第1幕第3場 Present fears Are less than...
第7話 第1幕第3場 Present fears Are less than... 1
現在――
槍振学園入学式式典会場。
その会場の場所となっていたのは体育館。
新一年生がずらりと、クラスごとに体育館に並べられたパイプ椅子に座っていた。
初々しい顔が、生徒会長挨拶で始まる入学式の式典を、それぞれ緊張の面持ちで壇上に向けている。
「何で、しれっと隣に座ってんのよ? この痴漢男子は」
席の一つに座っていたサーヤが、横目でその赤い瞳を睨みつけさせた。
「誰が痴漢男子だ? てか、知らねえよ。偶然同じクラスで、着いた順に並ばされたんだから」
サーヤの赤い瞳を、隣に座っていた久礼がやはり横目で睨み返す。
「ぜぇぜぇ……そうよ……こっちは危うく、置いていかれるところだったんだからね……二人分の荷物まで運ばされて……」
小太刀が肩で息をしながら、久礼の隣で前のめりにうな垂れていた。
その足下には小太刀と久礼の二人分の荷物が置かれている。
「おっ? 小太刀、荷物サンキューな」
「感謝の気持ちが軽いわよ! こんな重い剣道具まで、持ってきたってのに!」
「しー! 静かに! 今から、姉様が挨拶に立つんだから!」
「姉様って? 挨拶は生徒会長からだろ?」
久礼が壇上に目を向けた。
そこには垂れ幕の式次第があり、まずは生徒会長からの祝辞が挙げられている。
「だから、私の姉様が生徒会長なのよ!」
「あの窓辺にいた2年生か? 2年だろ? 何で、生徒会長なんだよ?」
「だから! 2年生にして生徒会長に選ばれてるの! 凄いでしょ!? 私の自慢の姉様よ!」
「自慢? そうか?」
久礼が大きく首を傾げた。
「なっ!? 姉様を馬鹿にする気?」
「いや、だって……お前が気を失ったのって。その自慢の姉貴に――殺気をぶつけられたからだろ?」
久礼の目がすっと細められる。
久礼の視線は舞台袖の暗幕の向こう――闇が凝ったような陰影へと向けられた。
「えっ……」
サーヤの顔から血の気が一瞬で退いた。
「へっ? そうなの、久礼?」
「ああ、小太刀。あれは殺気だ。殺す気で、その生徒会長さんとやらは、自分の妹を睨みつけてたぜ」
「アンタのそういう才能は信じるけどね。実の妹でしょ? 何で入学式に、殺気なのよ?」
「さぁ? 朝のトイレの順番で、揉めたんじゃねえの?」
「アンタん家じゃないわよ。てか、在校生はみんな寮生活よ」
「そ、そんな……姉様……やはり……私を……」
サーヤは久礼達の話をもはや聞いていなかった。
一人青ざめうつむき震えている。
「今より、入学式を開始します。一同起立!」
その時会場に起立を求める司会の声が静かに響き渡った。
久礼達がその声に慌てて立ち上がる。
久礼が先に睨みつけた暗幕の向こうから、一人の女子生徒が悠然と現れた。
会場を埋める新入生の視線を一身に浴びながら、彼女はさも当然のようにその眼差しを受けて壇上をいく。
すっと背筋を伸ばし、凛と胸を張りながら――その女子生徒は壇上の真ん中まで、風格すら漂わせながら歩を進める。
新入生、教師問わず、全ての人間の目がその女子生徒に自然と集まった。
新入生歓迎の式典で、その視線の中心に立った赤毛の女子生徒――
シース・ハモーンだ。
シースは壇上の真ん中に立つなり、すぐにサーヤの姿を認めて赤く冷たい瞳を向ける。
「姉様……」
その視線にサーヤはごくりとひとつ息を飲んだ。
「サーヤ……」
シースが壇上から静かにサーヤに呼びかけた。
ぞっとするほど冷徹な声で、姉は公の場で妹の名を呼ぶ。
「おっ? サーヤってお前の名前だろ? やっぱ姉ちゃんだな。そっくりだな」
「声も似てるわね」
久礼と小太刀が壇上の女子生徒を見上げる。
何よりもすぐに目についたのはその顔つきだった。
少々大人び始めているが、姉だという女子生徒と久礼を叩いた女子生徒はやはりよく似ていた。
「はい! シース姉様!」
壇上から名前を呼ばれ、サーヤは細かく震えながら慌てて立ち上がる。
「新入生諸君――槍振学園の生徒会長のシース・ハモーンだ。入学を
「おっ、俺か? 俺のことか? 俺とサーヤのことか?」
「何、嬉しそうにしてんのよ、アンタは!」
「姉様! あれは――」
「それは残念ながら、私の実の妹だ。サーヤ・ハモーン……」
弁明を始めようとしたサーヤに、シースは今度も殺気すら孕んだ視線を妹に返す。
「はい!」
「一族の恥さらしね……あの程度で、気を失うとは……」
「ね、姉様!? あれは姉様の試練だったのですね!? このサーヤ・ハモーン! 決して油断した訳では!」
「言い訳無用。貴女にタナトスと戦う資格などないわ」
「タナトス! 我らが敵! 違います、姉様! 私は姉様とともに、タナトスを滅ぼすためにこの学園にきました!」
「……」
「その為に――姉様の為に! 私は、いきたいのです!」
「――ッ! 黙りなさい!」
妹のすがるような必死の訴えを、壇上の姉が鬼のような形相で一喝し拒絶した。
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