第2話 第1幕第1場 O happy dagger! 2
だが時と場所が悪かった。
今日は高校生活最初の晴れ舞台――新入生歓迎の入学式の日。
憧れの学園生活第一歩を踏み入れる、まさにその校門前だったからだ。
「うおおおっ! 違う! こいつが、いきなり倒れてだな!」
久礼と呼ばれた男子生徒は、慌てた様子で背後を振り返る。
彼はその晴れやかな入学式の門のど真ん中で、女子生徒の胸を鷲掴みしていた。
「がっつりと女子の胸を鷲掴みにして! それが言い訳なの!?」
そう、がっつりとだ。葉可久礼はこともあろうことか、女子生徒の背中から手を回し、その胸を力一杯掴んでいた。
それも何故か折り重なった人の山の上でだ。
「言い訳ではない! いや、良いわけではある! いや、違う! これは役得ではない!」
「……んん……」
長く赤い髪をした女子生徒が、久礼に抱えられながら気を失っていた。
久礼は制服の白い上着をはためかせ、千々に乱れた赤髪の女子生徒を抱える。
「いや! これは不可抗力だ! 幼馴染の俺を信じろ、
「はぁっ!? 信じられるか! いいえ、幼馴染だからこそ信じるわ! そのイヤらしい手の回し方! アンタらしいわ! 覚悟なさい!」
久礼に小太刀と呼ばれたのは、髪を短く整えた黒髪の女子生徒だった。
新入生でごった返す入学式の校門。その向こうから、小太刀は怒りに我を忘れて駆け寄ってくる。
彼女の髪は入学式に合わせて、綺麗に切り揃えられていた。
その整った切り口が揺れる様が、小太刀の怒りを如実に表していた。
「おいおい……どういう状況だよ……」
「入学式で!? 大胆!」
「ちょっと……痴漢じゃないの?」
周りの生徒達も騒ぎに振り返る。
「真っ赤な顔で! 鼻の下伸ばして、抱きついて!」
周囲の生徒をかき分け近づく小太刀の胸元では、制服の赤いリボンが乱暴に左右に揺れていた。
そしてその手には竹刀が握られており、こちらも怒りに任せて闇雲に前後に振られる。
「違う! こいつが貧血か何かで、背中から倒れたからだ!」
「言い訳無用! だからって、胸に手を回す必要がある訳!?」
「るっせぇな! しのごの言わずに、手伝えよ! その貧相な体なら! この人混みも訳ないだろ!」
「なっ……悪かったわね! ひん――スレンダーな体で! そんなに叩かれたいの!? アンタは!」
そう。小太刀は新高校一年生としても、少々細身なスタイルの女子だった。
着慣れない赤を基調した真新しい制服を、すっと上から下まで流れるように着ていた。
小太刀は途中で引っかかるところが少ない、女子としては少々気になる体型。
今はその利点を生かし、小太刀は制服よりも真っ赤な顔で人混みを掻き分けてくる。
「こいつが急に倒れたのが、遠目に見えたんだよ! 背中から! だから、俺がとっさに駆け出して抱えたの!」
「いきなり、大事な剣道道具も、何もかも放っぽり出して! 人の制止も聞かずに、走り出したかと思ったら!」
小太刀の言葉通り、彼女のはるか後方には剣道の竹刀袋と道具入れが二組、ポツンと主に置き去りにされて残っていた。
「制止だって!? そう、たとえ億万の制止が他にあろうとも! 本能で射ち出された俺は! 一番に受け止めようといくらでも精を出す!」
「まあ、女子のピンチに駆け出さないアンタなら。アタシが竹刀で百叩きだったけどね――面ッ!」
小太刀が鬼の形相のまま久礼の下に辿り着くや、その勢いで竹刀を相手の顔面に一閃した。
「なっ? お前、一発は入れるのかよ……?」
女子を抱えたままの久礼は、その一撃をもろに額で受け止める。
「九十九発は、駆けつけたご褒美ディスカウントよ。てか、いつまで抱きついてんのよ!」
「待て、小太刀。怒りに竹刀をめり込ませるな……てか、皆押しのけて、ぎりぎりで飛びついたから……もう、バランスが……」
久礼の言葉通り、彼は最後は飛びついて女子生徒を助けていた。
赤い髪が印象的な少女。
他人の間から伸ばした体で、久礼は必死にその少女を抱えている。
巻き添えを食らった生徒幾人かが下敷きとなり、久礼達ともつれて身動きが取れなくなっていた。
「重い……」
「苦しい……」
「どいてくれ……」
久礼に上から乗られ、この体勢の下支えとなった生徒達が苦しげに唸る。
下敷きになっていたのは全員男子だった。
「……僕、もうダメ……逝っちゃう……」
その中で、久礼の真下にいた一際小柄で細身な男子生徒が、喘ぐように漏らした。
声変わりもまだのような華奢で、少女のものかと聞き間違うほどか細い声だった。
「おう! みんな! 悪いな。もうちょっと耐えてくれ。いやぁ、野郎だけでよかった。この葉可久礼! 女の子だけは絶対に傷つけない! その為にも、異能の力を身につけようと、この学校に入った!」
「……ふぅん……まぁ……それは、知ってるけど……早くその手を、どけなさいよ……」
小太刀は少しだけ視線を外して呟き、ようやく久礼の額から退けた竹刀の剣先で、幼馴染の右手の先を指し示す。
小太刀の竹刀が指す先では、赤髪の女子生徒の胸を後ろから回された久礼の手が、今もしっかりと掴んでいた。
いや、揉んでいた――
むにゅ。
「あんっ……」
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