第2幕第3場 Foul deeds will rise.
第17話 第2幕第3場 Foul deeds will rise. 1
騒動で終わった入学式――
「ふわぁ……一戦交えた後のせいか、妙に眠い……」
久礼の姿は教室棟の一角にあった。
対タナトスの学園とはいえ、普通の高校生でもある。
その為、通常の授業やホームルームを行う教室棟ももちろんある。
その廊下に、久礼と小太刀が荷物を手に並んで歩いていた。
久礼の手には廊下に差し込む陽の光を浴びて怪しく光る日本刀が抜き身で握られていた。
二人の近くに赤毛の女子生徒の姿はない。
「サーヤさん……生徒会長追いかけて、行っちゃったわね。大丈夫かな?」
小太刀が廊下を歩きながら久礼に振り返る。
久礼を見たのは小太刀だけではなかった。
抜き身の日本刀を手に、男子の制服の胸元を弾けんばかりに膨らませた久礼。
廊下をすれ違う生徒は、例外なくその姿を遠巻きに見ていた。
「さあ……こっちの話が先だってのによ……ふわぁぁぁ……」
「もう。何で、そんなに眠いのよ。こっちは、色々と話したいことあるのよ」
「……何を話すんだよ? ふぁ……」
久礼が大きく背伸びをしながら応えると、その胸が伸びに合わせて大きく上下に揺れる。
「そりゃ……初めてだったのよ。お互いよかったところとか。褒めて欲しいとことか。感じたところとか。あるでしょ、何なりと」
小太刀が拗ねたように久礼の横顔を見上げると、遠くからトンビの鳴き声がピーヒョロロと聞こえてきた。
「反省会かよ……終わったら、それでいいだろ?」
「むっ。やりっ放しなんだなんて。男子って、何でそんなにデリカシーないのよ」
「……知るか……眠いものは、眠いんだ……それに今、あいつにやられて女子だし……後で戻すって言われたけど……ふわぁ……」
「この学園のスペル――イギリスの文豪の言葉を使ってきた、退魔の一族らしいわね……お母さんの方が……」
小太刀が後ろを振り返る。
そこに赤毛の女子生徒の姿はない。
見えたのはこちらに好奇の視線を向けてくる他の生徒達の目だけだった。
「それに俺を騎士とか言ってな……英国騎士か? 俺は日本剣士だっての……」
「アンタの腕は知ってるわよ。てか、竹刀が途中で折れたのに……よく戦おうとしたわね」
小太刀が視線を手元の荷物に落とす。
小太刀は両手でぶら下げ、久礼は肩に引っ掛けるように荷物を持っていた。
通学鞄、竹刀袋、防具袋の一式が、二人の共通の荷物だ。
二人ともに、通学鞄は真新しいが、竹刀袋と防具袋は方々が擦り切れ、汚れが染みついていた。
よほど使い込まれた道具がその中に入っているのは、袋からの様子から見て取れた。
だが今は、竹刀が入っていた小太刀の袋の方は中身が失われ力なく垂れていた。
「ああ、
「まあ、太刀がダメな日だってあるわよ」
「いや、それじゃ、面目が――男が立たない」
「男が立たないのが、そんなに屈辱なの?」
「男が立たないんだぞ? 恥以外の何だよ?」
「どうしようもないんでしょ? 仕方ないじゃない。次頑張ればいいじゃない」
「口だけの慰めは、かえって傷つくっての」
「男が立たないって言われたって。こっちは口で慰めるぐらいしかできないわよ」
「口で慰められてもな。立たないものは、立たないな」
「いーだ! 口動かすのも、疲れるんだからね! もう知らないわよ! 早く教室行くわよ! 1年3組よ!」
「おっ? 1年3組――ここだな。オリエンテーションとか、まだみたいだな」
二人はようやく目的の教室に着いた。
中からは、入学式の騒動に興奮冷めやらない様子の声が廊下にも漏れ聞こえてくる。
「……」
だが久礼が先に教室に入ると、一斉に教室にいた生徒達の視線が集まり静まりかえった。
男女ともに教室から送られてくる距離を置いたその瞳の色。
入学初日からタナトスと戦い、何故か女性化している久礼に、皆が警戒の色もあらわな目を向けてくる。
「……」
先に久礼が教室に入った。
自身を迎える教室の空気。先まで賑やかっただったはずの教室の雰囲気は、久礼の登場で一瞬で凍りついた。
だが――
「1年3組の皆! 俺が、入学初日からタナトスを倒した男――そう! 男の中の男! 葉可久礼だ! よろしくな!」
だがそんな固まった空気を、久礼は正面から突破する。
久礼は教室に入ってくるや、両手を目一杯振った。
その動きに合わせて、男の中の男――葉可久礼の胸がまたもや呑気に揺れる。
「……」
久礼のその言葉と裏腹な行動に、教室の空気が別の意味で固まった。
「……ナイス……」
「ありがとうございます!」
「お前、サービスいいな!」
そしてその空気はあっという間に砕け、先に教室にいた男子生徒から一斉に感謝の声を上がった。
「ちっ……男子どもめ……」
「バカばっか……」
「男の胸でしょ? 何でもいいっての……こいつら……」
反対に周りの女子――特に一部の女子からは、あからさまな侮蔑の声が上がる。
「ひ、久礼……アンタッてヤツは……」
その代表格である小太刀が教室の入り口でわなわなと震えた。
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