第11話私がどきどきしちゃうのは

シオンに、低くて怒りを含んだ声をぶつけられて、私は変な声を発してしまった。


「え?なんで夜這い!?ち、違うよ!」

「じゃあなんでこんな夜中に、イグニスの部屋の前なんかにいたんだよ」


うわー。超絶イケメンが険しい目でこっち見てる。そんな顔も綺麗なんだなあ……いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃないでしょ。


なんか知らないけど、怒られてる!誤解を解かなきゃ!


焦った私は、すごーく言いにくいんだけど、と前置きして、さっきイグニス様の部屋の前を通ったら、二人のアレな声を『たまたま』聴いてしまったことを、早口で話した。


「だから、私は夜這いなんかしてないし、するつもりもないし、あの、イグニス様達の声をわざわざ好んで聞こうとしたわけでも、なんでもなくてねっ」


それを聞いたシオンは

「はーーーー……」

と下を向いて長い溜息をついた。


なに?まだなんか怒られるのかな?と固唾をのんで黙っていると、


シオンはほっとしたような顔で

「なんだ……そっか、違ったのか……」

と呟いた。


「うん、そうだよ!私がそんなことするわけないでしょ!?」


(自慢じゃないけど、神殿で清らかな生活を強いられてたんだから、そんな積極的に行けるほど色恋沙汰に慣れてないからね!?)


思わず息せき切って畳みかけると、


シオンは顔を上げて私と目を合わせると、力の抜けた声で言った。

「誤解して悪かった……」

「ううん、それならもういいよ。分かってくれて良かった~」


ほっとして胸をなでおろしたけど、シオンは気まずそうに続ける。

「でも、お前……なんかうまく言えないけど、イグニスのこと…残念だったな……気を落とすなよ」

「えっ、なんで?何が残念なの?」


何を言うんだろう、このイケメンは。


そしたらシオンは、

は?え、だって、と呟きながら戸惑った顔をしたあと、

「だってお前……イグニスのこと、好きだったんだろ?」


ーーーーえ?あ、あー。

そういえば旅に出る時、最初にそんなこと思ったような気がする。

勇者様と結ばれる!とか。

聖女ムーブも、そのためだったわ。


でも、イグニス様がリアナと付き合ってる(んだよね?)としたら、私は失恋した、ってことになるわけだよね。


うーん。なんか思ったようなダメージがないな。別に平気というか。

というかなんなら、イグニス様のことそんな風に思ってたこと、今の今まで忘れてた。


まあ、あの声を聴いちゃったことは恥ずかしかったし、うろたえたけど、なんか、それ以外のことって、別にどうでも良いというか、『無』だ。


なんなんだ。

私って、イグニス様を好きで結婚したいって思ってたはずじゃなかったのか。

実はそんな好きじゃなかったのか。


うーん、と長考している私を見て、シオンは私が傷ついて黙り込んでいると思ったのか、

どうしたらいいのか分からないような、申し訳ないような声で、言った。


「ごめんな、お前がショック受けてる時に、あんな責めるようなこと言って……その…」

慰めの言葉でも探してるのか、言い淀んでいるシオンに向かって私ははっきり言った。


「いや、全然何ともないから。私ってイグニス様のこと、好きじゃなかったみたい」


「え?……いや、でも」

シオンは私が無理やり空元気で大丈夫アピールしていると思ってるみたい。


「いやもう、ほんとなの。私だって、よーーく考えてみて、今、その事実に気づいちゃったんだもん。自分でびっくりしてるとこ」

「え?本当なのか?」


シオンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。イケメンて、あんなぽかんとした顔でも変じゃないんだ。すごい。普通ならぜったいあほ面になってるよね?


「うん。あんなカッコ良くて綺麗な顔してる人と出会ったの初めてだったし、ぱーっと舞い上がっちゃっただけだと思う。イグニス様とリアナが付き合ってる、って分かっても、胸も全然痛くならないし。そういえば、イグニス様に胸がドキドキしたり、なんてこともなかったわ。よく考えたら」


うんうん。よく考えたらどんどん出てくる真実。

そうだよね、私、イグニス様を見て素敵~とは思っても、胸がきゅうっとしたりとか、ドキドキしてたまらなくなったりなんて、一度もなかったわ。


胸がドキドキして、どうしようって思って、きゅうって甘いような切ないような、なんか、気持ちいい、みたいになったのって……

あれ?シオンにだけ?

あれっ?私、シオンにドキドキしちゃうってことはーーー

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