第37話 第4幕第1場 A document in madness! 4
「おっ、庵の精気はクナイになるのか? 何だよ、忍者かよ。格好いいな」
そう。それはクナイと呼ばれる小型の武器だった。
「そう、クナイよ。庵の精気はクナイになるの。短いし小さいけど。先に行くほど細くなって、ちょっと可愛い感じもするわね。でも、短くって小さくっても、羊の皮を被った狼なのよ! 庵のソレはね!」
「何!?」
「しかもかなりの素早さよ。早いわよ」
「何と……短くって、小さくって……皮を被ってるだと……しかも早いとは……」
「それに、庵の武器はクナイだけじゃないわ……さあ、庵! 思う存分に暴れなさい! A document in madnessよ!」
「ア・ドキュ……マッド……何? サーヤちゃん?」
峰子の流暢なスペルが聞き取れずに、小太刀が小首をかしげた。
「『狂気にも教訓があるということか』『ハムレット』第4幕第5場レアティーズのセリフよ」
「狂気?」
「ええ、狂気よ……あの男子……何を……」
「ぐぐぐ……」
庵が腰と肩を落として何やら唸り始める。
漏れ聞こえてきたのは、獣のような唸り声だ。
「がっ……」
次の瞬間、庵がクナイを手にその場で跳躍した。
女子生徒のスカートを翻し、庵は一飛びで人の頭の上を優に超えていく。
「なっ……なんて高さだよ!」
「ふふん! 跳躍だけじゃないわ!」
庵が飛んだ先には犬のタナトスが、人の頭蓋骨で吠え狂っていた。
庵は落下する勢いに乗りながらそのタナトスに飛んでいき、激突直前に空中で前転をして見せた。
庵は体重と回転の勢いが頂点に乗ったところで、両手でクナイをタナトスに突き立てる。
「すげぇ……」
久礼が思わず驚嘆の声を漏らす。
庵のクナイは深々とタナトスの右肩に突き刺さっていた。
「おのれ……」
怨嗟の声を上げながら、タナトスが苦しげに身をよじった。
未だその肩に刺さるクナイと、そこにぶら下がる庵を振り払わんと狂ったように左右に体を振る。
「……」
庵がクナイを引き抜き、タナトスを蹴ってその場を離れた。
その目が内から爛々と光っている。
「おいおい……あれ、正気か?」
「いいえ、極度の興奮状態よ。庵は精気をクナイとして具現化するときに、その身を狂気に満たすの。ああなった庵は強いわよ」
峰子の言葉を証明するように、庵の両目は赤く内からの光に輝いていた。
そこに理性的な輝きはなく、野生に身を任せたようなそれが瞬いている。
「マジっすか!? 確かに……あの動き……狂気の沙汰か……」
「そうね、ヒサノリ……あのタナトス……イオリって男子の動きについていってないわ……」
久礼とサーヤが並んで庵の動きを目で追う。
庵の動きは人間のそれを超えていた。
目まぐるしくタナトスの周り地面を蹴るや飛び回り、クナイ一つでその身を翻弄していた。
イオリはときに相手のタナトスの体も蹴って、クナイでその体に傷をつけていく。
犬のタナトスは自分の半分の大きさもない人間を、ただ睨みつけるだけで前足の鋭い爪を中に彷徨わせていた。
「ああ……女子の制服でスカートを翻し……」
「はい?」
「色柄トランクスをチラチラと覗かせながら、タナトスに立ち向かうなんて……正気じゃできないな……」
「何見てんのよ、ヒサノリ!」
「そうだ! 見とれている場合じゃない! サーヤ、俺の精気を抜け! タナトスを倒す!」
久礼が慌てて周囲を見回した。
犬型以外のタナトスもとうに闇から鍛錬場に舞い降りていた。
それらのタナトスが、生徒達の前で威嚇に骸骨の顎を一斉に鳴らしている。
身構える生徒の幾人かの手には武器が握られていた。
拙いながらも何人かがスペルマスターとしてスペルを唱えていた。
即席のバディを得た生徒が精気の武器を手に皆を守っている。
「みんな付け焼き刃だ! 俺がやる!」
「分かったわよ!」
サーヤが久礼に向き直った。
「O happy dagger! This is thy sheath!」
サーヤのスペルとともに閃光が弾け、辺り一面が光に包まれる。
「うひ――ひゃああああぁぁぁぁっう!」
そして光の向こうから、途中で女子の黄色い声に変わる奇声が響き渡った。
参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)
『ハムレット』野島秀勝訳(岩波文庫)
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