みえないもの

のず

第1話

「よいですか。明日、街に戻ります。街では、いや、森を出る前に必ずこのマスクをかぶってください」


森の中で意識を失って倒れてた俺を助けてくれた優しいおじいちゃん。そのおじいちゃんが怖い顔してお手製であろうマスクを渡してくれた。


「なんで?俺の顔、そんなに…危ない?」


街の人は俺の顔を見たら石でも投げてくるんだろうか。平凡な顔であることに自信はあるのだが。不吉だとか不細工だとかは関係ないと思っていた。


「ある意味では…とてもとても危ないです」


めちゃくちゃ真面目な顔でそう言うので、俺は命の恩人であるおじいちゃんを信じることにした。石投げられたくない。

渡されたことだし、今かぶってみる。マスクというか、袋をかぶってるような…。


「どう?」


頭からすっぽりかぶって、髪も隠れる。首周りの紐をおじいちゃんによってきゅっと締められた。苦しくはない。目も隠れてるけど、視界は良好。魔法がかかったマスクかも。


「おお。似合ってます」


似合ってるって本当だろうか。顔がかくれているのに、何をもってして似合ってるというのだ。でもおじいちゃんが笑ってるから水を差すようなことは言わないでおいた。


とにかく。

明日になったら街に行く。森とはさようなら。なんだかんだで一か月近く森にいた。森に来る前のことをぼんやり思い出す。


あの日俺は、ひとりぶらりと温泉旅行…ではなく、近所のスーパー銭湯でうえーいと湯船に浸かってた。

しかし、気が付くとここにいた。まあ、気が付いたときはおじいちゃんによって介抱されてたんだけど、俺の姿はすっぽんぽん。神聖だといわれる湖のほとりに倒れていた怪しさ全開全裸の俺を、フィールドワークに来ていたおじいちゃんが助けてくれたのだ。おじいちゃんは学者さんらしい。


おじいちゃんの魔法を初めて見たときは腰を抜かしかけた。ここは一体どんな世界なんだ。


そんな俺を見ておじいちゃんは「ううむ。やはり」と呟いた。その口調から察するに、俺は『教育を受けてない可哀想な子』だと思われたようだった。

銭湯からの異世界という自分の境遇を素直に話していいのかどうか。親切なおじいちゃんであることは間違いないんだけど、お風呂入ってたら違う世界来ちゃったよなんて言って果たして信じてもらえるのか?

悩んだ結果、聞かれないので黙っておいた。


とにかくとにかく。

そんなこんなで一か月が経ち。おじいちゃんのフィールドワークも終わり、街に帰る。俺もおじいちゃんの街について行っていいとのこと。森の中でひとりで生活はできないからね、おじいちゃんありがとう!


森を出る前、俺はマスクをかぶった。今日は自分できゅっと結んだ。


「食事するときはボタンを外してください」


口の周りだけ外せるようになってた。徹底してるな。よっぽど顔を出してはいけないんだな。人権問題が頭をよぎったけど、やっぱここは違う世界だし、俺の常識通じないところがあるんだろう。郷に入ってはなんとやらだ。


と、思ったものの。


森の小道をしばらく歩いていると、森の中の街道に出た。人通りは少ないが、その少ないなかで俺は衝撃。俺を見ると、すれ違う人のほとんど眉をひそめる。

見たくない物を見てしまった…というような。

ショックだ。マスクしなかったら石を投げられるかもしれんが、マスクしてても結構な扱いだねこれ。


「気にしないでください…と言っても無理でしょうが。マスクを外せば、もっと大変なことになるんです。堪えてください」


「ウン」


石では済まなさそうだ。怖いのう。


おじいちゃんはお年寄りなのに健脚だ。俺と同じペースですたすたと歩き続け、昼過ぎに小さな町に着いた。


「ここから馬車に乗って、次の街に行きます。そこで宿を取って、明日の朝にまた出発。明日の夜には着くでしょう」


おじいちゃんの説明をふんふん聞く。その間も町の人が嫌悪感のような不快感のような視線を送ってくるのが気になって仕方ない。そんな気持ちでも、俺のお腹はぐーっと鳴る。


「何か昼食を買ってきましょう。ここでお待ちください」


「ううん。俺が買いに行くよ。おじいちゃん疲れただろう。年なんだから無理しないで」


お年寄りをこき使う俺ではない。店の人に嫌な視線を送られるとしても、やるしかないのだ。


「年寄り扱いは困ります。この町は小さいですが、馬車の乗り入れが多いので人も多いです。迷子になると困るので、ここで待っていてください」


おじいちゃんにビシッと言われてしまった。確かに。俺はこの世界ビギナーだし、迷子になるかもしれない。


「そんじゃあ、お言葉に甘えようかな。ありがとう」


おじいちゃんが馬車乗り場を離れてお店の並ぶ通りへと消えていった。俺は息を一つ吐く。森の中よりも、町にいるほうが違う世界だと実感する。行きかう人は色とりどりの髪の色に、ゲームの世界みたいな服を着ている。


と、そんな風に、ぼーっと街の風景を眺めていたらば。


「おい、こんなとこにいたのか。行くぞ」


ぐいっと服を掴まれた。


「え?なに?なんですか?」


プロレスラーみたいなガタイの男に引っ張られ、俺は問答無用に荷馬車に放り込まれた。

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