5分で読める物語 『プールサイド・クライシス ~クールな美女と潜入捜査したら、空気を読めない血の繋がらない姉に見つかり殺されそうな目に~』

大橋東紀

プールサイド・クライシス ~クールな美女と潜入捜査したら、空気を読めない血の繋がらない姉に見つかり殺されそうな目に~

「君が合衆国の捜査官か。私はクラウ。君の妻になる女だ」


 寒い国から来た美しきエージェントは、初対面でジェイクに言い放った。


「捜査は私に任せろ。君は足を引っ張るな」


 唖然とするジェイクに、異国美女は説明した。


 世界中で問題となっている新型麻薬“ネーク”。

 クラウの所属する共和国は、裏社会を通じて“ネーク”を扱う麻薬王ダンへの連絡ルートを持っている。

 だが貧富の差が激しい共和国は、ダンに取って美味しい市場ではない。

 そこで共和国は、合衆国に合同捜査を申し入れた。


「君には“ネーク”を欲しがるマフィアに扮し、ダンに接触してもらう。私は君の妻を演じる。ダンは買い手が夫婦でないと会わない。暗殺や囮捜査を警戒してな」

「あんた怖くないのか?ダンに捜査官だとバレたら、チェーンソーで体をバラバラにされて、家族に送られるぜ」


 顔色一つ変えず、クラウは答えた。


「遺体を残すとは、この国のマフィアは慈悲深いな」


 こいつ、とことん可愛くねぇ。ジェイクは心の中で毒づいた。


 そして共和国の闇ルートを通じて取引の場に指定されたのは。

 合衆国でも有数のリゾート地、バネオ。

 しかも高級ホテルのプールだ。


 ダンは相手が武器を隠し持つ事を恐れ、水着での来場を指定して来た。


 そして取引の日。

 クラウは完璧なまでの美しさと、モデル並みのプロポーションで、指定場所のプールサイドでも脚光を浴びていた。


 ビキニの腰まで伸びた銀髪が、どこか神々しさすら感じさせる。

 今もどこかの大富豪が、第三夫人にならないかと声をかけてきたのを、丁重に断っていた。


「二十二時の方向」


 手を振り去っていく大富豪に笑顔を向けたまま。


「ダンの手下が来る」


 そう言うクラウの肩越しに、右頬に傷のある男が近づいて来るのが見えた。


「ボスの到着がトラブルで遅れる。ビジネスは明日だ」


 男はホテルのカードキーを差し出した。


「お詫びに今夜の宿代は、ボスの驕りだ」


 クラウと一晩、一緒か・・・・・・。


 部屋に戻って憂鬱な気持ちでシャワーを浴び、アロハシャツとイージーパンツに着替える。

 クラウはビキニ姿のままでテレビの前に陣取り、食い入る様に見ていた。

 ケーブルテレビで流れてるが。これ昔の、ベッタベタなメロドラマだよな。


「なぁ、明日の作戦だけど……」

「静かに!」


 画面から目を離さず、クラウは言った。


「今、哀れなヒロインが、不治の病を医師から告知されたところだ。家族の反対を押し切り、やっと婚約までこぎつけたというのに」


 そう言うとクラウはティッシュをまとめて取り、ビーッ!と鼻をかんだ。

 泣いてる?古いお涙頂戴のドラマ見て?


