第12話 第1幕第4場 Nothing can come of nothing. 3
「そんな!? 姉様! 本気で!?」
姉の言葉に呆然とするサーヤは、その場に立ち尽くす。
気づいた時には、そんなサーヤにタナトスの不吉な右手が振り下ろされていた。
「キャーッ!」
サーヤの悲鳴と、何かが風切る音が交差した。
だがタナトスの一撃は、何故かサーヤの顔の目の前で空を切る。
「アイツ、いつの間に……アタシの竹刀を……」
小太刀の手元から竹刀がなくっなっていた。
「……女の子を傷つけるのは、俺が許さん……」
久礼が一瞬でサーヤの前に出ると、竹刀を一閃させ相手の攻撃をいなしていた。
そしてタナトスの衝突の勢いで、近くにあったパイプ椅子や荷物が激しく吹き飛ばされていた。
何かもが吹き飛ばれされた中で、久礼がサーヤを背に竹刀を構える。
「あ、あなた……」
「おい! 大丈夫か!?」
「ええ……てか、あなた……タナトスを……そんな剣で……」
「そんな剣? おおっ! 俺の
だが久礼のその一撃で竹刀は途中から裂けて折れてしまっていた。
久礼がそれでも途中までは残っている竹刀をタナトスに向け直した。
タナトスは一撃が防がれたと見るや、攻撃の勢いのままに宙に舞い上がり体勢を整え直している。
「いや、まだまだ! 小太刀、木刀拾ってくれ!」
「なっ……久礼。アンタ、途中で折れて、まだやる気!?」
「うるせぇ! これは本番だ! 相手のある本番で、今日は太刀が悪いので、また今度――なんて! その気になった相手を前にして、言えるかよ!」
久礼はちらりとサーヤの様子を窺い見る。
「……姉様……私を本気で退ける気なのですか……そんな……」
サーヤは細かく震えながら体育館の天井近くまで舞い上がったタナトスを見上げていた。
「くっ……待ってなさい! くれぐれも無茶しちゃだめよ」
小太刀が踵を返して吹き飛んだ木刀を拾いに駆け出す。
「……」
サーヤが視線をこちらに戻した。
「何だよ?」
「そっちこそ、何よ? 何で、助けたのよ?」
サーヤが完全に裂けてしまって、それでもまだ敵に向けられている竹刀をじっと見つめた。
「女の子が困ってる。立ち上がって、助けて当たり前だろ? 男子が、女子の為に立って、何が悪いんだよ?」
「私の為に立ってくれなんて、言ってないわ……」
「男子の本能だ。男なら、こんな時自然と立つんだよ。男の
「男子の本能とか、男の性とか質とかなんて、知らないわよ……」
「……死んだ親父が……タナトスに殺された親父が……最期に言ったんだよ……お前が家族を守れってな……」
「タナトスに? お父様が?」
サーヤが竹刀に落としていた視線をようやく上げた。
「今時珍しい話しでもないし。お父様なんて、上等なもんじゃなかったがな。まあ、そうだよ」
「……そう……」
「ウチは女世帯でな。残されたのは、俺を除けば母さん含めて上も下も女ばかりだ。だから、ウチの女たちの為にも、俺はいつも一人立ってきたよ」
「そう……それで、今は私の為に、立ってくれようとしているの……」
サーヤがもう一度、久礼の手の中の途中で折れた竹刀に目を落とす。
「……ハモーン!」
異形の怪物が、サーヤ目掛けて急降下してきた。
錆びた鉄クズでできた右手が、サーヤに――その前に立ち塞がる久礼に振り上げられる。
「久礼! ほら、木刀!」
ようやく木刀を拾った小太刀が、その場から投げて久礼に寄越していた。
「よし、俺の太刀復活!」
久礼は空中で木刀を受け取ると、一気に横に薙ぎはらった。
金属でできたタナトスの腕を、寸前のところで弾き返す。
しかしそれが木刀での精一杯だった。
「この太刀具合ならどうよ!? 立派なもんだろ!」
久礼が虚勢を張るが、木製の太刀にもすぐにヒビが入っていた。
「……ええ、そうね……でも――」
「ん?」
サーヤの声の雰囲気が急に変わった。
久礼がその声に後ろを振り返ろうとすると、
そんな太刀じゃ……まだまだよ――
しびれるような感覚が、その背中を駆け抜けた。
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