空き家の銃撃戦⑤

せっかく銃を見つけたのに、このままでは2人を助けに行けない。すっかり余裕を無くし、全身から冷や汗が吹き出すのを感じたセンは、息を荒げながら他の出入り口を探して、手当り次第部屋を漁った。

部屋の左奥の本棚を退かしてみた時だった。本棚の後ろに木の扉が現れた。


「しめた! 脱出路だ!」


センは喜び勇んでその扉に手をかけようとしたところ、アフラがそれを制止した。


(焦るナ。これもギミックの一つダ)

「でも、ここしか……」


いつになく戸惑いを顕にするセンに対し、アフラは冷静に諭す。


(慎重に開けるんダ。ドアの向こうは床が続いていないかもしれなイ)


センはその助言に従い、扉をゆっくりと開けた。

扉の先にあったのは上りの階段であった。しかし2階建てのこの館で、2階から上って行く場所など、屋根くらいしかない。2階に現れた上り階段の不可解さに、センは唇をピクリとさせた。


「でも、道はこれしかない」


不安感をはねのけたセンは階段を上り、一番上までやってきた。階段の一番上にはさっきと同じ扉が一枚取り付けられていた。センは上下左右を見回すが、目の前のドア以外、出られそうな場所は無かった。


「頼むぞ……」


センは祈りながら、慎重に扉を押し開いた。

扉の先には———


「……ひっ……」


扉の先には床が無かった。扉が開いた先は、エントランスから見えたあの大きなステンドガラス、その更に上の空間だった。足の下にはステンドグラスと、階段の踊り場の赤いカーペットが見える。踊り場までの垂直距離は分からないが、フレンズであっても死を感じる程度の高さは確実にあった。


下を見たセンは恐怖のあまり足が竦み上がった。


「せめてロープを見つけてこないと、とてもここからじゃ脱出できない……」


次の策を考えようとしてまごつくセンに、またアフラが助言を与えた。


(セン、この扉から脱出可能ダ)

「どうやるんです?」

(簡単なことダ。踊り場に向けて落下するんダ)

「それが出来れば苦労はしませんよ!」


自棄になって吐き出すセン。しかしアフラは新兵を訓練する上官の如く、冷静に言う。


(セン、戦場では冷静さを欠いたものから死んでいク。一旦落ち着いて、状況を良く見るんダ。確かに扉から踊り場まではかなりの落下距離があル。普通なら即死だろウ。だが、踊り場の下の1階隠し部屋は俺の支配する領域ダ。そして俺が君たちを隠し部屋に匿った時、踊り場の床を変形させたのを思い出セ)

「つまり、アフラさんは踊り場の床を柔らかくできると?」

(冴えが戻ってきたようだナ。そうだとモ。俺が必ずセンを受け止めるから、君は安心して身を投げるといイ)

「……あなたを信じます」


センはぎゅっと唇を噛んで覚悟を決めると、銃を抱いて床の端に立った。これから自分が落下する目の眩むような高さを見て、センは固唾を飲み込んだ。


「……まさか身投げをすることになるとは」

(縁起でも無いことを言うナ。こっちはいつでもOKダ)

「聞かれていましたか」


センはクスリと笑った後、一度深呼吸をした。

そして「ヤーッ!」という雄叫びとともに、床を蹴った。



宙に浮いたセンの身体は重力によって下へと引っ張られた。落下スピードはみるみるうちに上がり、踊り場の床が目前に迫る。


(ぶつかる……!)


センがそう直感した瞬間、床がスライムのようにグニャリと落ちくぼみ、センはその窪みの中に吸い込まれ、すっぽりと取り込まれた。緑色のスライムの中に沈んだセンはもがきながら、どうにかスライムの底から外へと這い出ることができた。


