第1幕第4場 Nothing can come of nothing.

第10話 第1幕第4場 Nothing can come of nothing. 1

「キャーッ!」


 入学式の会場全体を切り裂くような、女子生徒の恐怖の悲鳴が轟いた。


「ふふん...Present fears Are less than horrible imaginings...」


 鯉口峰子がその悲鳴を耳にして、恍惚の笑みで今一度古風な英文を再び呟く。


「ふふ、峰子……『マクベス』第1幕第3場マクベスのセリフね……『眼前の恐怖など、想像に浮かぶ恐ろしさとは較べようもない』ね……さすが、峰子。いい呪文――スペルだわ……何度聞いても惚れ直すわね……」


 峰子の妖しい声を耳にしたシース・ハモーンが満足げに微笑んだ。


「我らのスペルは、人の心を揺さぶる言葉が源……我が校は、ウィリアム・シェイクスピアの名言に重きを置く……ああ、いいスペル……完璧なまでに魔力が乗っているわ……」


 シースは峰子の言葉にその身を溺れさせたかのように恍惚の笑みで続ける。

 峰子の呼び出した黒い闇からは、這い出るように怪物達が次々と現れていた。

 人の頭蓋骨を持つ錆汚れた人工物の集合体のような異形のモノ達だ。


「イヤーッ! 助けて!」


 入学式の華やかな会場に似つかわしくない悲痛な悲鳴が再び轟いた。

 それは女子生徒の悲鳴を呼び起こすのに相応しい不吉な姿をしていた。

 まず目に付いたのは両目に虚ろな穴を空けた、人の頭蓋骨――ドクロ。

 それでいてその髑髏(しゃれこうべ)から下は、全体が骸骨を思わせる風貌ながら、実際にそこに人骨は一つもない。

 人の頭蓋骨を戴き、人体の四肢を模していながら、首から下は生命を感じさせるものは何もない。

 錆び汚れ、朽ちかけた人工物で、首から下は成り立っていた。

 鎖骨の代わりに折れたナイフ。肩甲骨の代わりに打ち捨てられた歯車。大腿骨は赤錆びた鉄杭。

 扱いを間違えば人間に死をもたらす金属類で構成された骸骨だ。

 見るものに死を予感させずにはいられないその異形。

 そんな異質な姿をしたものが、人を見下すように宙に浮いている。

 だが外見だけが悲鳴を呼んだのではなかった。

 実際にそれは人々に死をもたらすからだ。

 そしてそれは一体だけではなかった。


「あ、それ! それ!」


 陰気な化け物とは対照的な峰子の恍惚の掛け声とともに、次々と異形のものが生まれてくる。

 闇より現れたのは死を連想させるに相応しい異形のものだった。

 今目の前に現れた最初の怪物と同じく、頭蓋骨と鉄くずで構成された異形のものが次々と現れる。

 だが同じものは一つとしてなかった。

 人型だけでなく、鳥も獣も爬虫類もそこにはいた。

 だが共通して、全ての異形のものが、頭蓋骨以外は打ち捨てられた人工物でできた骸骨だった。


「えっ? 本物……」

「ホログラムか何かだろ……今、入学式だぞ……」

「きっとそうよ……あの秘書って言ってる先輩が、自分で出したんだから……」


 ひとしきり悲鳴が上がった後、生徒たちが互いに顔を見合わせて確認し合う。


「あら、皆? O proper stuff! This is the very painting of your fear...ってな感じ?」

「ふふ……同じく『マクベス』第1幕第5場マクベス夫人のセリフね。『まあご立派だこと! それはあなたの恐怖が生んだ絵よ』――か。だがこれは、本物。このタナトスは、恐怖が生んだ絵ではない」

「そうよ、本物よ。ちょっと学園を守ってる結界に、峰子が穴を開けたの」

「ウソでしょ? 結界をちょっと開けたからって……こんな数のタナトス……信じられない……」


 生徒の一人が呆然と呟く。


「あら? 聞いてないかしら? 私達の力は、タナトスに対抗する唯一のものだけど。それだけ、タナトスを引きつけちゃうのよね」

「それは聞いたことありますけど……それにしても、この数……」

「そうね。普通はこんなに集まってこないわ。でも、今はこの会場に、禁忌の力の持ち主がいるからね」


 峰子のその言葉に皆の視線が一斉に一人の女子に集まった。


「……」


 視線の真ん中でサーヤが一人青ざめていた。


「まあ、雑魚だけ招き入れたから。戦えば、生き残れるわよ。きっとね。あはっ」


 峰子が呑気にタナトスに向かって手を振る。

 タナトスと呼ばれたそれらは、何かを求めるように肉のないアゴを動かし、恨めしげに虚空の目を向けた。

 そしてアギトと視線は、生徒達を捉えたところで止まる。

 タナトス達が獲物を見つけた喜びからか、一斉にアゴをカタカタと鳴らした。


「タナトスどもは、血に――いや……命に餓えている! 力なき者は、ただ食われるのみ! 生き残りたければ、戦え! この程度の雑魚を倒せずに、来るべき厄災は生き残れないと知れ!」


 シースのその言葉を呼応するかのように、タナトスは最後に大きくアギトを開けて牙を剥く。


「――ッ! 逃げろ! 殺されるぞ!」

「タナトス! 死そのもの!」

「いや、死にたくない!」


 異形のものが本物と知った新入生たちは、我先にと悲鳴を上げて逃げ出した。

 誰もが我が身可愛さに脇目も振らずに駆け出す。

 一部の例外を除いて――


参考文献(ウィリアム・シェイクスピア訳文参考書籍)

『マクベス』木下順二訳(岩波文庫)

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