第2幕第1場 So young, my lord, and true.

第14話 第2幕第1場 So young, my lord, and true. 1

「うっひぃぃぃひゃあぁぁうううぅぅぅ……」


 女子の甲高い悲鳴が混乱の渦の中の体育館に響き渡った。

 悲鳴でありながら、歓喜の声であり、勇ましい雄叫びでありながら、艶めかしい嬌声でもあった。

 それらが渾然一体となって、ないまぜになった少女の奇声が体育館全てに轟いた。

 その奇妙な声を上げた少女の目の前に、一振りの剣が光とともに現れる。


「ななななな……今の何だ……俺は何をされた……」


 少女は男子のような粗雑な口調で、目眩でもするのか頭を左右に振った。

 粗雑な口調の少女は両の膝を折り、体育館の床に座り込んでいた。

 少女らしい丸みを帯びた小さなお尻で座り込み、それでいて男子のようにあぐらをかいて床に座っている。

 その服装も男子学生のそれだった。

 左右に頭を振る少女の視界の端に、抜き身の刃の妖しい光が入り込んだ。


「この刃紋……これ、見覚えがあるぞ……俺ん家の家宝の……」


 やはり粗雑な口調で呟く男装の女子生徒の前で、不可視の力で空中に一振りの刀剣が浮いていた。

 長く艶やかで先に行くほど反っているそれは、まるで自ら光っているかのように妖しい光を放つ。

 目も眩むほど輝いていたのは反りが入った鋭いやいばを持つ刀剣――


 日本刀だ。


「先に寮に送ったはずだよな? それが何で、今。ここにあんだよ?」


 男装の少女がその小さな首をかしげると、その頭上から異形のものが襲いかかってきた。


「いや、考えてる場合じゃねえ! この太刀ならいける!」


 男装の女子生徒はあぐらを崩して立ち上がると、虚空に浮かぶ刀の柄をがっしりと掴んだ。

 不意に襲いかかってきた鋼鉄の一撃を、男装の女子生徒は鍛え抜かれた鋼の刃で弾き返す。


「行くぜ! そこどいてろ、サーヤ! 危ねえぞ!」

「ああ……あれが……私の……」


 男装の女子生徒の後ろでは、サーヤ・ハモーンがその胸元に先までなかった空の鞘をしっかりと抱きかかえていた。

 こちらも先に行くほど反っていくそれは、日本刀を納める鞘であることがすぐに知れる。

 だがサーヤは相手の忠告も聞かず、その場から動かない。


「はぁ……あれで……あれで、私は……」


 サーヤが熱い吐息を漏らしてその鞘を抱きしめた。

 まるで自分自身を抱きしめるかのように、サーヤは愛しげに鞘を両手で包み込む。

 そのまま体内に埋もれていっておかしくないほど、サーヤはその鞘を深く抱きしめた。 


「……O happy dagger...This is thy sheath...」


 サーヤがその上気した頬で、やはり熱い吐息ともにスペルを口にする。

 サーヤは鞘を抱きしめながら、視線は男装の女子生徒に釘付けになっていた。

 正確にはサーヤの瞳は、その日本刀に吸い込まれるように潤んだ光を向けている。


「聞けよ! くそ! 来やがる!」


 サーヤの背後にこちらを虎視眈々と狙うタナトスの姿が見えた。

 そのタナトスが動く。


「ええい! 死にたいのかよ!」

「...There rust, and...」

「何だ!? 何か、言ってる場合かよ!」


 やはり動かないサーヤを背中にかくまい、男装の女子生徒は日本刀を白い閃光とともに振り下ろした。

 まばゆいばかりの閃光に討ち払われ、タナトスは空中でその身を苦痛によじる。

 その次の瞬間にはタナトスは内から爆発するように、その身を四方八方に散らしていった。

 斬り裂かれ爆散霧消するタナトスを背にして、サーヤは長い髪に顔を隠してうつむく。


 ...let me die...


 続く言葉のその意味は――


「私を死なせておくれ……」


 サーヤは己の赤髪に顔を隠し一人静かにそう呟いた。


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『ロミオとジューリエット』平井正穂訳(岩波文庫)

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