどうだい?」
庵が一際高く飛び、犬のタナトスの肩に深い一撃を入れていた。
それは魔力がしっかりと乗った一撃だった。
だがその魔力を供給しているはずの峰子の姿は、その側には見えない。
「畜生! 庵の奴!? どうやってんだ!?」
見れば庵は峰子を後ろに残して跳躍している。
そして数度の攻撃の後、背後に控えた峰子の下まで戻っていた。
「空母と艦載機ってところか……行っては還りの繰り返しで、魔力を貰ってんだな……」
姉を後ろに残し、宙を舞うように攻撃を加える庵。サーヤを背中に庇い、下からタナトスに斬りかかる久礼。
より多くの効果的な打撃を与えているのは、明らかに庵の方だった。
「それに比べて……こっちは、やりづらい!」
「ちょっと!? 私のせいだって言うの!?」
二人が苛立たしげに同時に叫んだ。
その時――
「まったく……無様な……」
その光景に険しく目を光らせながら、シース・ハモーンがゆらりと現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます