第26話 第3幕第2場 In thy woman's weeds. 3
「まったく……勝手に人のこと賭にしけて」
サーヤが談話室のすぐ外で、廊下の向こうを伺いながら呆れたように呟いた。
男子寮へと向かう通路の向こうに、庵の背中が消えていく。
事情を知らない何人かの男子生徒が、ぎょっと目をむいて庵の背中を見送っていた。
「うるせぇ。勝てばいいんだろ?」
久礼が同じく廊下でそっぽを向きながら答えた。
「サーヤちゃんと、アタシは何と同部屋らしいのよね」
小太刀は二人の隣で部屋番号が書かれた資料に目を落としていた。
「これからよろしくね、コダチ」
「もちろんよ、サーヤちゃん」
「いいな。お前ら、さっそく仲良くて。同室とは」
「はいはい。野郎はさっさと、むさ苦しい男子寮の方にいきなさい」
「むさ苦しいって。建物は別でも、中は一緒だろ」
久礼は最後は女子寮側へと消えていく小太刀に追い立てられるように、男子寮側通路へと足を向ける。
久礼は廊下で窓の外を見た。
寮は全体的に凹の字の形をしていた。
真ん中に談話室などの共同の施設があり、その両側に男女の寮室のある建物が連なっている。
寮の間は中庭のようになっており、伸びた木々と、設えられた塀で、男女間の行き来や視界を遮っていた。
男子寮は廊下側が中庭に面しており、女子寮は部屋の窓がそちらに面していた。
木と塀で、女子寮の部屋があるのは見えるが、その向こうは全く見通せなかった。
「ちっ……女子寮と男子寮は、完全隔離か……」
久礼はその塀を横目で恨めしげに睨みつけながら、男子寮側に歩いていく。
久礼は部屋の入り口でネームプレート入れを見上げた。
そこにはまだプレートは一つもなく、二人分の空きがあるだけだった。
「二人部屋だったな……物音がするな。同居人が先にいるのか? プレートはまだつけてないのか? まあ、いいか。俺もまずは入るか。おい、入るぞ」
久礼がノックを一つしてドアを開ける。
そこに待っていたのは見知った顔だった。
そしてその顔は真っ赤になっていた。
着替え中だったらしい。
「――ッ!」
着替え途中でスカートだけになっていた生徒が、驚いたようにこちらを振り返る。
「悪い! 着替え中だったか!? 女子が着替え中だなんて、思ってなかったんだ!」
久礼が慌てて目をつむり、闇雲に手を振って不可抗力だとアピールする。
「えっ!? 女子? ここ男子寮……」
久礼が自分の言葉に思い直してそっと目を開けた。
「はわわわわわ……」
久礼の視界の先では一人の生徒が顔を真っ赤にしていた。
庵だ――
「庵かよ!」
庵は背中を丸めて脱いだばかりの上着で胸元を隠そうとしている。
「久礼くん!?」
「何、女子みたいに胸隠してんだよ!」
「だって、まるで女子みたいに着替えてたんだよ! 恥ずかしいでしょ!」
庵は右手の制服で胸の前を隠しながら、慌てて左手でスカートのウエスト部を抑えていた。
スカートはすでにチャックが外されており、手で押さえていないと今にも床に落ちそうだった。
実際少しずれ落ちており、トランクスの柄(がら)が覗いていた。
「そうかよ……てか、寮……部屋まで同じだったんだな……」
久礼がドアから部屋の中へと入ってくる。
「う、うん……そうだね……」
「次に会う時は――とか言ってたな……」
「そそそ、それとこれとは、話が別だから!」
「そうかよ」
久礼は部屋に入るなり、その足の行き場を失う。
二人用のさして広い訳ではない寮の部屋。二段ベッドと二人分の勉強机でほぼスペースが埋まっている。
その部屋の床一面に、女子用の洋服がこれでもかと積まれていた。
「庵……お前の私服か……」
「お、お姉ちゃんが、戦利品とやらを押し付けていったんだよ! この三日間用の私服だって!」
「そうか。やる気満々だな、庵」
「誰のせいで、こうなったんだよ!」
庵が真っ赤になって言い返すと、ついにストンと音を立ててスカートが床に滑り落ちた。
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