第3幕第4場 I would you were as I would have you be!
第29話 第3幕第4場 I would you were as I would have you be! 1
翌朝。女子寮――
「――ッ!」
赤髪を振り乱して――それでいて汗で額にまとわりつかせながら、サーヤ・ハモーンが二段ベッドの上で身を起こした。
どっと汗がサーヤの額から滴り落ちる。
春の朝日が暖かい日差しを窓から差している。
だがサーヤの額に浮かぶのは冷や汗だった。
「……また、あの夢……」
サーヤが頭を左右に激しく振った。
だがそれでも振り払えたのは額の汗だけで、見た夢はまだ瞼の裏にこびりついてるようだ。
サーヤは無言でベッドの脇のハシゴに足を掛ける。
「……いないわね。今日も朝練?」
サーヤはハシゴの途中で下の段を覗き込む。
下の段で寝ていたはずの同居人の姿を見つけられず、サーヤはそのまま窓の外に目を転じた。
竹刀を振る鵐目小太刀の姿がすぐに目に入った。
小太刀は寮の中庭で一心不乱に竹刀を振るっている。
「今日も早いわね。おかげでうなされてたのは、気付かれてないか……」
サーヤが窓を開けると、心地よい風が入ってきた。。
竹刀が風切る音が、その風に乗って聞こえてきた。
耳を澄ませば心地よいまでのリズムで、小太刀は手にした竹刀をふるう。
サーヤはしばらく風に任せて髪をなびかせる。
小太刀の机の上で、リボンが一筋風に揺れた。
それは文庫本に挟まれた栞のリボンだった。
「第2幕第6場辺りね。ロミオとジュリエットが、修道士ロレンスの下で、結婚式をあげるところだわ」
小太刀の栞の位置に関心したように微笑み、その調子のよい竹刀の音に耳をすませるサーヤ。
そのサーヤの耳に荒々しいまでのテンポで風を切る別の音が、微かに風に乗って聞こえて来る。
「ん? あっちも……頑張ってるんだ……」
遠く隣の寮へと続く中庭から聞こえてきた素振りの音。サーヤはその音の主を求めて首を伸ばす。
塀の隙間越しに僅かに見えた男子の後頭部は、ここ二日でサーヤには見慣れたものだった。
それが懸命に上下し、木刀を何度も虚空に打ち付けている。
「一応バディとして……頼もしいのかな……」
サーヤはそう呟くと、自らは参考書が山と積まれた机に向かった。
授業二日目の木曜日の昼の時間。
「うおおおっ! 今日も朝から、さっぱりか分からん!」
葉可久礼が教室で頭を掻きむしった。
お昼までの授業が終わり、皆が昼食の時間を迎えほっと一息ついていた。
そんな中、久礼は一人パニックを起こし、教室の窓際の机で頭を抱えていた。
「ヒサノリ。今日もまだ、内容は初歩の初歩なんだけど?」
久礼の前の席だったサーヤ・ハモーンが、後ろに振り返って呆れたように目を細める。
「いや、サーヤ! 何で授業の半分以上が、何百年前の英語の授業なんだよ!? 何で、よく知らん小説の登場人物の心境など、学ばないかんのだ!?」
「小説じゃないわ。戯曲よ脚本よ。ウィリアム・シェイクスピアよ」
「一緒だ! 何の話だか、全くついていけん!」
「久礼。アンタね、観念しなさいよ」
鵐目小太刀がお弁当を手に久礼の机に寄ってきた。
小太刀の机は真ん中の列の一番後ろだった。
「小太刀! 昼飯食ったら、鍛錬場行こうぜ! 体動かしたい! 竹刀振りたい! 太刀を抜きたい! 勉強なんて、まっぴらだ! 振りたい! 抜きたい! すっきりしたい!」
「昼間っから、何言ってるのよ、ヒサノリ? 基礎的な知識をちゃんと理解しないとダメでしょ?」
サーヤがカバンからサンドイッチの包みを取りだした。
小太刀は空いていたサーヤの机の前に回り、後ろ向きに座ってお弁当を広げた。
今日も二人とも自前の昼食だった。
サーヤは今日は机に教科書類を山積みにしている。
サンドイッチとお弁当がその脇に広げられた。
「そうよ。サーヤちゃんの言う通りよ」
「小太刀! お前、それでいいのか!? そんな呑気なこと言ってると、剣の腕が錆びるぞ!」
「別に、ちゃんと自主練はしてるわよ。寮の中庭で、朝も、夜も竹刀振ってるわ」
「俺だってしてる! 朝も夜も、自分でシゴキまくってる!」
久礼はその証拠と言わんばかりに、制服の腕をまくって見せた。
「……」
久礼の言葉に、サーヤが横目でちらりと見る。
サーヤが見たのは、その鍛えられた筋肉質な腕だ。
「だが、鍛錬以上に、この座学が俺を脳から破壊する!」
「破壊される脳があったのね、ヒサノリ」
サーヤは久礼の腕から目をそらして悪態をつく。
その顔は少し赤くなっており、それを見られないようにかサーヤは僅かに顔を背けた。
「何だと!? さすがに、あるわ!」
「煩悩とか、本能とか。そんな懊悩なら、コイツいっぱいあるわよ」
「Oh! No! がいっぱいなのね。ヒサノリらしいわ」
「ほっとけ! てか俺、剣士だし! 座学なんて、不要だし!」
「スペルマスターにしろ。騎士にしろ。スペルの勉強は必要だって言ってるでしょ?」
「俺の精気を抜くのは、スペルマスターのお前の役割だろ? スペルはそっちが覚えてればいいだろ?」
久礼がカバンから市販の菓子パンを取りだした。
いかにもカロリーが最優先といった感じの、惣菜パンがごろごろと机の上に並べられる。
「もう! 騎士はバディのスペルマスターを守りながら戦うんだからね。騎士はスペルマスターの魔力を使うんだから。スペルの有効範囲とか、ちゃんと頭に入れておく必要があるでしょ?」
「近くにいるだけで、いいだろ?」
「そうだけど。騎士側もよく知ってるに越したことはないでしょ? ま、まあ……頑張ってるのは……知ってるけど……」
サーヤは最後は小声で呟き久礼の目元を見る。
そこには寝不足気味の黒いクマができかけていた。
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