第5話 第1幕第1場 O happy dagger! 5

「イテッ!」


 殴打の音が校門中に響き渡った。

 華やかな式典へと向かう人の列が、一転して騒動の渦中となっている。

 校門のど真ん中に人の輪ができ、清々しい門出となるはずの門は、喧騒で満ち溢れていた。

 その中心は二人の新入生――


「いつまで触ってんのよ!」


 葉可久礼の頬を思い切り引っ叩いた赤毛の女子生徒が、ビンタの勢いを借りて一気に身を引き剥がす。


「痛い!」

「ぎゃっ!」

「ぐはっ……」


 多くの男子生徒の山の上で行われたその乱暴な動きで、その人の山が一気に崩れた。


「イテッ!」


 久礼も例外ではなく、巻き添えにした生徒の山の上に倒れた。


「これは!? 一体、何!? 何なのよ!?」


 人の山から外れて一人で立ち、赤毛の女生徒は久礼の顔と周りとを交互に見た。

 その顔は本人の赤毛の一本一本にも負けず劣らず真っ赤だった。

 1年生を表す胸元の赤いリボンが、困惑に左右に振られるその顔に合わせて揺れた。


「イテテ……何って? 覚えてないのかよ? 倒れたんだよ、お前」

「私が……倒れた……ですって?」


 赤毛の少女が辺りを見回すと、全ての視線が久礼とこの女子生徒に注がれていた。


「そうよ。アナタ気を失ってたのよ? 貧血か何か? 大丈夫?」

「私が……このサーヤ・ハモーンが、姉様の前で失神だなんて……そんな醜態を……」


 小太刀が心配げに赤毛の少女の顔を覗き込む。

 サーヤと名乗った赤毛の少女は一気に血の気を失い、校門の向こうに振り返った。


「……」


 一際背筋も凍るような冷たい視線が、校舎の一角からこちらに向けられていた。

 視線の主は2年生を表す青いリボンを胸元につけた女子生徒だった。

 女子生徒はサーヤとそっくりの赤髪と赤い目でこちらを見下ろしている。


「ホント、痛えな。俺は助けた恩人だぞ? まあ、いいや……ん? 何処、見てんだ?」


 久礼が人の山からようやく上半身を起こすと、サーヤの視線につられて校舎を見上げた。


「誰だ? おっ、そっくりだな? 赤毛といい、雰囲気といい。姉妹か?」

「……」

「何だよ? 答えてくれたって良いだろ。あっちもこっちも、怖い目をして。あっちは、入学早々騒動起こしてる身内に怒ってんのか? でも、その冷たい視線もいい! 年上のお姉様っぽい! てか、誰か後ろから抱きついてないか?」

「久礼。バカなこと言ってないで、早くどきなさいよ」

「おう! そうだな、小太刀。巻き込まれた皆さん。サンキューな」


 久礼がおざなりな礼をしながら男子生徒の山から体をどけた。

 だが下敷きにされていた彼らは呻くだけで、なかなか起き上がれない。

 『覚えてろ……』などの怨嗟の声が漏れ聞こえてくるだけだった。


「うう……僕……僕、男の子なのに……」


 その人の山の中から、一際か弱い、女の子のような男子の声が漏れ聞こえてきた。


「で、大丈夫かよ? ああ、まだ名乗ってなかったな。俺は葉可久礼。『葉隠』の葉可久礼はがくれと同じ字で、葉可久礼はがひさのりだ。人類の敵を殲滅するために、まさに葉隠の武士道の精神で、一人腕を磨いてきたつもりだ。一番の特技は抜刀術――」


 久礼が特技と言う抜刀術の真似事をして、右手を左の腰からさっと前に突き出した。


「まあ、それだけじゃ、やつらには勝てないって聞いてな。異能の力を借りるために、この私立槍振やふり学園に来んだ。よろしくな」


 抜刀の形で差し出した右手の緊張をすぐに解き、久礼は握手の形に変えてそのままサーヤに差し出す。


「アタシは鵐目小太刀。こいつの幼馴染みで、剣術の同門。スケベでごめんね、コイツ」

「くっ……姉様……」

「やっぱ姉ちゃんなのか?」


 校舎の向こうで、その姉の姿が窓の向こうに消えた。


「待って下さい! シース姉様! このサーヤ・ハモーン! 姉様の力になりにきました! あの書をお渡し下さい!」

「おい、こら! また無視かよ!」

「えっ!? ちょっと、こら! 荷物どうすんのよ、久礼!」


 その様子にサーヤが慌てて校舎に向かって駆け出し、久礼がサーヤの背中を本能的に追いかけた。

 一人その場に取り残された小太刀が、遠くに残った二人の荷物と遠くなっていく久礼の背中を交互に見る。


「姉様……十年前のあの日……母様を目の前で……あの日からの無念……晴らしにきました……」


 サーヤはそんな二人を背後に残して駆け続け、うっすらと涙の浮かんだ瞳で絞り出すように呟く。

 だが続く言葉を呟くサーヤは――


「私は――姉様の為に、いきたいのです……」


 どこか欲情に熱を帯びさせたようにその赤い瞳を妖しく光らせた。

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