第35話 第4幕第1場 A document in madness! 2

「すげぇ……」

「葉可の奴……本物じゃねえか……」

「えっ? 今の見えた?」


 野次馬の中から自然と感嘆の声が漏れ聞こえた。


「……」


 久礼が静かに刀を鞘に戻す。


「コダチ。ヒサノリは今、何をしたの?」


 サーヤが久礼の剣捌きに驚きを隠せない様子で訊いた。


「一瞬で刀を抜いて、庵くんの木刀を切り落としたのよ。サーヤちゃん」

「見えなかったわ……」

「そうね。アイツこういう才能だけは、本物だから」

「そうだ。これが俺の抜刀術だ」


 久礼がもう一度無言で日本刀を抜き放った。

 今度も誰にも見えなかった。

 だが今回は抜き放ったままで、その切っ尖を真っ直ぐ突き出す。

 右手は刀を抜き放った形で、どこまでも真っ直ぐに伸ばされていた。

 無駄も、力みもない。

 抜き放たれた日本刀とまるで一体になったかのような綺麗な型(かた)だ。

 そしてその切っ尖は寸分も狂いもなく、庵の鼻先に突きつけられていた。


「バットージュツ? 何それ?」

「サーヤは知らないか? 鞘に収めた状態から、刀を抜き出して相手を倒す。そんな技だ」


 左手は静かに腰に収められた鞘に添えられていた。


「鞘に収めた状態から?」


 サーヤは鞘の方に視線を落とす。


「そうだぞ。鞘に入れて、抜き放つ――それが抜刀術。気持ちいいぞ」

「そう……鞘に入れて、抜き放つ――ね……」

「どうした、サーヤ?」

「別に……」


 サーヤは小さく答えると、首ごと視線を鞘から外した。


「もちろん勝負は竹刀でやる。だが、庵。今の俺の抜刀術が見えか?」


 久礼がようやく日本刀の切っ先を引っ込め、今度は勢いよく鞘にその刃を戻した。

 小太刀から竹刀を一本受け取り、久礼は代わりに日本刀を返した。


「日本刀だなんて、何かと思ったけど。なる程、実力の差を見せつける為だったのね」

「実力の差? あのイオリも騎士なんでしょ、コダチ?」

「久礼は……別格なのよ……少なくとも、剣術じゃあね……」

「ん?」

「……私なんかじゃ……ついていけないくらいにね……」


 小太刀は久礼の背中に険しい視線を向けながらポツリと呟く。


「ふん……なかなかやるね……確かに、君の土俵に上がって勝負しようと思ったのは、僕の思い上がりだったね……でも、それで僕の虚を突こうったって、そうはいかないよ……」


 庵が冷静さを取り戻そうとしてか、目を軽くつむって息を整える。


「そうかよ?」

「……そうだよ。でも――」


 庵がすっと薄目に目を開ける。


「でも、僕だって男の子……やる時は、やるよ……それに、今求められているのは、タナトスと戦う力……」


 庵のその瞳はすでに落ち着きの色を取り戻していた。

 目の色だけではなかった。

 庵はその小柄な体で、全身から気迫をみなぎらせ始める。


「ん? こいつ……さっきまでと雰囲気が……」

「バディがいれば、また違う戦いになるよ」

「……」


 庵の言葉に峰子が音もなくその隣に並んだ。

 だがその時――第3鍛錬場の上空に不意に闇が一つ生まれ、


「ふふ……やっぱり来たわね……お誂え向きのが……」


 峰子はその闇を背にして呟いた。

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