空き家の銃撃戦⑥

地面に投げつけられたフラッシュバンはたちまち炸裂し、けたたましい音と激しい閃光がアーリマンを襲った。爆音と閃光をもろに食らい、聴覚と視覚を奪われたアーリマンはたまらず眼を塞ぎ、一時的に行動不能となった。

これとほぼ同時に、アーリマンの背後にあるホールの入り口付近では煙が上がりはじめた。事前にクロトキから渡されていた発煙筒をアルマーが使い、ホール入口付近を煙で覆い隠したのだ。これに乗じてアルマーがホールの扉を少し開けると、外から人の影が転がり込んできた。

センである。


「すみません、手間取りました」


開口一番にセンは謝ると、担いできた長銃フラワルドをアルマーに見せた。


「よかった。見つかったんだ、銃」

「ええ。これでアーリマンを倒します……って、アルマー! あなた傷だらけ! 姉御も無事なんですか?!」

「大丈夫、無事。だけど早いところ決着つけないと姉御が危険だよ。早く早く!」


センは頷くと扉の前で腰を下ろし、


「アフラさん、この位置でアーリマンを狙撃できますか」

(ああ、大丈夫ダ。頭上から確認しタ。では弾込めをして銃を構えロ。弾込めのやり方はさっき教えた通りダ)

「了解」


センはフラワルドのボルトハンドルを引き、薬室に弾を一発込めると、ボルトハンドルを前に押した。そして弾の装填されたフラワルドのグリップに右手を掛け、膝射の姿勢で構えようとしたところ、


「……っ」

(どうかしたタ?)

「いや、左腕が思ったほど上がらなくて」


センの左肩は先の銃撃によるケガで真っ赤に染まっており、その痛みのせいで、腕を十分に持ち上げられそうになかった。それを見たアルマーは、


「そっか、左肩……それならあたしの肩貸すよ」


とニコリと微笑むと、センの前に座り肩を差し出した。そうしたアルマーに向けてセンは無言で頷くと、アルマーの肩を支えとしてフラワルドを水平に構え直した。


(いい相棒だナ)

「でしょう」

良シFine。そこから左に15度修正……良シAll right。あとは引き金を引くだけダ。セン、銃は怖いカ?)

「怖くない、といえば嘘になりますが、今はそんなことを感じている余裕なんてないですよ。食うか食われるか、自然界での戦いと同じです。食われたくないから、手段を選んでなんていられない」


少し考えてからセンは答えた。


(ハハハ、そうだな、これは生存競争ダ。良い理解ダ。

ならば撃テ。撃って殺セ。殺して守レ。自分の命と大切な人々の命ヲ。銃にはその望みを叶える力があル)


コクリとうなずくセン。しかし内心は得も言えぬプレッシャーに晒され、銃が余計に重く感じた。だが、


「大丈夫だよ、あたしも一緒に撃ってあげるから」


というアルマーの言葉に幾分か肩が軽くなった気がした。

センは小さく息を吐き、まっすぐ伸びる銃身の延長線上に視線を飛ばし、発射準備を整える。


(煙が消えかかってきタ。来るゾ)


緊張のあまり、センとアルマーは二人して固唾を飲んだ。



センとアルマーが入り口付近で煙に紛れて準備を整えている間も、クロトキはアーリマンとの交戦を続けていた。しかし流石のクロトキといえど体力が尽きかけてきたのか、先程までの攻勢とはうって代わり防戦一方となった。一方のアーリマンはフラッシュバンで奪われた感覚が回復するにつれて攻撃は苛烈さを取り戻し、クロトキを押し込み始めた。その攻撃の圧に押されるようにクロトキは少しずつ後方へ、つまりホール入り口とは逆方向に退いていった。


しかしこの後退はクロトキの計算通りの動きだった。


クロトキはあえて後退することでアーリマンを前進させ、狙撃手であるセンとアーリマンの間に一定の間合いを確保した。それに加えアーリマンの積極的な攻勢を誘ったのだ。この2つは怪物アーリマンを狩るべく立てた作戦上、欠かせない条件であった。この条件をクロトキはたった一つの行動によって達成し、理想的な状況を作り上げた。


