第3話
お屋敷での生活はなかなかハード。調理場では料理人の補助。といっても、まだ居酒屋バイトの実力はあまり発揮できないでいる。俺の今の主な任務は、イモの皮むきとニンジンの皮むきと皿洗いだ。
それだけではない。
薪割りもする。それをせっせと運んだりもする。広いお屋敷の掃除もする。旦那様たちの部屋の掃除はベテランのメイドさんの仕事らしく、俺が掃除するのは玄関や廊下、使用人が使う風呂やトイレ。週に2回ほど庭師さんが来るのだが、その時は庭師さんについて雑用係をする。
今日はその庭師さんが来た日。
「お前、へこたれずによく働くな」
休憩中、庭師さんに労われた。
「しんどいはしんどいですけどね。このお屋敷、人手が足りてないですよね」
「前の旦那様の隠居先に何人もついていったからなあ」
そうなんだ。へえ。このお屋敷は代替わりしたばっかりだったのか。で、前の旦那様にたくさん使用人がついていったから使用人が少ないってわけか。
「それに、旦那様は何といっても侯爵様だからな。身元がしっかりした人物じゃないと、雇い入れることもできない」
俺、まったく身元がしっかりしてない。バレたらやばいな。
と、まあ。そんな感じで庭師さんとは世間話する仲になった。他にも何人かの使用人仲間と他愛もない話をするようになった。
しかし、やはりと言うべきか、町で感じた視線を感じることもある。マスクの人間には関わりたくない、というような視線だ。
俺はなぜマスクをしているのか。この世界の基準からして、俺の顔がめちゃくちゃ不細工なつくりをしているからか。
もしくは。
髪が黒いのがヤバいのか。なぜなら、俺以外に黒髪がいない。マスクをしてる人の髪は分からないが、ノーマスクの人に黒髪はいない。
とにかく。黒髪がヤバいという可能性に行きついた俺は、抜け毛が風呂場に残らないように徹底的に掃除した。
まあ、最後に風呂に入り、そのあとで掃除するのも俺の役目なので。誰の目にも入らないように気を付けるのは容易なこと。
それでもキッチリ掃除してたおかげで、使用人頭さんに感謝された。
「風呂場もトイレも毎日綺麗にしてくれてありがとう」と。いえいえとんでもない。
そんなある日のこと。
その日の俺の仕事はお買い物。
普段は御用聞きが食材を運んでくれてるのだが、注文し忘れたものがあるということで俺が市場に買い物に出た。ピーマン。ピーマンを買わねば。
市場ではじろじろ見られた。俺がマスクだから。大きい街だからか、俺の他にもマスクしてる人がいる。仲間仲間。マスク人権問題はいろいろあるけど、頑張ろうぜ。
「この袋に一杯ください」
お店の人もマスク嫌悪の人のようで、一瞬イヤそうな雰囲気を見せた。が、それだけ。ちゃんとお客さんとして扱ってもらえた。ピーマンを売ってくれた。店によってはマスクに品物を売るのを断ったりするらしい。嫌な世の中だぜまったく。
マスク人権問題を考え出すと、どんどん心の中のもやもやが大きくなる。俺の奉公先近く、大きいお屋敷の並ぶ通りの一角、ここには小石一つ落ちてない。それもこれも俺が拾ってるから。
俺の余暇の過ごし方の一つだ。他のお屋敷の使用人のマスクの人で、裸足で歩いている人がいた。なんかイヤな気持ちになって、それ以来俺は休みの日に石を拾ってる。
あーあ。くさくさしてしまう。
だけど気を取り直して。マスクのことは俺にはどうにもできない。悲しいけどね。
俺に今できるのは、ピーマンを料理人さんに届けてそしてイモの皮むきすることだ。
うし。お屋敷はもうすぐそこ。顔を上げていくぞーおー。
と、気持ちを新たにしたそのとき。目に入ってきた光景。
あれ、危なくないか?お屋敷の前、小さい男の子が蝶々を追いかけて道路にフラフラ。そこに通りを走る馬車が。
買って来たピーマンを放り出し、俺は走る。馭者は男の子に気付いてないようで、スピードを落とさない。男の子の目前に迫る馬車。いけ、俺!バッと勢いをつけて男の子を抱え込み、道路の向こうにタッチダウン。
「あっぶなかったー」
危機一髪。俺は男の子を馬車から救った。うえんうえん泣く男の子。慌てて駆け寄る男性と女性。
「あ、ありがとう。息子を助けてくれて…」
俺にお礼を言う男女。あれ、よく見たら旦那様と奥様だ。
「旦那様、奥様。いえ、体が自然に動いただけですから」
俺がそう返事すると、旦那様は首を傾げた。
「うちの使用人かい?」
「はい。ユキといいます」
旦那様も奥様も新入り末端使用人の俺のことを知らなかった。そりゃそうか。きちんと挨拶をしたこともなかったし。旦那様や奥様に近づく機会もないし。
「ユキ、息子を助けてくれてありがとう」
奥様が俺の手を取り、重ねてお礼を言った。
ああ、思い出した。プロレスラーの言葉。この屋敷のご主人は、俺がマスクをかぶってても気にしないんだ。
ここはいいお屋敷だ。
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