「無事か?」

「はぁ、はぁ……ええ、おかげで助かりましたよ」


センが出たのは踊り場の直下、1階の隠し部屋だった。センが戻ってきたことに気づき、被害者の2人が駆け寄って来て、センを抱き起こした。


「大丈夫ですか!!」

「ええ、ありがとう。でもすぐ行かないと、2人が待っているから」


そう答えるとセンは立ち上がり、銃を両手でしっかりと持って、部屋から走って出ていった。

センを見送った後、被害者の1人がぽつりと言った。


「あれって鉄砲だよね」

「そうだと思う」


もう1人が相槌を打った。


「……」

「どうしたの?」

「なんか、鉄砲って怖くって。あたしの同族たちは鉄砲に結構やられちゃったから」

「わたしたちも。狩りとかなんとか言われて、散々追いかけ回された」

「……でも、今あたしたちは生き延びるために、間接的に鉄砲の力を借りているんだね」

「うん。不思議な気分だよ。鉄砲に助けられることになるなんて思わなかった」

2人は顔を見合わせ、そして微笑みあった。

「あたしたちは何にも出来ないから、せめてあの人たちの無事を祈ろうか」

「うん。どうかあの3人が無事に帰って来ますように……」


***


何かが壊れ、倒れる音を聞き、アルマーはゆっくりと目を開けた。


(埃っぽい。ホールの床だ……あたしはどうして床に転がって……?)


床に伏していた体をゆっくりと起こそうとする。その時腹部に重い鈍痛が走り、アルマーは顔を顰め、ゴホッと唾を吐いた。


(痛……ッ、そうだ……あたしはアーリマンと戦って、あいつの蹴りを腹に受けて吹き飛ばされて。それでしばらく倒れていたのか……? そうだ姉御! 姉御は大丈夫かな?!)


腹の痛みをこらえてアルマーはなんとか立ち上がり、ホール内を見回すと、数メートル先にアーリマンと交戦しているクロトキの姿が見えので、アルマーは喉を枯らして叫んだ。


「姉御! 大丈夫?!」


その叫びを聞いたクロトキは、アーリマンの打拳を受け止めながら、チラリと振り返り、


「私はなんとか! アルマーさんこそ、生きててよかった! 戦えますか?!」


と叫び返した。


「あたしは大丈夫! でも、もう少し待って。まだ痛みが……」

「了解! じゃあもう少しの間頑張ります!」


クロトキはそう息巻くと、再びアーリマンに飛びかかり、激しく拳を交え始めた。


よろずやの稼業の一つとして傭兵業務を掲げている以上、アルマーとて腕っぷしに自信がないわけではなかった。しかしこのアーリマンという他害性の怪物は、アルマーの想像と許容を遥かに超えたモンスターであった。

一つ一つが鋭く重たい拳に、喰らえば気絶必至の足技を織り交ぜた格闘術。そしてライフルの脅威。迂闊に距離をとってしまえば、アーリマンは遠距離からライフルで攻撃してくるであろう。そうなればアーリマンをこの場所に釘付けにし続けることができなくなるだろう。


この怪物アーリマンを攻略すべく、アルマーとクロトキは作戦を講じた。それは防御に秀でるアルマーができる限りアーリマンの攻撃を受け止め、その隙をついてクロトキが近距離で攻撃を仕掛けることで、アーリマンをこの場所に抑え込むと同時に、ライフルによる遠距離攻撃を封じるというものであった。

最初はこの作戦が機能し、どうにかアーリマンと互角にやり合うことができていた。しかしアーリマンの重い攻撃を受け止め続けて疲弊したアルマーが、遂に腹に直撃の蹴りを食らってダウンしてしまい、作戦が崩れてしまった。


絶体絶命———それでもアルマーもクロトキもまだ生きていた。それは一重に、クロトキがたった一人でアーリマンと戦い、抑え込んでいてくれたからである。


一見華奢で非力に見えるクロトキ。しかし彼女は日々シティの治安を守る警備隊、そのトップにいる人物である。今アルマーの眼前で戦う彼女は、そのお淑やかな第一印象に隠された卓越した戦闘能力を存分に発揮していた。

クロトキは飛べることを活かし、空中からアーリマンに攻撃を仕掛け続けている。それがアーリマンに効いていたのだ。アーリマンはクロトキのアクロバティックな動きに戸惑い、反応が遅れていた。その隙を狙ってクロトキはまた攻撃を放つ。アーリマンは防御に注意力を振らざるを得ない。戦闘の主導権は今、クロトキにあった。


噂には聞いていたクロトキの戦闘能力がこれほどまでに高いことに、彼女の戦いぶりを初めて見たアルマーはひどく驚いた。しかしそれと同時に焦り、オロオロとクロトキを見つめた。なぜならアルマーはクロトキの有利がそれほど長くは続かないことを察したからだ。


そのことはクロトキ本人もよく理解していた。

クロトキはアルマーが離脱した後から、野生解放状態で戦っていたのだ。


(野生解放で底上げしたパワーでどうにか互角に戦えている……けど、体の中のサンドスターが残り少ない。限界が近い。よろずやさんが来るまで持つか?)


