第18話 第2幕第3場 Foul deeds will rise. 2

「どうも! どうも! 声援サンキュー! いやぁ、タナトスと戦う力を身につけに来たのに、初日からこれで。肩凝るわ!」


 久礼はわざとらしくそう不平を漏らすと、今度は両肩をぐるぐると円を描いて回す。

 その動きにつられて、女体化したままのその胸が、ゆさゆさと揺れた。


「おお……」


 その光景に男子たちが感嘆の息を漏らし、一斉に取り出されたスマホのフラッシュが瞬いた。


「だから、撮んなっての! 久礼! アンタも! ふざけた胸、わざと揺らして!」


 小太刀が久礼の後ろから教室に入ってくるや、久礼の正面に回り込みその両肩を掴んで激しく揺さぶった。


「おいおい。お前こそ、揺らすなよ。揺れるだろ」

「キーッ! もうホント何で揺れんのよ!? これ!?」

「だって……あるし!」

「あるしじゃないわよ! この!」

「おいおい。いくら現実を認めたくないからって、そんなに激しく揺さぶるなよ」

「キーッ! 受け入れられるか!」


 小太刀が怒りに任せて激しく揺さぶれば揺さぶるほど、久礼の胸は上下左右に激しく揺れた。


「止めろ、小太刀! 揺れる! 弾む! 俺のお胸が揺れて! 弾む!」

「キーッ! 腹立つ! お胸とか、言うな! それにしても……腹立つ! 何よこれ!? やっぱ、めっちゃ揺れるじゃない!」

「いやだな、嫉妬で揺らすなよ、小太刀! お胸が! お胸が揺れるじゃないか!」

「何がお胸よ!」


 小太刀が信じられないとばかりに久礼の肩を揺らす。

 その度に久礼の胸は無闇矢鱈にうなづくようにあちこちに揺れた。


「オーッ!」


 今度は大きく感嘆の声を上げて、周りの男子たちがスマホを手に一気に距離を近づけてきた。

 フラッシュの瞬きと、シャッター音に混じって、赤い録画を示す印が、教室中に揺れ動いた。


「だから! 撮るな! 録るなっての! てか、久礼! 何でアンタは、そんなに嬉しそうにしてんのよ!?」

「いやぁ……だって……この胸の大きさと形はアレだし……あの時この手にした、あいつの胸そのものだし……よかった……」

「思い出すな! 恍惚の笑み、浮かべんな! てか、なんであんなとこ掴んで助けたのよ!」

「仕方ないだろ! とっさだったし! 掴めるところ、あそこしかなかったし! 誰かさんと違ってな!」

「キーッ! 言うに事欠いて! アンタって奴は、久礼!」

「仕方がない! 人助けだもの! 本能だもの! 男の子だもの!」

「ふざけんな! ホントこれ、戻るんでしょうね!?」

「さあ? 何せセイキを抜かれたらいしからな。まあ、戻るんじゃね?」

「戻るんじゃねって……軽いわよ!」

「ああ、それにもしても俺は……セイキを抜かれて……小太刀以上のスタイルを持つ、女子らしい女子に変わってしまったらしい……ああ、申し訳ない! 小太刀以上に、女の子らしいなんて! ああ、恨めしい! 小太刀以上な、発育だなんて! ああ、すまない! 小太刀以上の、ナイスなバディだなんて!」

「いちいち人を引き合いに出すな!」

「あっ!? 俺も一枚撮っとこ。いや、ここは動画か」


 久礼が空いていた左手を制服のお尻のポケットに回した。

 男子の制服のズボンに包まれた丸みを帯びた女子らしいお尻。そこのポケットからスマホを取り出すと、久礼は胸ぐらを掴まれたまま呑気に一枚自撮りする。


「セイキって!? セイキって! やっぱり……これが、アレなの!?」


 小太刀の困惑の視線は、久礼の胸元から、その右手の日本刀へとそのままスライドする。 


なんだよ、小太刀?」

「だって……これが、あの……子供の頃に見た……その……あの……久礼の……」

「ははぁん……あのって、なんだよ? いや、俺のなにだよ? 真っ赤になってないで、俺のなにかはっきり言えよ、小太刀」


 久礼が今度はスマホを録画に切り替え、カメラを小太刀に向けながら問いかける。


なにって……それは……」


 スマホの画面の向こうで、揺れる小太刀の表情は、見る見る耳まで赤くなっていく。


なにって、なにだよ? 言ってみな」

「だって……なにだなんて……」

「ほら、恥ずかしからずに……俺のなにだって……」

「これが久礼のなに……って――言えるか!」


 録画の赤い丸の表示された画面の向こうから、


「ぐはっ……」


 その赤い丸より真っ赤に頬を染めた小太刀の拳が飛んできた。



「ええいっ! 恨みがましいぞ、小太刀!」


 久礼が小太刀の拳を顔から引き抜きながら叫んだ。


「うるさい、この木刀でも喰らいなさい!」


 拳は引っ込んでも、小太刀の苛立ちはまだ収まらない。

 小太刀は木刀を構えると、その切っ尖を迷うことなく久礼に向ける。

 教室の入り口付近で二人が騒ぎ続ける中、不意に久礼の背後で教室のドアが開いた。

 赤毛の女子生徒が、うつむき加減で教室に入ってくる。


「……」

 

 サーヤ・ハモーンが浮かない顔をして入り口に現れた。

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