第11話 助言
振り返ったヴァンの目の前には男がいた。ヴァンの胸くらいの背丈の小男が、つるはしを右手に持ち、左の手のひらでリズムを取って遊ばせている。目は細く、糸のようだ。そういえば、とヴァンは記憶を掘り起こした。最近、房に新入りが入ってきた。房は出入りが激しいからいちいち顔を覚えてはいなかったが、こんな声をしていた気がする。
「なんのことだ」ヴァンは惚けて聞いた。
「嘘いっても無駄だぜ。お前さん、看守を襲おうとしていただろう」
「なんだと」
小男が不適に笑う。「安心しろチクリはしねぇ。俺だって同じことを考えているからな」
ヴァンは驚いた。自分と同じように反逆を企てる者などいないと思っていたからだ。小男はヴァンの隣に並び、つるはしを地面に突き立てた。
「あいつらは鉱石を持っている。用心することだな」
「鉱石? バルザイだけじゃないのか」
小男はため息をついた。「バルザイだけ? そんなことあるかよ。あいつら看守は俺たちを監視しているんだ。鉱石を持っているに決まっているだろう。ほら、見てみろ」
小男は看守の首元を指さす。ヴァンが視線を向けると、確かに看守の首元にはバルザイがしていたのと同じペンダントが提げられていた。ヴァンは皮膚の気が逆立つのを感じた。もしも気づかず看守を襲っていたら、命はなかった。図らずもこの小男に助けられたようだった。
「気づかなかった。助けてくれて礼をいう」ヴァンは頭を下げた。
「よせよ。仲間じゃないか」
「仲間?」
ヴァンは聞き返す。バルザイにこのグループで協力するように仕向けられてから、久しく聞いていない言葉だった。ヴァンは耳の裏を掻いた。気恥ずかしかった。けれど、心の底に灯が灯るようなどうしようもない嬉しさが燻っているのも事実だった。ヴァンはずっと疎外されていたことを話した。採掘をしながら話を聞くと、小男も同じ境遇のようだった。数日前に房に入り、誰ともつるむことなく生活していたらしい。ヴァンはその事実を知らなかったが、男の話しぶりにはぐれ者同士の親近感を感じた。
小男は満足そうに頷き、「ついてきな」と坑道の奥へ歩き出した。
「どこへ行くんだ。看守が見てるのにうろうろしたら、また殴られるぞ」
焦ってヴァンがいうが、小男は意に返さない。
小男はヴァンを振り返る。「なあに。この先に行けばより質の良い鉱石が手に入る。そう伝えればあいつらは分かってくれるさ。そもそもそんなに遠くへ行くわけじゃないしな」
飄々といって、口笛を吹きながらなおも進んでいく。どうしようかと、ヴァンは一瞬迷った。しかし、小男のいうことに興味を覚えた。選択肢はなかった。ヴァンは自分の背後――遠くへ歩いていく看守と、先へ進む小男を見比べて、小男の方へ向かっていった。
坑道がさらに狭くなる。頭をかがめ、ゴツゴツした岩肌で体を支えながらヴァンはゆっくりと進んでいく。そこからさらに数歩進んだところで、小男が立ち止まった。予想よりかなり早かった。目的の場所に着いたらしい。近くには同じ房の奴らが、汗を垂らしながら鉱石を探していて、離れたところには見かけない顔が壁に向かってシャベルを差しこみ道幅を拡張している。彼らは小男が入ってきたことなど気にかけていなかった。小男はつるはしを片手に、地面を顎でしゃくる。
何をするつもりだろう。ヴァンが疑問に思っていると、小男は「お前さん、採掘は初めてか」といった。
「どうして、そんなことを聞くんだ」
「いや。お前さん体は立派なのに、全然器用じゃねぇと思ってな」小男は些か馬鹿にするように笑い、「こうするんだ」といきなり地面にしゃがみ込んだ。それから、膝をつき匂いを嗅ぐように頭を左右に動かす。まるで犬だった。なかば呆れたようにヴァンは見ていると、男は何かを見つけたように少し離れた地面に駆け寄る。
「お、あったあった」男は嬉しそうにいった。「まず土の色を見るんだ。鉱石が埋もれているところは少しばかり、土の色が明るい。これは経験則だが、仮に十カ所あったなら五カ所からは鉱石が見つかる」
「そんなにか」ヴァンは驚いた。
「はったりじゃねぇぞ。まあ見ててくれや」
からかわれているのかと思った。半信半疑でヴァンも近づいて地面を見る。確かに地面の一部分は薄茶色になっている。だが、それだけでは信じ切ることはできない。まだ鉱石は見つかっていないのだ。
「いいか。つるはしを差しこむ方向ってのがあるんだ。闇雲に突き立てるだけじゃダメだ。鉱石をイメージして掘り起こす。それが採掘の鉄則だ」そういって、小男は自らのつるはしを振り上げる。二度、三度振り下ろし、やがて硬い音が坑道内に響いた。小男はしゃがんで土をかき分ける。土のなかから青い鉱石が覗いた。小男は慎重に掴んで灯りに照らす。
「質はイマイチだな」小男は苦笑する。「だが、これで分かったろ。場所を見つけて、掘り起こす。工夫が必要なんだ。どうだ? 分かってしまえば簡単だろ」
ヴァンは呆気に取られた。小男は採掘のコツを教えてくれたようだった。けれど、どうしてそんなことをするのか分からなかった。協力すれば純度の高い鉱石を見つける可能性は高くなる。しかし、それは鉱山全体の利益、もっといえばバルザイ個人の利益にしかならない。小男には全く得になることがないのだ。それに――。
「どうしてそんなこと教えてくれるんだ」思い切ってヴァンは聞いた。
「どうして?」小男は首を傾げる。
「ああ。その技術を黙っていれば、一人で高純度の鉱石を掘りあてられたかもしれない。そうなれば、アンタはこの鉱山から解放される。なのに、わざわざ俺に教えてしまった。それはどういうわけだ」
ヴァンは一気にいった。小男は「うーん」と唸っている。
「さあな。ただ、お前さんには同じものを感じるんだ。移民の血が流れてるってことかな」
「それだけか」ヴァンは目を見開いた。
小男は頷いた。「それだけさ。お前さん、考えるのが好きなようだな。先は長いんだからもっと気楽にいこうぜ」
小男はそういって、笑う。磨かれていない歯がチラリと覗いた。
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