第21話 第3幕第1場 Most loving mere folly. 2
「いや、待てよ! それより、これからの話の方が大事たと思うんだが!?」
「そうよ。あれがアナタの異能の力なの?」
サーヤに久礼の正面を取られた小太刀が、心なしか場所を取り戻そうするようにその身を赤毛の少女に寄せた。
「ええ、そうよ。私達がタナトスに対抗するには、基本二人一組のペアが必要なの。一人でもある程度力は発揮できるし、姉様の秘書のような特殊な例もあるけど。私が使ったのは、騎士の力を引き出す側の力――スペルマスターの力よ」
「スペル……マ……スター? そういや、あの時も言ってたな。俺の精気を抜くときに」
「ええ。今は私が、あなたのスペルマスターよ。そうね……人がこの世に紡ぎだした言葉……繋いできた言の葉を。多くの人が願いや想いを乗せて口にしてきたその名言を――呪文のスペルとし、それを使役するのがスペルマスターよ。スペルマスターはこれと見込んだ騎士の力を、この呪文化した言葉で導き出すの。スペルマスターと騎士は、いわば互いにパートナー――バディよ。お互いをバディとして、私達はタナトスに立ち向かうのよ」
「スペ……ル……マ……スター? バディだとぉ……」
久礼が詰め寄ってきたままのサーヤの全身に視線を落とす。
その視線がサーヤの顔から、胸元、腰のくびれ、腰、スカートから覗く白い足へと幾度も上下した。
「ええ、そうよ。今日からあなたが、私のバディよ。あなたにとっては、私がバディね。不本意だけど」
「スペ……ルマ……スター――か……しゃくにさわるが、確かに……こいつはスターかも……このバディなら……認めざるを得ない……ゴクッ……」
再度久礼の視線がサーヤの全身を上下する。
そして最後には大きく音を鳴らして生唾を飲み込んだ。
「アンタさっきから何言ってんの、久礼?」
「いや、確かにスターだなって……今夜から一番星で、お世話になりそうな……いやいや! だがしかし! 一番お世話になってしまいそうな、ナイスなバディだが! それはそれで、しゃくな気が!」
「久礼! 何、一人で言ってるの!? スペルマスターよ! スペル・マスター! 呪文の使い手とか! そういう意味よ! 」
「お、おう!? そうか! スペル・マスターか!? 区切るところが、違ったか?」
「どこで、区切ったのよ!?」
「えっと……スターの前……」
「言わんでいいわよ!」
「そうよ。今の私は、あなたのスペルマスターよ。ところで、何でスターの前で切るのよ?」
「サーヤ。英語は得意でも、ドイツ語は苦手か?」
「ドイツ語なの? ドイツ語の何かのスターって訳ね。調べておくわ」
「えっと、サーヤ――さん! 分からないのなら、いい! 分からないのなら、いいから!」
「そう? えっと、コダチだっけ? そう呼んでいい? 私のことは、サーヤでいいから」
「いいわよ、サーヤちゃん。ああ、あのスペルって……」
「私のスペル? あれは『ロミオとジューリエット』の台詞よ。気になる!? ならこれ、日本語訳!」
サーヤの顔がパッと明るくなり、スカートのポケットから一冊の文庫本を取り出した。
「へっ? あ、いや……スペルが大丈夫かどうか……知りたいなって……」
「悲劇だけど、素敵な恋の物語よ! きっと、コダチも気に入ると思うわ! あ、これあげる! 読んでみて! 気にしないで! これ布教用だから!」
サーヤは相手の声が聞こえてないのか、サーヤの手に強引に興奮気味にその文庫本を渡す。
「は、はぁ……ありがと……」
「どういたしまして。まあ、とにかく。今日から私が、あなたのスペルマスターよ。私の騎士さん」
小太刀に文庫本を渡したサーヤが、機嫌を取り戻した顔で久礼に振り返る。
「俺はどっちかっつうと、武士だっての。俺は
「はがくれ? 何よ、それ?」
「知らないのかよ? 有名な武士の本だぞ。『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』――ってな」
「……死ぬこと……」
久礼の言葉にサーヤが急に目元に陰を落としてうつむく。
「しまった! 俺は布教用なんて持ってない――ん? どうした、サーヤ?」
「いえ、別に……」
心配げに覗き込んでくる久礼の視線から、サーヤは更に顔を背けて逃れようとした。
「別にって、お前。急に、暗くなって――」
久礼が尚も暗い表情を浮かべるサーヤに問い詰める。
「はーい。色々と、お話があるから。お邪魔するわね」
その時、こちらは明るい女子生徒の声がドアの向こうから聞こえてきた。
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