File. 6 石の上にも2~3年
石の上にも2~3年①
ラジオ局の編集長であるオコジョからの仕事の依頼は大抵、込み入った内容のレポートを書いてくれとか、明日朝から遠隔地に飛んで取材してくれといったものである。言ってしまえばロクでもない案件が多いのだ。報酬は悪くないが、コスパは正直よろしくない。
今回の仕事はそのオコジョから受けた案件である。そんな案件をどうして何回も受けるのかと問われると、センは決まって「“よろずや”だから」と返す。そんなセンを見て、真面目だなぁとアルマーは毎度感心し、心の奥に気だるさをしまい込んで、センの後について行くのだった。
センとアルマーはシティの中心部にある、オコジョのいるラジオ局にやって来ていた。仕事の内容を聞くためだ。案内係の局員に連れられて応接室に入ると、オコジョがソファーに腰掛けて待っていた。オコジョは読んでいた週刊誌を閉じると、
「やあお2人さん、今回も頼むよ!」
と上機嫌に2人を出迎え、向かいの席に座るようすすめてきた。2人はソファーに掛け、行きがけに買ってきた手土産のビールをオコジョに渡す。
「おっ黒ラベルじゃん。分かってるねぇ、本物を」
瓶のラベルを見たオコジョは笑みをこぼし、
「どう、飲むかい?」
と、指でビールを開ける仕草をするが、今は平日の真っ昼間である。
「いや、折角ですが、車で来ましたので」
「冗談だよ。リンカ、これ冷蔵庫に入れておいて」
すると先程の案内係が後ろから出てきて、ビールの入った袋を受け取ると、後ろのドアから部屋を出ていった。
「さてと……」
オコジョはソファーに座り直し、話を切り出す。
「今回は取材の手伝いをお願いしたいんだ」
「はあ、今度はどこです。ホッカイですか? リウキウですか?」
「今回は近場だよ。再来月に、シティにあるB級ショップの特集記事を企画していてね、その取材をする人員が足りないから手伝ってほしい」
「ふーん、なかなかおもしろそうじゃない」
食指を動かすアルマーを見て、オコジョは嬉しそうに頷く。
「なるべく、まだ他のメディアに紹介されていない店を選んでほしい。取材にかかる費用は、報酬とは別にちゃんと払うから領収書持ってきな」
オコジョの依頼としては比較的マシな内容であったので、センはほっと息をついた。
「わかりました。お受けしましょう」
「ああ、助かるよ。ありがとう!」
オコジョは手を合わせ、声を弾ませた。
「しかしB級ショップですか。どんな感じの店を紹介すればいいんでしょう」
「そんなに難しく考えなくても良いんじゃない? 例えば、B級グルメの屋台とか、オリジナルの小物を扱っている小店とかさ」
「ああ、それだったら私も雰囲気のいい古本屋とか知ってます」
などと、どんな店に取材に行こうかと2人がわいわい喋っていると、オコジョがパンと手を叩いて、
「あ、そうそう。言い忘れてた」
と、センとアルマーを交互に見て、
「もう一つ、ついでの頼みがあるんだわ。この企画の取材担当がうちの新人局員なんだわ。だから、ついでにその子のアシストもお願いできないかな」
オコジョの懇願にセンは少し考えた後、
「まあ良いですが、その新人さんはどんな方なんです?」
「そうだね、紹介しておこう……お、丁度良いところに戻ってきた」
そう言ってオコジョはセンの後ろの方を見て手招きした。すると先程出ていった案内係が、コーヒーを盆に乗せて部屋に戻ってきた。オコジョはその案内係を親指で指しながら、
「この子ね。ほらリンカ、挨拶しな」
オコジョに促され、その案内係はコーヒーをテーブルに並べると、センとアルマーに向けてうやうやしく礼をした。自分たちよりも若い子のようだが、身なりは整っており、化粧も上品にまとまっている。総じて大人びたスマートさを持つ子のように、センの目には映った。
「はじめまして。シンリンオオカミ、リンカと申します。入局して3ヶ月です。何かと不慣れで、ご迷惑をおかけする点も多いと思いますが、よろしくお願いいたします」
丁寧にスマイルを浮かべるリンカを見て、センとアルマーもあらためて背筋を伸ばし、「こちらこそよろしくお願いします」と返した。
「よかった、それじゃあお願いするよ。私はこれから運営委員会の会合に出なきゃならなくてね、これで失礼」
オコジョはそう言うと荷物をさっとまとめると、急ぎ足で部屋を出ていった。
応接室に残されたセンとアルマーは、同じく残されたリンカに目をやると、リンカもこちらを見返して、ニコリと微笑みかける。
「慌ただしくてすみません」
「いいのいいの。編集長が忙しい人なのは知ってるし。それにあたしたち基本ヒマだから」
「今日がヒマなだけです。普段はちゃんと仕事してますよ?」
オホンと咳払いしてセンが訂正する。それを見てリンカはくすりと笑った。
リンカはオコジョが座っていた場所に腰掛けると、2人に向けて改めて挨拶をした。
「お二人のもとで仕事をさせて頂く、シティ運営委員会広報部ラジオ局局員のシンリンオオカミです。リンカって呼んで下さい」
その上リンカがするりと名刺を差し出してきたので、アルマーは慌ててセンに助けを乞う。
(どうしよう。あたし名刺なんて作ってないよ?)
