第33話 第3幕第4場 I would you were as I would have you be! 5

「――ッ!」


 サーヤが久礼の声に驚きとともに顔を上げる。


「ふん……どうした、一年?」


 言葉を途中で遮られたシースが、鋭い視線を今度は久礼に向けた。


「どうしたじゃねぇよ。いきなり現れて、文句ばっかり言いやがって」


 久礼がシースを睨み返す。


「ふん。いきなりではない。サーヤにはいつも言ってる話だ。一昨日も、諭した内容だ」

「なら、なおさらだ。いくら姉貴だからって、全否定はねえだろ。こいつは俺のバディだ。苦情があるんなら、俺が聞くぜ」

「ヒサノリ……」

「サーヤのバディ……貴様だったな……」

「ああ、そういえば。自己紹介がまだだったすね、先輩。俺は葉可久礼。特技は抜刀術っす」

「鵐目小太刀です! 1年3組です! 剣術に自信があります!」


 小太刀が久礼に続いて、慌てて立ち上がりながら名を告げる。


「貴様がサーヤの騎士ナイトという訳か……」

「そうだ。抜刀術なら、誰にも負けねえよ。そっちも名前ぐらい名乗ったらどうです?」

「久礼! 知ってるでしょ!」

「直接会うのは、初めてだ。名前ぐらい、名乗るもんだろ」

「よかろう。一理ある。シース・ハモーンだ」

「ホントに、名前だけかよ!? 自信家だな!」

「こら! 久礼! 失礼でしょ! 相手は生徒会長さんなのよ! 敬語も使いなさいよ!」

「だってよ。入学式のことの文句は、峰子先輩には言ったけど。元凶の生徒会長にはまだだからな」

「入学式のことだと? ああ、タナトスをけしかけたことか?」

「ああ、いきなり戦闘なんかさせやがって」

「何だ、葉可久礼? いざとなれば、本番は怖かったか?」

「何を!」


 久礼が一歩前に詰めた。

 そのあまりに殺気立った様子に、周りの生徒達が固まったようにお昼の手を止めた。


「腕に自信があるから、この学園に来たのだろう?」


 もちろんシースはその程度ではひるまない。


「当たり前だ! 俺はこの時の為に、一人激しいシゴキに耐えてきたっての!」


 久礼が右の拳を力強く握った。


「ほう? 一人で激しいシゴキをしてきたか?」

「そうだ!」

「しかしそんなものは、どこまでいっても所詮は孤独な素振り。何回振っても、一人満足するだけ」

「何だと! 俺のシゴキが、自己満足だってか!?」


 久礼の右手の拳が怒りに細かく震えた。


「その通りだ。手慰みの、独りよがりだと言っている」

「手慰みの、独りよがりだと!? 」

「そうだ。手慰みの、独りよがりだ。一人で妄想相手にこそこそと素振りし、どんなに精を出したとしても、所詮一人悦に入るだけだ。一人でするのと、相手がある本番とでは、全く違うと思い至りもせずにな」

「何を……」

「次にタナトスが現れた時、貴様の命があればいいがな」

「うるせぇ! タナトスなんて、返討ちだ!」

「ふん……Marry, your manhood mew!」

「はい?」

「『おやまあ、大層、男らしいこと――にゃおお!』『リア王』第4幕第2場ゴネリルのセリフだ。一人で激しい男子生徒くん」

「てめぇ……」

「姉様!」

「――ッ!」


 不意に割って入ったサーヤに、シースは呼びかけられただけで睨みつける。


「ね、姉様……」

「何だ、サーヤ? 言いたいことがあるのだろう?」

「姉様……ヒサノリは決して、一人ではありません……今は私と二人で……です……」


 サーヤは絞り出すように声を出す。

 その拳は勇気を振り絞る為か、固く血が出そうなまでに握られていた。


「そうだ! 実際どうにかなったての!」

「ふん……初めて同士、随分とぎこちなかったがな」

「初めて抜いてもらったんだ! ぎこちなくって、結構!」

「雑魚タナトス相手で良かったな」

「何を!?」

「姉様! では、あの本を! 私にお渡し下さい!」

「――ッ!」


 サーヤの言葉にシースが目を剥いた。

 一瞬でその目は血走り、自らの力で目尻が裂けそうなほどにシースは瞼を見開く。


「あれさえあれば、私はもっと力が……」

「黙りなさい……」


 シースが今度は歯を剥いてサーヤを睨みつける。


「しかし、姉様……」

「サーヤ……忌々しい……まだそんなことを言ってるの……」

「何だよ、サーヤ? あの本って?」

「私たちスペルマスターの力を導いてくれる本よ。ファースト・フォリオっていう――」


「あれは! ただの! 血塗られた本だ!」


 シースが血も吐き出しそうな程の絶叫で、サーヤの言葉を遮った。

 その目は一瞬で充血し、赤髪は自らの怒気で逆立った。

 ただでさえ目が離せないシースに、教室中の視線が釘付けにされる。


「そう! 忌々しい! 呪われた! 血にまみれた書物! あんなものがあるから! 貴女は!」


 シースが目を血走らせながら続ける。


「おいおい。冷静さが売りの、生徒会長さんらしくないな」

「姉様……」

「ふん……気分が削がれたわ……今日のところは、ここまでよ……」 


 シースはくるりと背を向けた。

 教室に居た生徒達は、立っている者も座っていた者も慌ててシースの為に道を空けた。


「あはは、じゃあね」


 峰子がシースの後を追う。


「好き勝手言いやがって。何しにきやがった?」

「こら、久礼。聞こるわよ」

「姉様……」


 サーヤは拳をぐっと握りしめ、一度も振り返らない姉の背中を最後まで見送った。


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『リア王』野島秀勝訳(岩波文庫)

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