そして機は熟した。


入り口付近の煙幕が薄くなり始めた頃、アルマーの指笛を合図にクロトキはアーリマンとの交戦を止め、その場から急速に飛んで離脱した。煙幕を真っ直ぐに切り裂いてクロトキが低く飛んで行く先にあるのは、ホール入り口の扉。

距離をあけられたアーリマンは今度こそと体内からライフルを引き出して構え、クロトキの腰付近に狙いを定め、素早く引き金を引いた―――


だが、アーリマンのライフルから銃弾が射出された時、その弾道上にいたはずのクロトキの姿は消えていた。全聴覚をライフルの発射音に集中させていたクロトキは、ライフルの薬室で弾薬が炸裂したタイミングで体を右に捩って急旋回させ、ギリギリで射線上から離脱していたのだ。

その代わり、ライフルの銃口と入り口の扉を結ぶ射線上、クロトキの体の陰から現れたのは、扉の前に陣取り、アーリマンを正面に見据えていた2人の人物―――

野生解放状態のアルマー、そして長銃フラワルドの銃口を向けたセンだった。


今ダFire!!!)


アフラが発した号令と同時に、センは躊躇うことなくフラワルドの引き金を引いた。


耳を刺す銃声とともにフラワルドから放たれた弾丸は、途中向かってくるアーリマンの銃弾とすれ違うと、アーリマンの左胸目掛けて真っ直ぐに突っ込んでいった。


・・・

・・


ホール内に響き渡った2つの銃声がようやく鳴り止んだ頃、アーリマンの握っていたライフルが手からこぼれ落ち、ガシャンと音を立てて床にぶつかった。その音でハッと我に返ったセンがアーリマンに目を向けると、アーリマンは左胸からボトボトと黒い液体を垂れ流しながら、静かに前のめりに崩れ落ち、床に斃れた。黒い液溜まりの中に横たわったアーリマンの体は時々ビクンと痙攣を起こしつつも、蒸発するように少しずつ自壊していき、最後には跡形もなく消え去ってしまった。


アーリマンが完全に消えたのを見届けた後、集中の糸がプツリと切れたセンはフラワルドを手放して天を仰ぎ、喘ぐようにゼエゼエ息をしながら声を絞り出した。


「……か、勝った。助かった……生きてる。生きてるよ……アルマー」

「……そうだね、セン、ちゃん」


アルマーはそれだけ言うと、フラリとして横に倒れてしまった。センは慌ててアルマーを抱き起こし、


「ちょっと、アルマー? アルマー?!」


大声で呼びかけると、アルマーは薄目を開けて小さく笑みを浮かべ、


「……大丈夫、死んでない。でももう体が限界なんだ。それにあいつの弾丸が頭に当たってさ……まあ弾いたんだけど、その衝撃で頭がぐわんぐわんして、るんだ」

「わかった。わかったから、今は休んでいなさい。あとは私がなんとかするから」


アルマーは僅かに頷くと、目を閉じて眠りだした。アルマーが寝入った後で、センがアルマーの帽子を見ると、そこには確かに銃痕が焼け付いていた。


「アルマーが防いでくれていなかったら、これが私に当たっていたのか……」



2人から少し離れた場所でいたクロトキも、アーリマンが消え去ったのを確認し、大きく息を吐いてペタリと座り込んだ。クロトキもアルマーと同様体力の限界が来ていたのだ。

体に力が入らず、もう立つことさえ出来なかった。薄れていく意識の中で、アルマーを抱き起こすセンを見つめたクロトキは、左腕の腕章を右手で掴み、


「先輩、私は、私たちは使命を果たしました……市民4名の命、守り通しましたよ。レッツ…………じゃす、てぃす…………」


掠れた声でそう呟くと、座り込んだ姿勢のままガクリとして気を失った。



アルマーとクロトキが倒れ、ホール内で意識があるのはセン一人になった。

センは血まみれの左肩を押さえながら立ち上がりホールを見渡す。いつの間にか窓から陽光が差し込んで、戦場となったぐしゃぐしゃに荒れたホール内をぼんやり照らしていた。床に散らばる木や陶器の破片を踏みつつ、センはフラフラと歩き出した。


