第3幕第2場 In thy woman's weeds.

第24話 第3幕第2場 In thy woman's weeds. 1

「お、弟……男の子だと……」


 葉可久礼の目の前で、スカートの中から男物のトランクスが顔を覗かせる。

 白黒とさせる久礼の両の瞳に、見紛うことなき男物の柄物の下着が映し出された。


「お姉ちゃん!?」


 鯉口庵が驚き慌てて、姉の手を振りほどいた。

 教室中に自分のトランクスを見られた庵が、真っ赤になりながらスカートを押さえた。

 まだ空気をはらんで暴れるスカートを、庵は必死になって両手で押さえる。

 その仕草はどう見ても、一陣の風にいたずらされた女子生徒のそれだった。


「おお……」


 その仕草と真っ赤な顔に、主に男子生徒から感嘆の声が上がり、


「キャーッ! 可愛い!」


 女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。


「ふふん。let me see thee in thy woman's weeds.ね」


 いたずらの主――鯉口峰子が楽しげに流暢な英文を口にする。


「はい?」

「『女の着物をきて見せておくれ』『十二夜』第5幕第1場オーシーノウのセリフよ」

「いや、どう見ても女の子でしょ?」

「この可愛さで、男子? 反則ね」


 鵐目小太刀が驚きに目を見開き、サーヤ・ハモーンが呆れて半目に目を細めた。


「そうだ! どう見ても女子だ! 可愛い制服まで着やがって!」

「せ、制服は君のせいだろ、葉可久礼! 校門での話だよ!」

「校門で?」

「そうだよ! 校門で上に乗っかられて! ズボンもシャツも破れたんだよ!」

「ああ!? あん時のか? あの人の山の中に居たんだな」

「一番上だよ! 君に後ろから押し倒されて……嫌だったのに……強引に……無理やりに上に乗られて……」

「ちょっと……後ろから押し倒されて、校門で――ですって……」

「しかも嫌がるのに、ズボンとシャツを破られて、強引に――だとか……」

「上に!? 上に乗られたの!? キャーッ! それで!? 校門で!? 無理やりに!? キャーッ!」


 庵の言葉に一部の女子から熱狂的な視線が向けられる。


「そうよ。庵の制服、破れて台無し。だから、峰子の戦利品の中から、背丈が合う制服を貸してあげたの」

「戦利品? 何すか、それ?」

「身も心も――身もころもも、捧げてくれる娘っているじゃない?」

「はい!? そこ詳しく! 峰子先輩!」

「久礼! 後にしなさい!」

「そう。制服は、お姉ちゃんが用意してくれた」

「いやだからって、何で着るんだよ」

「だって! さっきまで、学校の保健室で寝かされてたからね! 学校では、制服着用が規則だろ! 先生に怒られるよ!」

「お、おう……ジャージとかの選択肢は――」

「あはは! 胸はかなり余ってるけど――似合うわ。さすが私の弟。立派な男の子だわ」


 峰子が久礼の言葉の途中で割って入り、庵の頭を抱き寄せて自身の胸に埋めさせる。


「お姉ちゃん、やめてよ!」

「あら、逃がさないわよ! うりうり」

「やめて! 頭ナデナデしないで! 胸に顔を押しつけないで!」

「くそ……羨ましい! で、何だよ? いかに女子の制服が似合うか。自慢しにきたのか?」

「違う! 勝負しにきたんだよ!」


 庵が峰子の手と胸から弾けるように逃れた。


「勝負って。制服は悪かったよ。でも、人助けだったろ?」

「制服だけじゃない! あの時。へへへ、変なところが……変なところが、お尻にムチッと当たって……」


 庵があの時の何かを思い出して、頬をうっすらと赤く染めていく。


「変なところ? ああ、そういや。あの体勢なら、ムチッと当たってたかもな」

「そうだよ!」

「でも、どストライクって訳じゃなかっただろ? 少し外れてボールって感じだったろ?」

「ボールだって!? むしろ当たってたよ! デッドボールだよ!」

「つっても、たまたまだしな」

「たまたまだって!」

「あの時ゃ、必死でな。最後にたまたま当たったんだよ。それとも、何か? ぼうっと突っ立てた方が良かったってか?」

「ぼうっと突っ立ったれても、たまたまだったとしても! どっちもゴメンだよ!」

「まあ、いいだろ? そのたまたまムチッっと当たったお陰で、女子一人助かったんだぞ」

「開き直って! 厚顔無恥とはこのことだ!」

「おいおい、そんなにはっきりと言うなよ。女子の前だぞ」

「女子の前の話じゃなくって! 男子の前の話だよ!」


 庵が憤懣やる方ないといった感じで、真っ赤な顔を左右に滅茶苦茶に振った。


「ボールだの、たまたまだの、コーガンだの。男子どもは、何を喚いているの、コダチ? 女子の前じゃなくって、男子の前の話って何のこと? ぼうっと突っ立ってちゃダメなの?」

「サーヤちゃん! そこ聞き返さなくって、いいからね!」

「で、何の用だよ? 木刀まで持って」

「知れたことだよ、久礼くん! 入学式で受けたはずかしめ! 晴らしに来たんだよ! 僕と勝負だ!」

「はぁ?」

「受けてもらうよ。勝負は明後日の金曜日の放課後でどうだい?」

「いいぜ。ただし、その時まで、その格好でいたらな」

「なっ!?」

「だって、俺。勝負受けるメリットないし。これぐらいは、条件ないとな」

「ぐぬぬ……」

「嫌なら、いいぜ。俺は損しないし」

「ぐ……分かった! その条件、雪辱の為なら飲もう! 次に会う時が、君の最後だ!」

「いや、普通に明日も明後日も会うし。クラス同じだろ? 寮もここだろ?」

「うっ! それはなしで!」

「お、おう……」

「何、赤くなってんのよ、久礼」

「いや……だってよ、小太刀……」


 久礼が助けを求めるように周りを見回すと、談話室の全員が男女問わず同じように真っ赤になっていた。


「むむ……何だか、久礼くん! 真剣味が感じられないよ! 分かった! こっちも一つ、条件を出す!」

「何だよ?」

「やるなら、真剣勝負。久礼くんにも、本気になってもらう。だから、君のバディを賭けてもらうよ!」

「――ッ! 何だと……」


 久礼が無意識に右手を左の腰にやった。

 それは抜刀の構えだ。


「ヒサノリ……」


 一瞬で戦闘態勢になった久礼の姿にサーヤが息を飲んでその名を呼ぶ。


「本気だよ。ハモーンさんをもらう。僕もタナトスと戦う為にこの学園に来た。その為には、バディが必要だからね。ちょうどいいだろ? 雪辱も、バディ獲得も。同時に果たしてみせる」

「庵……てめぇ……本気か……」

「本気さ! だって、僕は――」


 庵は宣戦布告の為か、手にした木刀を再び勇ましくも久礼に突きつける。


「男の子だからね!」


 そしてその激しい動きでスカートの裾から可愛らしい膝小僧をのぞかせた。


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『十二夜』小津次郎訳(岩波文庫)

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