第4話
俺の株価が高騰。ストップ高だ。
「ねーねー。ユキ、あの花はなに?」
「何でしょうね。今度庭師さんに聞いてみますね」
助けたからか、坊ちゃんに懐かれるようになった。今年で四歳。ふくふくしたおぼっちゃまだ。
坊ちゃんは俺についてくる。今日の俺の仕事は庭掃除。
今までは庭に出るのは庭師さんが来る日だけだったが、庭師さんが来ない日は来ない日で落ち葉掃除などもするように言われた。庭師さんのいないときに庭に入っていいというのは、俺の雑用係っぷりが認められたようで嬉しい。
「ユキ、遊んでー」
ホウキとチリトリ持ってる俺についてくる坊ちゃん。よっしゃ。
「綺麗な葉っぱ集め選手権しましょう。綺麗な葉っぱを集めたほうが勝ちです」
「わーい!まけないよ!」
仕事もできるし坊ちゃんと遊ぶこともできる。一石二鳥だ。すごいね俺。
…ということがあった日の夜。
俺がそろそろ寝ようかという時間に、使用人頭さんが俺の部屋をノックした。
「ユキ、旦那様がお呼びだ」
うん?こんな時間に何だろう。俺がモグリであることがバレたのか。それとも選手権と称して坊ちゃんに落ち葉掃除させたことがマズかったのか。うーん。
少しビビりながら旦那様の仕事部屋を恐る恐る訪れる。
「何かご用でしょうか?」
旦那様はふうと溜め息を吐いて、俺に手紙を差し出した。
「夜中にすまない。実は急ぎの手紙があってね。これを届けてくれないか。馬車は点検中で使えないんだ」
なーんだ。そんなことか。俺って急ぎの手紙を任されるくらいの株価高騰なんだな。
「お任せください」
地図を書いてもらい、お屋敷を出る。外はまっくら。手に持った明かりを頼りに歩く。目的地は少し遠い。ここは市街地の東側にあるお屋敷地区。向かう先は西側のお屋敷地区。急ぎの手紙だというから、早足でさっさかっさか。
「ごめんください」
夜中だけど不躾にドアベルがんごんしたら、すぐにドアが静かに開いた。ドアの隙間から覗く顔。
「どちらさま…って、あれ?もしかして」
同じ荷馬車出身の少年だった。ここが奉公先だったのか。
「おー、元気か?ウチの旦那様から手紙を届けるように言われたんだ。これ」
「僕、元気だよ。ここの旦那様にも使用人仲間にもよくしてもらってる。あの、君はどう?」
少年の目には、ほのかに同情の色が見えた。俺がマスクだからツラい目に遭ってるかもしれないと思ったんだろう。
「俺もよくしてもらってる。俺ってめちゃくちゃ運がいい」
心底そう思う。使用人の中にはマスク嫌悪派もいるようだけど、それを直接ぶつけられたことはない。旦那様と奥様の影響だろう。俺がマスクだからといって、ふたりは嫌悪もしなけりゃ同情もしてない。そういうふたりだからこそ、俺は普通に働けてるのだ。
そう伝えると、少年はホッとしたようにやわかい笑顔。
「そっか。あ、待ってて。執事さんを呼んでくる」
少し待つと、このお屋敷の執事さんが現れた。恭しく手紙を手渡し、ミッション完了。いや違う。まだだ。お遣いは帰るまでがお遣いだ。だけど手紙は渡したことだし、慌てずゆっくり歩いて帰る。
夜の街も悪くないな。星が綺麗だ。柄にもなくそんなロマンチックなことを思っていると。
「ん?歌が聞こえる」
その声は俺の耳にすっと入り、俺の足は勝手に動いた。もっと聞きたいという欲求に素直に従う。まっすぐ帰らないといけない、ということは頭から消えた。
声のするほうに歩いていくと、路上で歌ってる男の人がいた。マスクの口の部分だけを開け、ギターに似た弦楽器を弾いて歌っていた。
俺はマスクの下で間抜け面。
この人の歌をもっと聴いていたい。この時間が終わらないでほしい。心臓をぎゅっと握り込まれた感覚。歌が終わっても心はどこか遠くフワフワしていたが、歌っていた人が首を傾げる様子にハッとする。
「あ、俺、お金ない」
ポケットをまさぐるけど何もない。こんないい歌をただ聴きするのは気が引けた。
「お金はいいよ。聞いてくれてありがとう」
話しかけられて俺はどきまぎ。ごほん。咳払いなんかしちゃったりして。
「すごくいい歌だった。声も綺麗で、その楽器の音も」
「ありがとう」
その人の口が緩く弧を描いた。笑ってる。ドキドキする。これは…一目惚れというやつか。いや、顔は見えない。声に惹かれた。なんていうんだ一目惚れじゃなくて。
いや、落ち着け。相手は男だ。マスクで顔は見えないけど、明らかに男だ。
「こっちこそ、ありがとう」
ドキドキを胸に、俺はそれ以上自分の心を追求せずにお屋敷へ足を向けた。俺はお遣いの帰りだったんだ。
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