第32話 第3幕第4場 I would you were as I would have you be! 4

「峰子先輩!」


 久礼が真っ先に声のした方に振り返る。


「はーい。シースちゃんもいるわよ」


 そしてその背後からすっとシース・ハモーンが無言で現れた。


「姉様!」


 サーヤが背中を鞭で打たれたかのように反射的に立ち上がる。

 シースは現れただけで教室中の生徒の視線を瞬時に奪う。

 その場の全員の目を一瞬で釘付けにするほど、シースは気高くそして冷酷なまでの美しさをその身に湛えていた。

 サーヤと同じ赤い髪が静かに揺れ、同じく赤い瞳が一点の曇りもない光を放っている。

 すっと前に出ただけが、その身がぶれるということを知らない。

 静かに揺れた髪も、曇りのない瞳も、芯の通ったような背筋も。この少女の意志の強さを、すべての所作が感じさせた。


「サーヤ。せっかくの空き時間を、無駄に過ごしてるようね」


 シースはサーヤの前の机に視線を落とした。

 すっと細められたその視線は、まるで鋭いナイフのようにその場に突き刺さる。


「そ、それは……」

「教科書も参考書も真新しいわね。手付かずじゃない。ダメな子ね」


 ナイフはそのまま下から上へと突き上がり、サーヤの心を内からえぐった。


「こ、これは……頂いたばかりだからで……」


 サーヤはその視線に萎縮し、真っ直ぐ姉の姿を見られない。


「ふん。それに、その程度の内容。イングランドにいる時に終わらせておくべき内容よ」

「――ッ! ね、姉様なら、この程度の内容も、中学の時に終わらせていたでしょうけど……」

「そうよ。ハモーンの子ならね」

「は……はい……」

「ましてや貴女が使えるスペルはたったの一つ。いくらハモーンの血を引くあなたでも、これでは足手まといでしかないわ」

「一つ? あんなに勉強してるのに? サーヤちゃん」


 シースの言葉に小太刀が小首をかしげる。


「……はい……」

「何故、イングランドから出てきたの? 一族全員が、貴女の日本行きに反対したはずよ」

「……」

「I would you were as I would have you be! 『十二夜』第3第1場オリヴィアのセリフよ。分かるわね?」

「『あたしが望んでいるようなあなたであってほしいわ』です……」


 シースの言葉に答えながら、サーヤがもう一度萎縮して下を向いた。

 姉と妹。そっくりの顔と容姿をしながら、姉は相手を完全に見下ろし、妹はその視線に押し下げられたようにうつむいている。

 ただでさえ容姿で目立つ二人の会話は、教室全体の視線を集めていた。

 それでいながら誰も口を開くことができない。


「今すぐイングランドに帰ることね」

「私は十年に一度と呼ばれる厄災と戦うために、この国に来ました……」

「私に何一つ勝ったことのない貴女が?」

「それは……でも、姉様の力になりたくて……」

「あんな雑魚に、手間取っていて?」

「く……」


 シースが何か口にする度に、サーヤがその身を小さくしていく。


「……」


 いたたまれない雰囲気が教室全体を覆った。


「サー――」


 尚もシースが口を開いたその時――


「おいおい。いくら身内だからって、勝手言いすぎだぜ。会長さんよ……」


 久礼がすっと立ち上がると、静かに――そして力強く口を開いた。


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『十二夜』小津次郎訳(岩波文庫)

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