第14話
自分の使用人部屋に戻って、朝いちばん薪割りしてたら使用人の間でパニック起きたり。
一睡もしてない旦那様が俺を引きずって「もう使用人ではない!…使用人じゃありません!」と客室に連れて行ったり。
昨日案内された客室は、俺とティウの部屋だったようだ。どおりでツインだったわけだ。
「って朝から騒動だった」
「だから騒ぎになるって言ったでしょ」
ティウは呆れたといわんばかりに肩をすくめた。
「これからどうなるんだろうな。騒がしいのは今だけかな」
今だけ珍しさでワーとなってるだけで、慣れたら普通に戻るんだろうか。しかし、そんな俺の楽観的な考えはティウによってコナゴナにされた。
「神様の化身なんだから。もう普通には暮らせないと思うよ」
じゃあ俺の今の身分は何だろうな。お客様でいいんだろうか。働かなくていいのか?
俺がイモの皮むきしないと誰がするんだ。まだ人手不足だぞ、このお屋敷。
「普通には暮らせないのか。俺はただ、ティウとふたりで普通で平凡なしあわせな生活を送りたかっただけなのに」
じっと手を見る。
俺の手は、すっかり働く男の手になった。タコができてる。この手でティウをしあわせにしようと思っていた。もちろん、今もそう思っている。
「ユキ、僕は昨日の晩、寝ないで考えたよ」
「寝てないの?」
マスクをかぶっているからどんな顔か見えない。目の下にクマがあっても分からない。
「ちょっと寝たけど。まあそれはいいんだって。そうじゃなくて、考えたんだ」
ティウはこほんと咳払い。
「ユキが神様の化身でも、関係ないよ。僕が好きになったのは、神様の化身じゃない。僕の歌を聴きにきてくれて、僕に花をくれて、僕を好きだと言ってくれたユキを僕は好きになったんだ。ユキは神様の化身だけど、僕のユキはただのユキだ」
ティウがそう言ってくれるから。俺は涙が出そうになった。我慢する。涙は見せない。ただティウの手を握る。ぎゅっと握る。
しばらくそうしていると、コンコンと控えめなノックが聞こえた。泣きそうな胸のつかえをのみこみ、なんとか「はい、どうぞ」と返事。
すると、小さな人影が顔を覗かせた。ぼっちゃんだ。
「ユキなの?」
ぼっちゃんがしげしげと珍しそうに俺を眺める。庭で綺麗な葉っぱ集めしたときと同じ目をしてた。
「はい、ユキですよ」
ぼっちゃんはとてとてと俺たちの傍に寄って来て、ほえっと息を漏らした。
「すごいなあ。絵本で見たよ」
ぼっちゃんがキラキラにこにこと俺を見上げる。
「ユキはかみさまの国から来たんだよね。すごいなあ」
それは違うんだが…。
「あなたもかみさまの国から来たの?」
ぼっちゃんはティウに声をかける。
「いいえ。僕はただの人です」
「俺の恋人です。ティウっていうんです」
ティウがただのマスクだと知っても、ぼっちゃんはにこにこしたまま。小さいからか、旦那様の考え方のおかげか、ぼっちゃんはマスクに対して変な態度取らない。
それに俺はほっとする。
「そうなんだ。すごいねえ」
何がすごいのかは分からねど。昨日のバーの件を思い返すに、旦那様やぼっちゃんのほうがすごいと思うんだよな。
暇を持て余す俺とティウはぼっちゃんの遊び相手になった。お屋敷にあった楽器を借りて、ティウがぼっちゃんに弾き方を教える。それを眺めている俺。ほのぼの。
お屋敷で働く人たちには旦那様が話してくれて、俺がお屋敷や庭をうろついてももう混乱は起こらなかった。
「ユキが神様の化身だったとはなあ」
料理人さんは驚いたあとでしみじみとそう言ったものの、態度が変わったわけじゃなかった。
それにほっとした。
この世界にはマスク人権問題があるけど、俺がマスクかぶってても神様の化身でも、気にしないでいてくれる人たちがいるのだ。
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