「ボロボロだ。このホールも、私たちも。でも助かった。生きてここから帰れるんだ……こんなに幸せなんだ。ありがとう、アフラさん。あなたがいなければ私たちはとっくに……」


自ずと微笑みと感謝の言葉が漏れた。

しかし、その言葉の受取主からの返事は無かった。


「……アフラさん?」


センははっとして足を止め、さっきまでアーリマンの斃れていた、今はもう何も残っていない場所をじっと見つめ、


「まさか……アーリマンと一緒に、アフラさんも? それじゃあ、彼が私たちにアーリマンを殺せと持ちかけた時、自分の存在も同時に消えてしまうということを、彼は知らなかった?

…………いや、きっと知っていて、最後まで黙っていた。私たちに躊躇させないために。彼は私たちを守ってくれたんだ、自分を犠牲にしてまで」



呆然としたセンがその場で呆然と立ち尽くしていると、軋む音とともにホールの扉が大きく開き、2人のフレンズが飛び込んできた。アフラの部屋で保護されていた被害者の2人であった。2人はホール内の惨状に驚きつつ言った。


「助けに来ました。大丈夫ですか?」

「あ、ええ。私は大丈夫……それより他の2人の方を看てあげて下さい」


センに言われ、2人はアルマーとクロトキの側に行って、それぞれ背負い上げると、


「外にアンインエリアの警備隊や救護班が到着したみたいです。早くそっちに運びましょう」

「そうなんですか? というか何故あなたはそんなことを知っているんです?」

「アフラさんが教えてくれたんです。館の外に応援が来ていると」

「なるほど。それでアフラさんは?」


センがあえて素知らぬ顔で尋ねると、2人は俯き、少し黙った後に答えた。


「銃声が聞こえる前までは、確かにアフラさんの声は聞こえていたんだ。でも銃声の後から、ピタリと彼の声がしなくなった。隠し部屋の扉の鍵もいつの間にか開いていた」


ああ、やっぱり、とガクリと肩を落としたセンを見て、被害者のフレンズたちはこう続けた。


「彼がどうなったかはわからないけれど、彼のおかげで私たち5人は助かった。そして私たち2人は、あなたたち4人のおかげで救われました」

「だから、ありがとう。戦えなかったあたしたちの代わりに戦ってくれて、本当にありがとう」


そして2人はセンに深く頭を下げると、アルマーとクロトキを背負ってホールを出ていった。センもその後に続いてホールを出ようとした時、床に転がっていたフラワルドにふと目が向き、それを拾い上げた。


白い銃身のフラワルドは窓から差す光を受けて神々しく輝いている。ボルトハンドルを引くと、銃の側面から空になった薬莢がサンドスターの虹色の残滓を散らせながら勢いよく横へと飛び出した。床を跳ね転がる薬莢をセンは目で追っていたが、いつしか瓦礫の陰に隠れて見えなくなった。


あの銃弾をくれた人はもうどこにもいない。そんなことを思い、センは寂しさに包まれる。


命を救えたことを嬉しく思う一方で、救えなかった命への無念さと寂しさも抱えたセンは、喜ぶことも泣くことも出来ず、右手で握ったフラワルドに向けて、たった一言呟くことしかできなかった。


「嘘つき」


そしてフラワルドを胸に大事に抱えると、少しずつ茜色を帯びはじめていく戦場を後にした。


決して振り返らなかった。何故ならこの空き家にはもう、誰もいなかったから。



File. 4 空き家の銃撃戦 おしまい

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