第13話

夜なので人通りが少ないのが幸いした。俺とティウはコソコソと人目を避けてお屋敷へ。ふう。お屋敷に戻るだけで一苦労。やれやれ。


「ここだよ。俺の働いてるお屋敷」


正面から見ると、やっぱり東京駅の雰囲気。夜は控えめだけど明かりが灯ってるので、観光スポットと言われても信じてしまう。ほらほらとティウを手招き。でもティウはお屋敷を見上げて突っ立ってる。


「ねえ、ここって領主様のお屋敷じゃない?ユキの旦那様って領主様だったの?」


ティウは俺の肩をぽこぽこ。


「え?そうなの?じゃあ、旦那様って領主様だったの?」


びっくりびっくり。知らなんだ。侯爵様っていうのは知ってたけど、領主様だったんだ。


「ユキってば…。のんびり屋さんだね」


ぽこぽこする手を止め、ティウは呆れた声を出す。計らずとも緊張がほどけたようだった。


「ようし、そんじゃあノックしてみる」


裏の使用人出入口じゃなくて、表から。玄関から入ったら使用人頭さんかメイド長さんが出てくるだろう。ティウを連れて裏からは入りにくい。


コンコン。

玄関ドアを控えめにノックする。俺の姿を見てどんなリアクションするもんだろうと気まずい思いで少し待つと、ぎいっと小さく音が鳴ってドアが少し開いた。玄関の灯りに顔が映る。


使用人頭さんだ。


「あの…」


俺がそう言ったところで、使用人頭さんは無言でドアを閉めた。なぜ閉める。俺が不審者に見えたのか。


「きっとびっくりしすぎたんだよ。僕に代わって」


ティウがもう一度ノックして、「すみません」と声をかける。すると、再びドアが開いた。


今度はティウが説明して、俺はその後ろに控える。

「ユキのマスクが取れてしまって」「それで神様の化身であることが分かって」「街が騒ぎになるので助けてください」

神様の化身であるというのは訂正したかったけど、今はおいとく。ティウが一生懸命説明しているのに、使用人頭さんは心ここにあらずと言った様子で俺にぼんやりと目を向ける。いつもはシャキッとしてるのに…ぼんやりしてしまうほどに俺の容姿が珍しいのだ。ほええ。


そんなこんなでティウが三回くらい同じ説明したところで、使用人頭さんの目が急に生き返った。


「ユキなのか」


だからそう言ってるじゃないすか。俺は頷く。


「す、すぐに旦那様のところへ!」


夜にあるまじき声の大きさ。使用人頭さんはものすごい早足で俺たちを旦那様の書斎まで連れて行ってくれた。足がもつれる。


「旦那様、失礼いたします」


使用人頭さんに続いて、俺とティウが書斎に入る。


「何をそんなに慌てて。一体どうしたんだっていうんだ」


旦那様はそう言って書き物をしていた手を止めて顔を上げた。そして、俺を見てペンを落とした。


「神の化身…」


旦那様もそれ言っちゃいますか。


「違います。ユキです」


「ユキ!?」


旦那様の目の焦点が合わない。いつも威厳に満ちていて堂々としてる立派な旦那様でさえ危ない感じになる、そんな俺。俺っていうか、俺の見た目。


かくかくしかじか。

ティウにも詳しい説明をしなきゃいけないし、俺の口から今までのことを話す。


温泉につかってたら、正しくはスーパー銭湯だがまあいいだろう、とにかく温泉につかっていたはずなのに、気が付いたら森の中の泉のほとりにいたこと。

フィールドワークに来てた学者のおじいちゃんに助けてもらったこと。

おじいちゃんが街に帰るときに一緒に森を出たこと。

おじいちゃんにマスクかぶりなさいと言われたこと。

町でおじいちゃんと離れたとき、口入屋さんに他のマスク君と間違えられて荷馬車に放り込まれたこと。

その荷馬車で少年たちに話を聞き、そのまま逃げたマスク君に成り代わって奉公することに決めたこと。


「…って感じでここに来ました」


そこまで説明すると、旦那様は頭を抱えた。


「少し前に噂を聞いた。王都の学術研究所の所長が原初の森で神の化身に出会ったが、目を離した隙に神の国に帰ってしまったと。神の化身だなんて…眉唾物だと思っていたが」


おじいちゃん、所長だったの?ってか俺はどこにも帰ってないよ。ああでも、おじいちゃんが俺を捜してないのならよかった。おじいちゃんに捜す労力を使わせるのは申し訳ないと思ってたから。


「それで旦那様、俺はこれからどうしましょう」


またマスクをかぶって、何もなかったように使用人でいることは難しいだろう。神の化身だなんて言われてさ。旦那様も目が泳いでるこの状況。旦那様に丸投げしてもいいものか。いいか。俺には手に負えないよ、この状況。


「すぐに王都に連絡しなければ」


旦那様が動いてくれそうなので、俺のことは旦那様に任せることにする。しかし、ひとつだけ。


「旦那様、ティウを…俺の恋人なんですが、ティウをしばらくかくまってください。今日、騒ぎのときに一緒にいたから」


旦那様は髪をかき上げて、まだ何かいろいろと考えてるような所作をしながらも頷いた。


「ああ、もちろんだ。客室を用意させよう」


「感謝いたします。領主様」


ティウは深く頭を下げた。俺のティウは礼儀正しいでしょう。心の中で旦那様に自慢した。


使用人頭さんが案内してくれた客室。俺も何回か掃除に入ったことのある、何室かある客室の中でも一番いい部屋だった。

ふかふかソファに腰掛けて、ふうと息を吐く。


「ひとまずは大丈夫、かな」


「うん。大丈夫だよ」


そう励ましてくれるティウのほうこそ、大丈夫じゃない。


「ティウ、しばらく家に帰れないかも。楽器もバーに置いてきちゃったな」


俺のせいで面倒なことになった。俺がケンカしなければよかったのか。いや、それは無理だ。あの暴言男め。よくもティウを傷つけてからに。

忘れてた怒りが再燃しかけたが、ティウがいたずらっ子みたいにクスクス笑うから怒りはどっか行った。


「そうだね。すっごく慌ててたからね」


「ティウ、意外と走るの速いんだな」


バーを出てからここまで、まだ一時間そこそこ。たったの一時間で、俺たちの世界は大きく変わった。


明るい声が途切れ、ティウは声を詰まらせた。


「…僕、ここにいていいのかな」


不安そうな声だ。豪華な客室だから気おされてるのかな。


「いいよ。旦那様がいいって言ったんだから」


「ううん、そうじゃなくて。ユキはただのマスクじゃなくて、神様の化身だった。でも僕は…ただのマスクで。売れない歌うたいで」


俺はまだ本当の意味で、自分の立場が分かっていないのかもしれない。ティウも使用人頭さんも旦那様も、俺の姿に驚いていた。街中騒ぎになるとか、王都に連絡だとか。王都ってどこだ。どえらいことになるのは間違いない、でも。


「ばか。ばかたれ。俺は絶対ティウと結婚するんだからな」


ティウが『神様の化身』である俺と一緒にいることに引け目を感じているのなら、それは考えなくていいことなのだ。

ティウは少し元気を取り戻したようで、呆れたように俺の胸をトンと叩いた。


「もう。どっちがばかなんだか」


腕を伸ばし、ティウをそっと抱きしめる。ティウの体がびくっとして硬直。緊張が伝わる。


「今日はもうお休み。明日また考えよう。一緒に考えよう」


「一緒に、そうだね。ありがとう」


あたたかい。ドキドキする。俺は絶対にティウと結婚する。再度決意した。

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