(だから作っておけって前に言ったのに。新人の彼女の方がマナー身についてちゃ恥ずかしいじゃないですか)
センはやれやれと目をつむると、カバンから自分とアルマーの名が記された名刺を取り出して、リンカに差し出した。
「ご丁寧にありがとうございます。探偵兼なんでも屋“よろずや”のオオセンザンコウ、センと申します。隣が同じくオオアルマジロのアルマーです。どうぞよろしくお願いします」
お互いに挨拶を終えた3人は早速打ち合わせを始めることにした。
まずは企画の仔細を共有しようとセンが促すと、リンカは企画書の写しをファイルから取り出して、センとアルマーに一部ずつ渡した。
「センさんとアルマーさんもご存知のように、ここシティはパーク内外から多くの人が訪れる人気の観光地です。当然観光ガイドブックも様々発行されていますが、そういう本にはあまり載らない、知名度はそこそこ。でも商品は間違いなくハイクオリティーで、自信をもってオススメできる。そんな隠れ家的名店を観光客にアピールして、シティの商業を盛り上げようというのがこの企画です」
「良い視点の企画だね~ これあなたが考えたの?」
「編集長と私で一緒に考えました! 本当は編集長が担当で、私はアシスタントをするはずだったんですけど、編集長が忙しくなった関係で、私がこの企画を引き継ぎました」
「それで編集長はリンカさんのアシストを、勝手を知るあたしたちに外注したと。企画を担当するのは初めて?」
「はい。ですので、躓くことも多いかと思いますが、何卒……」
「最初は誰だって不安ですよ。私達も精一杯サポートしますから、一緒にがんばりましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
フレッシュさを振りまくリンカを見て、右も左も分からない駆け出しの頃の自分達を思い出し、2人は懐かしさに自ずと笑顔が浮かんだ。
「まずは取材する店を決めましょう。取材する予定のお店はリストアップされていますか?」
「はい。企画書の2枚目にまとめてあります」
リンカが出した取材したい店のリストにセンは目を通す。
「セレクトショップの“ハイファイ・ローファイ”、古着屋“放浪カモメ”、コスメショップの“クリスピー”……おお、露天商の“CAT WALK”まで入ってる! 良く知ってますね」
「ありがとうございます! あ、コーヒーをお出しするのを忘れていました。今、持ってきますね」
センに褒められてニコニコ顔のリンカは2人に向けて一礼すると、一時部屋を出ていった。
リンカが席を外した後、アルマーはセンに話しかけた。
「良い子そうだね」
「品の良さでいったらアルマーより上かもしれませんよ」
「なにをー!」
膨れ面のアルマーを適当になだめすかしながら、センはリストを下の方へと読み進めていく。すると次第にあることに気づき、首を傾げた。
リンカが挙げた店はいずれも、マイナーだが評判は確かなB級ショップであることは確かだった。しかし、どれもこれも女性向けのファッションや化粧品に関連した店ばかりなのだ。これではまるで、ファッション専門誌の特集である。
「ねぇ、アルマー?」
センは感じた疑問をアルマーに投げかけると、アルマーも同じ疑問を抱いていたようで、
「ファッション関係の店ばかり紹介しても、観光客にはウケないんじゃないかな?」
「同感です。観光客は若い女性だけではないですからね。リンカさんが戻ってきたら伝えましょう」
ファッションの店ばかりセレクトされてしまったのは、おそらく仕事に一生懸命になるあまり、視野が狭まってしまった結果であろう。新人が犯しがちなミスである。
こういうミスをきちんと指摘してあげることが、世話役を任された私達の責務に違いない。と、センは真面目に考えると、ネクタイの結び目をきれいに締め直した。そしてリンカがコーヒーカップを2つ持って戻って来たところで、店のリストの問題点をやんわりと指摘した。
するとリンカはハッと青ざめて「すみませんすみません!」とペコペコと謝りはじめた。
「やっぱりそうですよね……私、シティに来たのが3ヶ月前で、この街にある店をあまり知らなくて……」
想定外にリンカを萎縮させてしまったのを見たセンは、これはいけないとすぐさまフォローを入れる。
「いやいや、別に責めているわけじゃないですよ。顔を上げて」
「そうそう! それにまだシティに来て日が浅いのに、マイナーな店までよく調べたと思うよ?」
「そんな滅相もない……。私、ファッションとかコスメに興味があったので、個人的に行きたい店のリストを作っていて、この企画書のリストはその自分用のリストを流用したものなんです。取材する店を探す時に使えるかなと思って……」