「神は愛し合う二人に、こんなにも試練を与えるのか?」


 流れ落ちる涙を拭き、ため息をつくとクラウは言った。


「ハンバーガー、コーラ、ロックンロール。君の国には軽薄な物しかないと思っていたが。こんな素晴らしい芸術があるとは!」


 クラウが華やかな笑顔を見せたので、ジェイクは驚いた。

 こいつ、こんな顔もするんだ。

 しかしビキニのままテレビの前に座り込まれると、目のやり場に困る。


「クラウ、着替えない?」


 再びメロドラマに没頭したのか、クラウはもうジェイクの声が聞こえない様だ。

 ドラマに夢中になるなんて、可愛い所もあるな。


「明日の下見に行ってくる」


 部屋を出ようとしたジェイクの背中に声がかかった。


「右頬に傷がある男の名はゴルだ。覚えておけ」


 やっぱり可愛くない、とジェイクは思った。



 ジェイクの父は刑事だった。

 チンケな事件を追いかけ犯人に殺された。よくある話だ。

 母を先に失くし、十歳で天涯孤独の身になった彼を引き取ったのは、父の同僚だった。


 新しい父には、潜入捜査官という、もう一つの顔があった。

 ジェイクを引き取ったのも、その技術を継承する息子が欲しかったのだ。


 それともう一つ。


『なって欲しいんだ。娘の兄弟に』


 近所の男友達とケンカしては泣かせている女の子は、同い年の癖に偉そうに言った。


『ボクの方がお姉ちゃんだからね!ジェイ君は、メイお姉ちゃんって呼ぶんだよ!』


 弟というよりは、ペットとじゃれあう様に。

 時に、自分がペットの様に甘えてきて。

 メイとジェイクの姉弟関係(?)は良好だった。


 ジェイクが新しい父から捜査官スキルを叩き込まれ、上達していく一方で。

 メイはどんどん美しく成長していった。

 ただし、中身は暴れん坊のまま。


『お前の姉貴、紹介してくれよ』


 親友から知らない奴まで。この言葉を何回、聞いただろう。

 姉の答えは、いつも同じだった。


『何言ってるの?ジェイ君が一生ボクの物だよ?』


 本気なんだか、ふざけてるんだか。

 幾つになってもじゃれついてくる、血の繋がらない姉が……。


「なんでいるんだよ」


 プールサイドでジェイクは頭を抱えた。

 メイが数十メートル先で、初老の裕福そうな婦人たちに囲まれハシャいでいる。


「でもいいのかなぁ!ボクまでこんな高級ホテルに」

「メイちゃんと一緒だと、楽しいもの!」


 名前まで聞こえた。もう間違いない。そういや、あいつ旅に出るとか言ってたな。

 メイには人たらしの才能がある。

 旅先で困っていた金持ち婦人たちを助けて気に入られ、そのままついて来たんだろう。

 しかし何故、よりにもよって、この場所に、今!

