第12話
しーん。
俺が顔を丸出しにした瞬間、場が凍った。誰も何も言わない。
おじいちゃんの言葉を思い出す。『危ない』『大変なことになる』
ティウはわなわな震えて、手を離して一歩下がった。え?ティウでさえドン引きなの?
ってそれはそれとして。
俺はビシッとターンを決めて暴言男を睨む。今の俺は顔が丸出しだ。怖い顔してやる。俺の顔が晒されても、俺は痛くも痒くもない。石を投げられてもグラスを投げられても構わない。
それよりもティウを傷つけられたことが、何より我慢できないことだ。ギロリと男を睨む。すると、男は目を見開いた。さっきまでの粗暴さは消えて顔色真っ青。この世にあらざる者を見るような怯えた目。
え?え?挑発してきたくせに何そのリアクション。マスクを外したのはお前だろう。なんだなんだ。俺は予想外にヤバいのか?
薄暗い店内をキョロキョロ。お客さんたちは息をするのも忘れたように固まっていた。あれ?俺ってメドゥーサ的な存在?
「ユキッ!」
ティウは俺の腕を引っ張り、ドアに向かって走ろうとする。え?あ?逃げるの?
ふたりでバタバタと店から出る。
ティウがおもくそ全速力で走り、俺を誘導。ティウは普段大人しくて運動しなさそうだけど、意外と走るの速いんだなと場違いなことを考えてしまった。
路地をすり抜けてどこか分からない角を右に曲がって左に曲がって階段下りて、小さな橋の下までやってきた。
ぜーぜーはーはー。
走って苦しい。だけどすうっと深呼吸するとダイレクトに空気が入ってくる。マスク外して大変なことになったっぽいけど、マスクしてないから呼吸がラクだ。
ティウはティウで苦しそうに肩で息をしていたが、少し落ち着いたのか俺に手を伸ばす。
そして、俺の胸を拳でポコポコ叩いた。
「ユキ、どうして。どうして」
ティウ自身はマスクを外すことを怖がっていた。俺にも顔を見せられないと。そういうティウだから、俺の顔が丸出しになってしまったことが信じられないのだろう。
「ティウが傷つけられるのを見て我慢できなかった。マスクが外れたのは、しょうがないよ」
俺のマスク、実はあれ一枚きりだ。おじいちゃんの魔法のおかげか、洗ったらすぐに乾くという不思議で便利な代物だった。だから今まで一枚で平気だったけども。新しいマスクを買わなきゃ。
「え?そうじゃなくて。どうして黙ってたの?ううん、言えるはずないけど」
ティウはポコポコ叩くのを止めて、俺の頬に手を伸ばした。
「ユキが…神様の化身だったなんて」
ティウが真剣な顔して謎の発言。はい?なんだって?
「はい?」
「真っ黒な髪に真っ黒な瞳。それに整った顔。ユキは神様の国から来たんでしょう?」
髪と目のことはいい。顔が整ってるって?初めて聞いた。俺の顔は平凡極まりない顔だ。
「俺の故郷では普通だぞ。この髪も顔のつくりも」
「故郷って、神様の国でしょう?」
話が噛み合わない。
とりあえず好きに言わせておく。俺も消化しきれない。俺は確かにこの世界とは違うところから来たけど、決して神様の国の出身ではない。
「ユキがマスクかぶってたのは、神様の化身であるのを隠すためだったんだね」
ということは、やはり。ティウを含めて他のマスクたちは俺とは違うネガティブな理由でマスクをかぶってるんだな。俺がマスクをかぶる理由も同じものだと思っていたが、違ったのか。
おじいちゃんが俺にマスクをかぶせた理由は、いい意味で目立つ俺を隠すためだったのか。
「バーではみんなビックリしすぎて動けなかったけど、今頃大騒ぎだよ。神様の化身なんて、聖堂の壁画やお伽噺の挿絵でしか見たことない。きっと明日には街中、ううん、国中の人がユキを探そうとするよ」
この世界に来たくだりやおじいちゃんの話をしようかと思ったが、橋の上に人が歩く音が聞こえて息をひそめる。大騒ぎになってるなんて大げさな気もするけど、俺はティウの言葉を信じる。ティウは俺をからかったり担いだりしない。
「詳しい話はあとだ。今はとりあえず…お屋敷に戻って旦那様に相談するよ」
「それがいいよ。信じられるいい人なんだよね」
ティウは息を吐いた。マスクの下で、今、どんな表情なんだろう。
「ティウも一緒に行こう。バーで大騒ぎになってるんだとしたら…。バーではティウのこと知ってる人いるだろ?ティウをひとりにしておけないよ」
ティウは少しためらった。自分が一緒に行っていいのかという心の声が聞こえた。
「な、お願いだ。一緒に来てくれ」
ティウの手を取る。騒ぎになるというなら余計に、ティウの手を離してはいけないような気がした。
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