上がる息、早鐘を打つ心臓。気を緩めれば疲労で消し飛びそうな意識。そんな中飛んでくるアーリマンの黒い拳が左頬目掛けて飛んでくる。クロトキはどうにか躱し直撃を避けたが、拳はクロトキの頬の肌を削り、そこから流れ出した血が頬を伝った。火傷のようなヒリつく痛みが顔の左半分を駆け巡る。


(躱しきれなかった……! 体の反応速度が落ちてきた。でも相手はキレもスピードもそれほど衰えていない。ホントなんなのコイツ)


苛立ちつつ、辛くも上に退避したクロトキの脳裏に、ある二文字が浮かび上がる。


敗北―――


(負ける……? 私が、負ける? 負けたらどうなるの)


それは即ち死。先刻見たホソマングースの亡骸が瞼の裏にちらついた。


(私は確実に死ぬ。でもそれじゃ済まない。アルマーさんもよろずやさんも、あの被害者の2人も、みんなコイツに殺されてしまう。

そんなこと……

そんなこと、絶対させない!)


自身の誇りにかけてクロトキは決意し前を向く。


(私は警察。悪から市民を守ること、それが私の使命。だから私は逃げない! 負けない! 正義は悪に屈しない!)


警備隊腕章がはめられた左腕を大きく振りかぶり、クロトキは雄叫びを上げてアーリマンに再度飛びかかった。勢いのついたクロトキの攻撃をアーリマンは受け止めきれずによろめき、後ろへ引き下がると、体内にしまっていたライフルを抜き出そうとした。


「させませんっ!」


クロトキはその動作にすぐさま反応し、距離を詰めようとアーリマンの正面に飛び込んだ。するとアーリマンはその突撃を待っていたとばかりに、突っ込んでくるクロトキに向けてカウンターの右ストレートを放つ。

だがこのカウンターが来ることをクロトキは読んでいた。クロトキはカウンターが当たる寸前で体を前上方に浮き上がらせてストレートを上へ躱すと、突撃の勢いのままアーリマンのこめかみ目掛けて右膝蹴りのクロスカウンターを打ち込む。けれど相手も怪物アーリマン、正面に放った右ストレートを急遽フックに変化させると、その右手でクロトキの膝蹴りを横殴りして蹴りの軌道を捻じ曲げさせ、紙一重で捌ききった。


お互いのカウンターを躱しあったクロトキとアーリマンは数メートルの間合いを保ち、無言で睨み合った。

再生能力を持つアーリマンの傷一つ無い体とは対象的に、クロトキの姿はボロボロであった。長い髪は乱れ、顔や手足には流血の跡や痣が散らばり、白いコートはあちこちがほつれ破けていた。クロトキの疲弊した様を見てか、アーリマンは爬虫類のようなぬらっとした一つ眼を細ると、煽るように右手でクイクイと手招きする。

その挑発にクロトキは動じず、荒れた呼吸を整える。そして目線をアーリマンに向けたまま、後方でこちらを見守っていたアルマーに呼びかけた。


「アルマーさん、痛みは落ち着きましたか?」

「うん。なんとか戦えそう!」


それを聞いてクロトキは安堵の表情を少し浮かべ、


「助かります。手伝って下さい!」

「わかった! …………あっ?」


返事をした直後、アルマーは何かを嗅ぎつけ、ホールのドアの方を睨んだ。クロトキは振り返らず尋ねる。


「……来ましたか?」

「……そうみたいだよ、姉御」

「わかりました。それでは予定通りやりましょう」


クロトキは表情を変えず頷くと、アーリマンと睨み合ったままジリジリと左に動き出した。それに応じてアーリマンも間合いを維持したまま横に動いたため、2人の立ち位置は180度入れ替わり、アーリマンがホールの入口を背に立つ格好となった。


そして少し間を置いた後、クロトキが大きく叫んだ。


「いきましょう、みんな! レッツ・ジャスティス!!」


掛け声と同時に、クロトキはポケットから取り出したフラッシュバンを、アーリマンの足元に投げつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る