 顔を合わせるのはマズい。隠れる場所を探そうとした、その時。


「ジェ~イ君」


 ぎっくぅ。


「こんなところで何してるの?」


 作り声で、人違いだと言う前に。


「お姉ちゃん教えたよね。呼んだらすぐ返事しろって」


 メイはヘッドロックで、ジェイクの頭を締め付けた。


「まて、今、極秘捜査中で」

「もう一回、躾直してあげようかぁ?」

「当たってる!胸!当たってる!」


 次の瞬間、視界が明るくなった。


「あれ?」


 メイの襟首を掴んで持ち上げ、ジェイクから引き剥がしたのはクラウだった。


「女遊びはしないと誓ったはずですよ。あなた!」


 芝居と分かっていても、肝が冷える迫力だ。


「離せよぅ。ボクはジェイ……」


 右手一本で持ち上げられたメイが、ジェイクの名を口にする前に。

 クラウは、彼女を近くのプールに放り投げた。

 悲鳴と水柱が上がる。


 思わず助けに行こうとしたジェイクの腕を掴むと。クラウは近くで様子を伺っていたゴルに歩み寄り、囁いた。


「人目を集めてはマズいです。引き上げましょう」


 ゴルは作り笑顔でジェイクに言った。


「客人、お遊びはほどほどに」


 ジェイクは力なく頷いた。




「酷いよジェイ君!あんな女に浮気して!」


 ホテルのレストラン。テーブルに並べられたご馳走を頬張りながら、メイは喚いていた。


「子供の時から、永遠の愛を誓ってたのに!」


 一緒に旅をしてきた婦人たちが声をあげる。


「男はいつもそうよ」

「可哀想なメイちゃん!」

「ジェイ君の馬鹿……。あ、コレ驕りッスか?」

「勿論よ。どんどん食べて」

「そうッスか……僕をお嫁さんにしてくれるって言ったのに!あ、デザートも頼んでいいッスか」


 婦人達はメイに同情し、浮気な彼氏に義憤を燃やし、自分たちの過去の悲恋を話した。

 彼女らはメイを移し鏡にして、久しぶりにロマンスに酔ったのだ。


「会計だ」


 近くのテーブルで、男がウエイターを呼び止めた。

 メイのいるテーブルを見ながら、その男、ゴルは思った。

 寝る前に、もうひと仕事出来ちまった。




「ふい~、お腹いっぱいだよ」


 婦人達とは違う階に部屋を取ったメイが一人、廊下を歩いていると。


「お嬢さん」


 壁に寄りかかったゴルが、彼女を待っていた。

 右の人差し指と中指で挟んだ高額紙幣を、メイに見せつける。


「何だよぅ!ボク娼婦じゃないよ」

「違いますよ、私は探偵。あなたをプールに投げ込んだ女性から、恋人の浮気調査を頼まれてます」


 紙幣をヒラヒラさせ、ゴルは言った。


「これは情報料ですよ。知ってるんでしょ?あの男」


 しばらく黙っていたメイは、ポツリ、ポツリと話し出した。


「ボクには、ずっと好きな人がいたんだ……」


 父親が仕事で家を空けてばかりだった事。

 それに愛想を尽かし、母親が出て行ってしまった事。

 独りぼっちの家で、いつも寂しく過ごして来た事。


「そんな時、来てくれたんだ。新しい家族が。最初は楽しいオモチャみたいに思ってた。でも、いつの間にかボクは……彼の事が、好きになってたんだ。なのに裏切られた」


 かかった!

 ゴルは心の中でガッツポーズをした。

 一気に奴の素性を聞き出してやる。

 刑事か?麻薬捜査官か?


「その、あんたを裏切った男が、さっきプールにいた男だね」

「違うよ」

「へ?」


 メイの答えに、ゴルは拍子抜けした。


「あの人は、この失恋話を聞いて、同情したふりしてナンパしてきたんだよ。頭に来たから喧嘩になったのさ」

「じゃぁレストランで話していたジェイ君ってのは?」

「浮気相手と結婚して、今は遠い西部で暮らしているよ。おじさん盗み聞きしたの?まぁいいや。このお金は貰うね」


 呆然としているゴルから紙幣をひったくると、メイはエレベーターに走って行った。


「おじさん、ありがとー」


 エレベーターが閉まる瞬間、小声で呟く。


「汚い金、綺麗に使うッス」




「無事ダンと会って特殊部隊が踏み込み、組織を一網打尽にしたのに……」


 捜査官の制服を着て並んでいるクラウとメイを見て、ジェイクは混乱した。


「お前たち、なんで捜査局にいるの?」


 すまし顔で、クラウは答える。


「任務に入る前に、君の家族構成は調べた。君の二人目の父は捜査官で、その娘も捜査官志望だと判った」

「メイが捜査官志望?」

「知らなかったのか?そこで卒業旅行中の彼女にコンタクトを取った。保険をかける為に」

「そ、卒業旅行?」


 ふくれっ面で、メイが答える。


「警察学校のだよぅ。ジェイ君ったら、何年も実家に寄り付かないから」

「保険は正解だった。ダンが一日遅れたのは君の素性を洗っていたからだ。メイがゴルを騙したので、ダンは最終確認を放棄した」

「ジェイ君は、お姉ちゃんのお陰で助かったんだからね。ぶいっ!」


 知らなかったのは俺だけ?愕然とするジェイクの前で、メイが楽しそうに言った。


「敵を欺くには、まず味方からだよね。キャハッ」


 こいつ、殴ってやろうか。


「メイはわかった。で、何故クラウは、まだいるのさ」

「私はまだ、この国の芸術ドラマを見足りない。本国に出張延期を申請し受理された」


 ニヤッと笑うと、クラウは言った。


「それに、姉上から色々、話を聞いて、君にも興味が沸いた」


 メイの奴、何を喋ったんだよ……。

 まさか、あんな事や、こんな事は喋ってないだろうな。


「ジェイクの事、もっと教えてあげるね、クラウちゃん!」


 はしゃぐメイと、ほほ笑むクラウの前で、ジェイクは頭を抱えた。

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