第31話 第3幕第4場 I would you were as I would have you be! 3

「お前か……」


 久礼が耳を解放されて後ろを振り返ると、そこには鯉口庵が立っていた。


「聞かせてもらったよ。この学園に来て、スペルの基本すら知らないなんて。本当に僕の相手になるのかな?」


 庵は鼻息も荒くして、久礼に向かって胸を張ってみせる。

 女子生徒の制服に身を装っていた庵。その自信満々に張られた庵の胸元で、赤いリボンが可愛らしく揺れた。


「何だよ? 話聞いてたのか?」

「まあね」

「てか、その話題。だいぶ前のだぞ。遅くないか?」

「うっ……だって……」

「会話が途切れるのを待っていたの?」

「そうみたいね、コダチ」


 今度は小太刀が小首を傾げ、サーヤが納得とばかりに小さくうなづいた。


「いい子なのかしら?」

「そうね。授業も熱心に聞いてたわね」

「引っ込み思案で、真面目で、いい子そうな――そんな外見だしな。女子制服の庵」


 女子二人が抱いたであろう印象を久礼が代弁する。


「なっ……なななな……」

「そして、心なしか、随分と着慣れてきてるぞ、庵」

「なっ! 好きで着てるんじゃないぞ!」

「いや。スカートの丈が、短くなってる」


 久礼がスカートの下に覗く庵の白い太ももに目を落とす。


「ええ、ヒサノリ。膝上に来てるわ。最初は膝下だったのに」

「そうね、サーヤちゃん。腰のところで折り込む、女子の常套手段よ」


 久礼達三人だけでなく、教室の周りの生徒の視線も庵に集まってきた。

 その視線が一斉に庵のスカートの下から覗く、白い太ももと可愛らしい膝小僧に注がれる。


「楽しんでるな、庵」

「こ、これは! お姉ちゃんが、こっちの方がいいって言ったから!」

「その『いい』は、間違いなく可愛いとか何とかの意味だぞ、庵」

「――ッ! そ、そんな! 動きやすいからだと、ばかり……」


 庵が耳まで真っ赤になった。


「おお……」


 その様子に周りの生徒達が男女問わず感嘆の息を漏らす。

 そして皆が一斉にスマホを取り出すや、その表情を写真と動画に撮りだした。

 皆は映像を一通り撮り切るや、すぐさまスマホに指を走らせる。


「何故、顔を赤らめるだけで、拡散対象なのよ! アンタらは!」

「えっ、皆やめてよ! 恥ずかしいよ!」


 庵が困ったように顔を両手で覆う。

 その姿に更にフラッシュは瞬き、皆の指はスマホの上を踊り狂った。


「えっ……ちょっと、どこまで可愛くなるのよ……アタシら、女子の立場は……」

「ふん! お、覚えててよ! 次に会ったら、けちょんけちょんにしてやるからね!」


 庵は状況に耐えられなくなったのか、急にきびすを返し最後は涙目になりながら教室の出口に駆けていった。


「いや、だから……今日もこの後、授業と寮で会うんだが……」


 その背中を久礼が席も立たずに見送った。


「何しに来たの、イオリって子?」

「さあ、お弁当一緒に食べたかったんじゃない?」


 小太刀が教室から姿を消す庵の背中に目を凝らす。

 その手には小さなお弁当箱が握られていた。


「あはは。あの子、昔からシャイなのよね」


 庵の見送る三人の背中に今度は女子の声がかけられる。

 いつの間にか現れ背後を取っていた鯉口峰子が、去り行く弟の背中に呑気に手を振っていた。

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