第10話

「この辺でお昼にしようか」


今日は昼間の土手散歩デート。

この国の労働基準法はハッキリ言って不明だが、俺は基本的に毎日働いてる。そしてたまに、今日のように丸一日休みの日がある。


天気もいいので、河川敷でのんびり。風も気持ちいい。マスク外したらもっと気持ちいいだろうな。


「朝、台所借りて作ってきた。どだ」


ハムとチーズ挟んだやつ。厚焼き玉子挟んだやつ。魚のフライ挟んだやつ。サンドイッチ各種を披露すると、ティウは小さく拍手。


「ありがとう。おいしそうだね。いただきます」


それぞれマスクの口の部分を外す。俺の作ったサンドイッチをぱくっと食べるその姿、胸にキュンとくる。表情は見えないけど、きっと目を細めてる。そう思わせる雰囲気だった。


食後はティウが歌を歌ってくれた。俺は草むらにごろりと横になり、目を閉じて耳を澄ませる。

ティウの歌声を独り占め。ゆるやかなメロディで恋の歌を歌うティウ。誰を想って歌うのか、俺なのか。俺だよな。俺に決まってる。俺しかいない。


「ティウ、すきだよ」


ティウが歌ってるというのに、俺の口は勝手に動いた。ティウも驚いたようで、歌を止めて俺に顔を向けた。


「どうしたの?突然」


むくりと起き上り、がっとティウの手を掴む。ティウは俺の突然の行動にビクッと肩を震わせた。


「俺、ちゃんと働くから。お屋敷で立派な使用人になるから。三年働いたら住み込みじゃなくてもいいんだって。だから、住み込み卒業したら結婚してほしい」


無言。ティウは無言になった。

俺もどうして今、こんな急に結婚申し込むとは。俺の中では結婚することは確定だったけど、プロポーズはもっとムードを考慮した上でするべきだったか。


体感で数分経った頃。ティウはボソリと呟いた。


「僕、ユキみたいに料理上手じゃないよ」


「いいよ」


「実は片付けも苦手なんだよ」


「いいよ。俺がするよ」


俺が握ったままのティウの手がピクリと動いた。


「顔は見せられないよ」


「いいよ。ティウの顔が見えなくても、ティウがいればそれでいいよ」


「僕のどこがそんなにいいの?」


どこがと問われても。そうだなあ。


「顔が分からないのに歌ってる姿で一目惚れして、そんで。なんだろうな。歌声も好きだし、優しいし、一緒にいて落ち着くし。とにかくずっと一緒にいたいと思うんだ」


手を握りしめたまま、思いついたこと全部言う。

まだたくさんある。

デートの時に歌を歌ってくれる。俺の作った料理をおいしそうに食べてくれる。俺が何かすると『ありがとう』って言ってくれる。

ほらこんなにたくさんある。

一呼吸おいてもっと続けようとしたが、俺を遮って先にティウが口を開いた。


「三年経ってもユキの気持ちが変わらないなら。そしたら結婚する」


ティウの口から出た言葉。俺の耳に届いて頭で理解して心で熱を持つ。じわじわあたたかい、からの、熱い。


「よっしゃ!俺、結婚のためにお金貯めるよ。がんばる!」


ぎゅっとティウを抱きしめる。


「無理しないでね。僕もがんばる。…実はね。黙ってたけど」


神妙な声で何かを打ち明けようとするティウ。なんだなんだ。抱きしめていた腕を緩め、少し離れる。


「ん?なに?」


「僕がバーで歌ってる話、したよね」


聞いた。マスクだからお客さんからは歓迎されないこともあるって。

その予備知識からよくない話だろうかと思ったが、ティウの口調は照れたものだった。


「最近評判がよくって。オーナーに店で歌う回数を増やしてほしいって言われてるんだ」


「すごい!」


ティウの手を取ってブンブン振る。めでたいめでたい。ティウの実力が認められつつあるのか。


「ユキのおかげだよ。ありがとう。ユキと出会ってから作った歌、評判がいい。歌ってるときもユキのことを思い出して歌ってるから…だからかな」


そう言われるとエッヘンと自慢したくなる、が。


「いやいや。ティウの努力と才能が実を結んだんだよ」


「ユキに会えなかったら、才能があっても努力続けたとしても、何にもならなかったよ」


少しかなしそうに呟いたので、俺はティウをもう一回抱きしめる。そして背中をさすさす撫でる。


ティウが否定的に考えてしまうもの、そういうものをできるだけ遠ざけたい。あたたかいものがもっとたくさんティウの近くにあってほしい。俺にそれができればいいが。いや、俺ならできる。やってやる。

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