「大丈夫、すごく使えますよ」
センとアルマーは笑顔で大きく頷いてみせると、リンカの表情が少し和らいだ。
「そしたら、仕事のついでに行きたい店を開拓できていいかなって……」
「……うん?」
何か、表立って口に出してはいけないようなコトが聞こえた気がして、センの顔は笑みを浮かべたままピタリと固まった。今のはただの冗談か、それとも緊張の和らいだリンカが漏らした本音か。
「そうだ。コーヒーをお持ちしましたので、温かいうちにどうぞ」
「あ、どうも」
リンカに促され、2人がコーヒーカップに口をつけようとした正にその時、応接室のドアがノックされ、局員が1人大慌てで入ってきたので、2人もリンカもびっくりして顔を挙げた。
「あれ、先輩。何かあったんですか?」
リンカは応接室に飛び込んできた先輩に訊くが、その先輩局員はリンカの問いかけに答えず、代わりにセンとアルマーに向けて言った。
「すみません。そのコーヒー、すでにお召し上がりになられましたか?」
「いえ、ちょうど頂こうとしていたところですが……?」
すると先輩局員は小さく息をつくと、
「大変失礼しました。実はそのコーヒーはお客様にお出しするものではありませんので、お取替えさせて頂きます」
「え? そんなお気遣いなく……」
「いいんです。一番良い豆のコーヒーを持って参りましたので!」
そう言うと先輩局員はセンとアルマーが持っていたカップを、自分が持ってきたものと手早く取り替えると、
「リンカ。ちょっといいかしら?」
と、リンカを一時応接室から連れ出していった。
「なんだろうね?」
「さあ? 間違えて安い社員用のコーヒーを出した、とか?」
アルマーとセンは首を傾げ、互いに顔を見合わせていると、応接室の扉の向こうから大きな声が響いて聞こえてきた。
「ぎゃおん! すんまっせんっ!!」
リンカの声だった。
部屋の外で誰かに謝っているらしい。大方さっき入ってきた先輩局員に、ミスか何かを指摘されてのことだろう。しかしミスの指摘ならば、何も接客中にする必要はない。応対が終わったあとで言えば良いだけだ。そうしなかったということは、何かすぐに対応しなければならない用件であったのだろう。
(緊急事態でも起きたのだろうか?)
それが気になったセンはソファーから立ち上がると、ドアに耳を押し当てた。それを見たアルマーも同じようにドアの前で耳をそばだてる。すると扉の向こうの会話が小さく聞こえた。
最初に聞こえたのは先程の先輩局員の声。
「……局員用のインスタントをお客様に出しちゃ失礼でしょ。お客さんにはちゃんとしたコーヒーを出すことって、前にも言ったわよね」
「言われた、かもしれません。多分……」
リンカの沈んだ声。
「これで4回目よ。それに、私達の分のコーヒーもいっぱい作ってくれたのはありがたいんだけど、だったら分量間違えないで。超絶濃くて苦かったわよ」
「え! そんなはずは……」
「じゃあ飲んでみ? あなたがお客様に出そうとしていたコーヒー」
「……」
直後、おそらくあまりの苦さに悶絶するリンカのうめき声が微かに聞こえた。
「マジですか……」
扉から耳を離したセンは困惑した表情で呟く。一方のアルマーも、危うくとんでもないコーヒーを飲まされるところであったと真っ青になって絶句していた。
センは元の席に戻ると、ため息をつきながら正しいお客様用のコーヒーに手を伸ばす。
「あのリンカって子、本当にまだ仕事に慣れていないのかな」
アルマーはセンの耳元でそっと耳打ちすると、センは首を横に振った。
「慣れていないのはその通りでしょう。しかし、ショップのセレクト方法しかり、コーヒーしかり、やや抜けているというか……」
「フレンズらしいといえばそうなんだけど、身なりや第一印象がきちんとしている分、ギャップがスゴイよね」
「というか、今までの経験からすると、彼女の“デキる女”感はおそらくメッキ。地金は果たしてどうなっていることやら……」
コーヒーカップをテーブルに置き、センは企画書の作成者欄に印字された“
「アルマー、どうやら編集長は私達に中々な難題をふっかけてきたようですよ。
偽物をまともに使える本物にしてくれ。それが今回の依頼の真意なんじゃないでしょうか」
これにはアルマーも苦笑いするしかなかった。
「あーあ、やっぱ編集長の依頼、ロクでもないね~」
よろずやセンの依頼帳 平衡 @RuQNeutral
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