第2話

「う、うーん」


頭が痛い。俺はどうなったんだ。


「大丈夫?」


声が聞こえる。目を開ける。幌のある、軽トラの荷台みたいなところにいた。あれ?なんでこんなところに?


「俺は一体…」


首を左右に動かす。荷台には俺の他に3人いた。そのうちの一人が俺を指差す。


「君、誰?マスクしてるけど…逃げちゃったマスクの子とは別の人だよね?」


だんだんと記憶が戻ってきた。確か俺は…お腹空いてた…じゃなくて。


「あっ、そうだ。めちゃくちゃ体格のいい男にここに投げ込まれたんだ。俺、おじいちゃん待ってたのに。やば」


男に投げ込まれて頭を打って、今まで気を失ってたようだ。幌の隙間から外を見る。町ではなかった。街道を走る馬車。ここはどこ。


「君はアレイの町で乗せられたけど…。どこに行くつもりだったの?」


さっきの町の名前を今知る。そして、おじいちゃんが行こうとしてた街の名前を知らないことも今知る。


「お前たちは?どこ行くんだ?」


俺よりも年下に見える、素朴な少年たち。その中のひとりがニコッと小さく笑った。


「奉公先だよ。僕たち出身地は違うけど、それぞれ田舎から出てきたんだ」


あっ。やばいやつじゃない?田舎から出てきた少年たちを騙してない?あのプロレスラー、人買いじゃない?騙されたことに気付いたマスクのヤツ、逃げ出したんじゃない?


「えと…。あの…その奉公先って大丈夫なのか?ひとり逃げたんだろ?」


痛む頭をさすりながら、年上の人間として危険性を指摘。こんな素朴で純朴そうな少年たちが騙されるのは見てられないよ。


「マスクの子はさっきの町で駆け落ち相手が待ってるって言ってた。…結婚を反対されてたんだって」


マスクだからか。マスクだから結婚反対されてたのか。マスク人権問題に溜め息ついてると、別の少年が苦笑いしてプロレスラーのことを教えてくれた。


「奉公先は問題ないよ。僕の村から何人も斡旋してもらってるし、その人たちは帰省のたびにお土産たくさん買ってきてくれるんだ。あの人は体格よくて見た目怖いけど、いい口入屋さんだよ」


信じられないな。俺を荷物みたいに放り投げたぞ。


「って、俺は世間話してる場合じゃなかった」


話してる間にも馬車はどんどん進む。この馬車は俺を乗せてどこへ行くのか。


「家はどこなの?口入屋さんに僕たちも話してあげるよ」


その問いに対し、俺は答えを持たない。俺の家はどこなんだ?おじいちゃんとはぐれた今、俺は一体どうすれば。


「…このまま、逃げたヤツに成り代わって『奉公先』に行こうかな」


おじいちゃんは俺を捜しているだろうか。それとも、厄介者がいなくなったと…思ってなさそう。優しいおじいちゃんだ。

だけど、おじいちゃんの優しさに甘えて生きてくわけにはいかないし。許してくれおじいちゃん、お別れを言うことができなかったけど、俺はいますぐ独り立ちするよ。


逃げたヤツに成り代わること、俺の決断に他の三人は口を出さなかった。

「きっといい奉公先だから大丈夫だよ」と、逆に励ましてくれた。



「お前はこのお屋敷だ」


休憩挟みつつ一晩走って夜が明けて。大きい街に着いた。そこで、ひとりずつ降ろされていった。

最後に残ったのが俺。俺はどんなところで奉公するのだろうか。そもそも奉公って何をするんだろうか。


馬車の荷台から降り、お屋敷を見てひええ。大きいお屋敷。雰囲気は東京駅。東京駅に行ったことないけども、イメージイメージ。


「いいか、逃げ出すんじゃないぞ。お前がマスクかぶっていても、このお屋敷のご主人は気になさらない。ここはどんな人間でも真面目にやっていれば報われるお屋敷だ」


口入屋のプロレスラーは、俺にそう言った。そういえば、馬車の三人もプロレスラーも、俺がマスクかぶってても変な目で見なかった。

このプロレスラー、意外といい人なのかもしれない。馬車に放り込まれたことは忘れないけどね。


お屋敷の前、使用人頭という男の人に引き合わされた。第一印象が大事なので俺はしっかり頭を下げる。


「ユキといいます。よろしくお願いします」


「ユキ、よろしく。さて、さっそくだけど調理場の手伝いをお願いするよ。人手不足でね。調理場だけじゃなくて、掃除洗濯庭仕事何でもやってもらうことになるけど、頑張って」


調理場なら任せてくださいませ。俺は大学入ってからずっと料理自慢居酒屋の厨房でバイトしてたのだ。ただし居酒屋B級グルメだが。このようなお屋敷に住む人の口に合うものを作る自信はない。うーむ。まあ、いきなり重要な仕事を任されることもないだろうし。


「できることひとつずつ頑張ります!」


一気に全部はできないんだよ。だけどひとつずつだったらできるんじゃない?そんな気がする。

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