第23話 第3幕第1場 Most loving mere folly. 4

「へっ、誰? 勝負? 何?」


 突然現れスカートを勢い良く翻す生徒を、久礼が目をしばたたかせて迎える。


「忘れたとは言わせない! 僕をこんな目に遭わせて!」


 膝下まで伸びたスカートの上に続くのは、新一年生の証の赤いリボンが首元に眩しい女子の制服だ。


「何だか涙目ね、久礼?」

「そうだな。半泣きだな、小太刀」


 小太刀と久礼が互いに困惑に眉をひそめて相手を見る。

 その生徒はふるふると目元を震わせ、半分涙目になりながら談話室に入ってきた。

 そしてその手には何故か勇ましくも木刀が握られていた。


「あら、やっと来たわね。着替えに手間取ったのかしら?」


 峰子が近づいてくるスカートの生徒の姿に振り返る。


「赤いリボン? 同じ一年ね。あっ!? アナタもしかして、もう一人の人?」

「あれ? 男子って話だぞ、小太刀」

「そうね。じゃあ、久礼の知り合い?」

「さあ、残念ながら知らないな。こんな可愛い娘。一度会ってたら、絶対忘れないしな」


 久礼がこちらに近づいてくる相手の顔をマジマジと見つめながらも、思い出せないのか深く首を傾げた。


「可愛い娘って、アンタの基準はいつもそれか……」

「いや、だって。クリクリした大きくつぶらな瞳。しかしそれ以外は、お箸で摘んで並べたかと思うほど、かんばせに並ぶ小さくて可憐な唇や鼻、耳、眉。全身も小柄で、髪も短く、小動物のような活発さを感じさせる印象がありながら――その中にも、その小ささ故に、守ってあげたいオーラは満載の、か弱さ、脆さ、儚さ感じさせる繊細さがあり、でもその芯に一本通った強さを感じ、それがなお一層愛おしく感じさせる! こういう男心をくすぐるを、可愛いって言うんだぞ! しかもやったね! 僕っ娘ときたもんだ! 少しは見習えよ、小太刀!」

「何を見習うって言うのよ!?」

「だがしかし。いかんせん。初めて会ったはずだ。こんな可愛い娘、俺が忘れるはずないからな」

「初めて会った――だって!? 何を言って! 僕に……僕にあんなことをして!」


 赤いリボンの生徒は、周りの生徒を押しのけるように久礼の前に立った。

 そして手にしていた木刀の切っ尖を真っ直ぐ久礼に突きつける。


「はい?」

「忘れたとは、言わせない! あんな……あんな辱めを受けて……僕は……僕は……」

「久礼! アンタ入学早々、この娘に何をしたのよ!」


 小太刀が久礼をキッと睨みつける。


「女子に何かしたの? サイテーね……」


 サーヤも軽蔑の眼差しを久礼に向ける。


「いや、だから。初めて会ったって。こんな女子――」

「僕の名前は、鯉口いおり!」


 鯉口庵と名乗った生徒は、久礼の前まで来ると峰子の隣に自然と並んだ。

 すらりと背の高い峰子から見て頭一つ分ほど背が低い。

 庵は半分涙目になりながら木刀の切っ尖を久礼の目の前で震わせる。


「鯉口? 峰子先輩と同じ名字ですね?」

「そうね……ふふ……」

「妹さん? そういや、似てますね。同じ顔を、綺麗と可愛いにパラメータ振り分けたって感じっすね。姉妹っすか、先輩?」

「むっ!? 誰が姉妹だよ!」

「はい? 違うのか?」

「あはは。違うわ。この子は、鯉口庵――」


 峰子が不意に腰を前に屈めると、庵のスカートの裾を掴んだ。


「あっ、それっ!」


 峰子はそのまま躊躇うことなく、庵のその裾を胸元までたくし上げる。

 クラス中の皆に向かって、そのスカートの中が白日の下に晒された。


「へっ?」


 皆が驚きに目を剥く中――


「私の自慢の弟。立派な男の子よ」


 峰子は満面の笑みでそこに現れたトランクスを反対の手の平で指し示した。

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