第7話

ふんふんふーん。

鼻歌歌いながら窓掃除。きゅっきゅぴかぴか。毎週ティウの歌を聴きにいって、少しずつティウと仲良くなってきてる気がする。

一人暮らしをしていること。

俺と同じ年齢であること。

昨日はそのふたつの情報を手に入れた。


ああ、もっとティウのことを知りたい。好きだ。触りたい。この恋心、どうすりゃいいんだ。


「ユキ、ごきげんさんだね」


掃除してる俺を、坊ちゃんがしゃがんで覗き込む。坊ちゃんもニコニコ。


「坊ちゃんもごきげんさんですね」


「明日から二週間、おじいさまのおうちに行くんだ。ユキにお土産買ってくるね」


おじいさまというのは、先代の旦那様のことらしい。使用人の間では大旦那様と呼ばれている。隠居した大旦那様のところに遊びに行くのか。ほうほう。


「楽しみにしてます」


坊ちゃんはやさしい坊ちゃんだ。このままマスクに偏見のない大人になってくだされよ。


ということがあった日の夜。

俺は旦那様に呼び出された。俺は何かしただろうか…いや、してない。多分。


「ユキに頼みがあるんだ」


また手紙でも届けるのかな、と思ったが違った。坊ちゃんが大旦那様のところへ行くのに、ついて行ってほしいというのだ。荷物持ちともいう。

なんでも一緒に行くはずだった荷物持ち要員の使用人が風邪を引いてしまったらしい。俺の株価上がりすぎだろ。坊ちゃんのおでかけについて行くとは。


「お任せください。どんな荷物も持ちましょう」


そう返事しつつも、頭の中にあるのはティウのこと。大旦那様のところに滞在するのは二週間。ということは、来週と再来週はティウに会えない。


急な出発なので、ティウに出かけることを伝えられない。来週と再来週、俺が歌を聴きに行かなかったらティウは気にするだろうか。怒ったり、心配したりするだろうか。

ティウがどう思うか、何も思わないかもしれないけど、でも会いに行けないことを謝りたかった。


大旦那様の住んでいるところは、馬車に乗って二日もかかる遠い田舎町だった。

そこにお屋敷を構え、のんびり暮らしている様子。ここにはマスクの使用人が何人かいた。

話を聞くと、元々はお屋敷で働いてて、大旦那様が隠居するときについてきたとのこと。なんだ俺の先輩か。


およそ二週間、先輩から仕事を教わったり、坊ちゃんの遊び相手したり。楽しかったことは楽しかったが、俺の心の中にはいつもティウ。ティウ、どうしてるかな。



街に帰ってきたその日の晩。毎週決まって聴きに行っていた曜日ではなかったけど、俺はティウが歌っているかもしれないと思って外出許可をもらった。


暗い街を歩く。いつもの場所まであと少しというところ。楽器の音が聞こえてきた。ティウの弾いてる音。


街灯の下で歌っているティウは、いつもと同じでマスクをかぶって口元だけ見えてる。いつもと同じで綺麗だった。


「ひさしぶり」


曲が終わって声をかけると、ティウは歌い終わったままの姿勢でゆっくり頷いた。何を考えているんだろう。口元だけでは感情を読み取れない。


「ごめんね。先週と先々週来れなかった」


謝罪をすると、ティウは小さく息を吐いた。


「いいよ。約束は、してなかった」


約束はしてない。でも。毎週同じ曜日に聴き来ていた。来れない事情があっても何も伝えないままというのは、俺は心苦しかった。


「坊ちゃんの旅行について行ってたんだ。おみやげあるよ」


薄くて小さな包みをティウに渡す。染物が有名らしく、俺は綺麗なハンカチをティウのために買っていた。


「ありがとう」


消え入るように呟き、ティウはおみやげを受け取ってくれた。白い指先が目に入る。触りたくてたまらない。手をつなぎたい。抱きしめたい。


「ティウに会えなくて寂しかった。会いたかった。ティウが好きだ。毎日ティウに会いたい」


顔の見えない相手に一目惚れして、そして会うたびに好きになる。俺の募る想いにティウは返事しないで、楽器を弾き、歌い始めた。


返事はもらえなくても、この歌を聴けるだけで幸せを思わなきゃいけないかな。二週間会えなかったけど、今日会えた。

それでよかった。

自分にそう言い聞かせ、財布を取り出す。


すると、その時。歌が止まった。


「お金、いらない」


初回は財布を持ってなかったけど、それ以降は歌の対価としていくらかお金を払っていた。ティウは趣味で歌ってるのではない。仕事として歌っている。


「どうして?」


そう訊ねると、ティウは一旦唇をきゅっと結んで、そして意を決したように口を開いた。


「ユキに歌う歌は…仕事じゃない。聴いてほしいから歌ってる」


俺は目をまるまる。それってつまり。俺はビジネスの相手ではなく、プライベートな相手ってこと?そういうこと?


ティウはまた歌を歌う。恋の歌を。それを俺はフワフワした気持ちで聞き入っていた。

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