第2部第2場 In the first of his heart.
第16話 第2部第2場 In the first of his heart.
「……な、ななな……何よ、アイツに何が……」
体育館の床に一人の女子生徒が座り込んでいた。
鵐目小太刀だ。小太刀は目を白黒させて、日本刀をふるう男装の女子を見上げる。
その目は信じられないとばかりに大きく見開かれていた。
「よっし! いける! この俺の太刀なら!」
タナトスを倒した男装の女子生徒は慣れた様子で正面に刀を構え直した。
女性らしい丸みを帯びた小さな腰から、その日本刀が雄々しく天を突くように立つ。
まるで初めからそこに生えていたかのように、刀は自然と女子生徒の腰から伸び上がっていた。
「……」
その背中を一人の赤毛の少女が見守る。
少女は腕に抱えていた日本刀の鞘を背中に隠した。
「この太刀なら、満足だろ!? サーヤ!」
「ふふ、まだまだね……敵も残ってるし」
赤毛の女子生徒はもちろんサーヤ・ハモーンだった。
サーヤの視線は吸い込まれたように刀身に奪われ離れない。
その言葉とは裏腹にまさに魅入っていた。
「けっ! 贅沢かよ! まあ、でもこれならいける! あれ? てか何か……胸が苦しい……」
男装の女子生徒はさらなる一撃を加えんと、日本刀を再び正面に構えた。
しかし急に不思議そうに首を振ると、首だけ胸元を見下ろそうとする。
だがその動きより早く、その男子生徒用の制服の裾を何者かが後ろから強引に掴んだ。
「おっと。何すんだよ、小太刀!? 危ねえだろ?」
「何すんだよじゃないわよ!」
裾を掴んでいたのは、未だ立ち上がれない小太刀だった。
小太刀は相手の制服の裾を掴むと、それにすがって立ち上がろうとしていた。
「はぁ?」
「久礼!? アンタそれ!? どうしたのよ!?」
小太刀がようやく立ち上がる。
立ち上がり切っても、小太刀はその裾を放そうとはしなかった。
「刀か? 別に、俺が持ち込んだんじゃねえよ。知らん間に、現れたんだ」
男装の女子生徒は『久礼』と呼ばれて、小太刀に振り返る。
「そそそ、そんな話じゃないわよ! アンタの声……てか、その体……一体どうしたのよ!?」
「何だよ?」
「その声よ! 体よ! てか、胸よ!」
「はい? 声? 体? 胸? そういや、胸がやけに苦しいんだよな……」
男装の女子生徒が己の胸元を見下ろす。
そこには男子の制服のシャツが、今にも内から打ち破らんばかりに膨れていた。
「おおおっ!? 何だこりゃ!? 胸!? 胸だと!」
「そうよ! 久礼!」
「俺……女の子にセイキをヌかれて……男になるどころか――女の子になってんじゃねえかよ!」
男装の女子生徒は葉可久礼だった。
久礼は胸元が年頃の女子のように内側から膨らんでいた。
体の線の細さも、声の高さも、流れるような体のラインも。
顔もスタイルも全てが女子生徒のそれに変貌していた。
内から盛り上がった胸が、男子学生用のシャツを生(き)の形のままに盛り上げている。
「おお……それにしても……ポヨンポヨンだな……」
久礼が軽くジャンプすると、その胸が柔らかく奔放に揺れた。
「ポヨンポヨンとか言うな!」
「そして……ズボンの中で、ポロンポロンするものが――ない!」
「知るか!」
「おい! サーヤ! お前、俺に何をした!?」
「私があなたのセイキを抜いたのよ。あなたのスペルマスターとしてね」
サーヤの顔には先と同じ熱を孕んだ恍惚の笑みが浮かんでいる。
「何だと!?」
「……」
「これがお前の異能の力なのかよ!? 俺のセイキを、引っこ抜いたのかよ!?」
「ええ、あなたのセイキを抜かせてもらったわ」
「で、こんな状況かよ!?」
「そうね。男のセイキを抜いたから、女の体になったみたいね。レアだけど、まれにあるわ」
「だからって、丸ごとかよ! 中身だけ抜けよ! 物ごと抜くなよ!」
久礼が内股になって震え上がる。
その股は確かにそこに何もないと証拠づけるように、ぴったりと閉じ合わさった。
「さあ。そのセイキを武器に。私とともに、憎きタナトスを倒しましょう」
「いや、武器があるのはいいけどな。お前何か危なっかしいんだよ。死にたいのかっての……」
「ふふ……」
「何笑ってんだよ? ん?」
久礼が天井を見上げた。
未だ残っているタナトスが、今にも襲いかかろうと身構えていた。
「ああ……To answer by the method, in the first of his heart...ね」
「何だって?」
「『章で申すなら、心の第1章』。ウィリアム・シェイクスピア著『十二夜』第1幕第1場ヴァイオラのセリフよ……あなたは戦う為の力を手に入れたわ……さあ、これが第一歩よ……私の為に、立って頂戴……」
「いや! だから! その立つモノがだな!」
久礼は悲痛なまでの声を上げながら、新たに襲いくるタナトスに斬りかかる。
今度もタナトスは久礼の日本刀に切り裂かれその身を爆散させた。
「……」
サーヤはその爆風に赤髪をなびくに任せながら、壇上の姉――シース・ハモーンを見上げた。
何かに酔ったような熱を帯びた光が、その瞳に宿っていた。
久礼の抗議を無視し、一段高いところにいた姉の姿を、サーヤは自然と下から見上げる。
舐めるような視線はどこか妖しい光を湛え、挑みかかるようにも、甘えてきてるようにも見える。
「……」
姉が無言で妹を見つめ返す。
「これで、最後か? とにかく今は、いい……サーヤ! 戻るんだよな、これ!?」
「姉様! 私はここに宣言します!」
サーヤの瞳の光が正常に戻った。
むしろ意志を表す強く明るい瞳に一瞬で切り替わる。
「……」
「無視かよ! 俺の体は!?」
「この者を、我がバディとし! この身を賭しても――」
「――ッ!」
サーヤのその言葉に、シースの秀麗な眉が怒りに吊り上がった。
「必ずや、我らが敵――タナトスを殲滅してみせます!」
最後まで久礼に背中を向けて鬼の形相の姉に向き合うサーヤ――
「戻るんだよな!?」
その背中に肩を怒らせる久礼の胸は、最後まで〝ポヨンポヨン〟と呑気に揺れた。
参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)
『十二夜』小津次郎訳(岩波文庫)
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