空き家の銃撃戦④
十分に腹を満たし、装備と作戦を整えた3人は、出撃のためアフラが作った部屋の出口の前に並んだ。
「姉御、アルマーを頼みます。アルマーはしっかり姉御の援護をして下さい」
一番後ろのセンが2人の肩を叩いて言うと、アルマーは多少緊張と恐怖で声を震わせながらも、
「任せといて。姉御は死なせないよ」
と威勢よく答えた。クロトキもやや硬い表情ながら、
「ご心配には及びませんよ。それより、よろずやさんも無理はしないで下さい」
とニコリと微笑み、黒の手袋をはめ直した。
「それでは、作戦通りに……出撃———!」
クロトキの合図で、クロトキとアルマーの2人は出入り口を通り抜け、1階エントランスの階段下に出た。先ずは壁に身を隠し、アーリマンの所在を探るため周囲を見回す。エントランスは照明がついたままになっており、かつ発煙筒の煙も流れて消えていたため、見通しは良くなっていた。
「床付近に気配はないですね。玄関や窓は封じられたまま。さて、アーリマンは何処にいるのでしょう……先ずはあいつを見つけないことには」
「……見当たらないね。でもあいつも銃を撃ってこないみたいだ」
「そうすると、アーリマンはこちらに気づいていないか、あるいは気づいた上で私たちが無警戒に陰から出てくるのを待っているかのどちらかでしょう。いずれにせよ膠着状態は御免です。今の私たちはあいつを狩る側。こっちから仕掛けましょう」
「了解」
クロトキとアルマーは背を屈め、そして同時に陰から飛び出て走り出した。
それに遅れて発砲音が鳴り、弾丸は走る2人の後へと外れた。
「やっぱり待っていやがった。でも見つけたぞ。姉御、アーリマンは階段の上の壁に張り付いてる!」
アーリマン発見の報を聞き、クロトキは即座に真っ直ぐな走り方から、左右に大きく振れたジグザグな走り方へと変え、アルマーもそれに倣った。勿論狙撃されないためだ。それを見てアーリマンは狙撃を諦め、壁から飛び降りて2人を追いかけてきた。しかしフレンズの脚力には流石に劣るようで、2人はアーリマンに追いつかれる前にエントランスから広いホールへ入り、扉を閉じて身を隠した。
2人に少し遅れてホール前の扉にたどり着いたアーリマンは、扉の陰に隠れながらじわじわと扉から顔を出してホール内の状況を窺っていたが、遂に銃を構え直し、勢いよく扉を開けてホール内へと踏み入った。アーリマンは銃を構えた姿勢のまま、体幹をねじって左、右、左と周囲を警戒したが、クロトキもアルマーも見つからない。どこだ、どこだ、とアーリマンは左右に繰り返し首を振りつつ頭を下げた。
クロトキは身を屈めるその動作を待っていた。
クロトキは、頭上の吊り照明の陰からアーリマン目掛けて急降下キックを仕掛けた。しかしキックが命中する寸前にクロトキの気配に気がついたアーリマンは、素早く右に跳んでキックを躱した。
そこにもう一撃。右手首への斬撃が入った。
クロトキのキックを躱した直後、しかもクロトキとは逆方向からの攻撃だった。アーリマンは切断された自分の右手からボトボトと黒い液体が落ちる様を見て、一瞬慌てた素振りを見せた。しかしすぐさま取り落としそうになったライフル銃を左手で握ると、クロトキの追撃を全て躱し切り、2人から距離を取った。そして蜥蜴のような冷然とした眼で2人をギョロリとねめつけた。
「ちっくしょー、今ので銃をはたき落とすつもりだったんだけどな」
「さすがに元兵士の魂、そう上手くはいきませんか」
奇襲に失敗したアルマーとクロトキが舌打ちしている間に、アーリマンの右手は何事も無かったかのように再生していた。
「……マジなんなんだよ、あの化け物。直接攻撃は意味無いのか?」
アルマーは引きつった笑みを浮かべ半歩引き下がったが、クロトキは動じること無くアーリマンを睨み返した。
「いえ、効果はありますよ。アーリマンは私の蹴りを一回目は防御し、二回目は避けた。そこから考えると、アーリマンは不必要に攻撃を受けるのを嫌う性質があるように思えます。まるで生きた兵士のようです。それは裏返せば、アーリマンは《ゾンビのようなゴリ押し》で私たちを殺しには来ないということ。私たちが目的を果たすチャンスは十二分にありますよ」
そう言ったクロトキの顔には普段の温和さはほとんど無く、鋭く冷徹だが内側に熱い気迫を滾らせる、仕事人のような表情になっていた。クロトキはその真剣な表情のまま、指の関節をパキパキ鳴らしながらアーリマンの方へと歩み寄って行った。それを見てアーリマンの方もヒタリヒタリと足音を立ててクロトキに近づいていく。
そして白い羽根のクロトキと、黒蜥蜴に似た怪物アーリマンは、数メートルの距離を置いて、直立不動で向かい合った。物も言わず、呼吸もせず、ただ自分をジトリと見つめる怪物を前にして、クロトキは瞳を仄かに輝かせ、
「私は警察、法の正義の守護者なり。市民2人を傷害し、同僚1名を殺害したあなたを、私は許しはしない」
厳かな声でそう告げると、膝を軽く曲げ、両拳を顔の高さまで上げた近接戦闘の構えを取った。するとアーリマンは一度目をパチリとさせると、左手のライフル銃を体内へと仕舞い込み、筋骨隆々とした腕を突き出して構え、対峙した。クロトキは振り返らず、後方のアルマーに向けて大声を発した。
「アルマーさん、行きますよ! レッツ・ジャスティス!」
「う、うん! わかった!」
アルマーもとりあえずすぐに駆けつけられるように心の準備をした。
そして場は静寂に包まれた———
……
しかしそれは束の間。間もなくクロトキの咆哮と同時に闘いの火蓋が切って落とされ、クロトキたちとアーリマンの熾烈な格闘戦が始まった。
*
クロトキたち2人とアーリマンの戦闘が始まったことを察知したアフラは、隠し部屋に一人残ったセンにその旨を伝えた。
「……戦闘が始まった。予定通りアーリマンはホールに釘付けになっている」
「では、私も行きましょう」
センはクロトキから渡された物をポケットに仕舞い込むと、そっと扉を開けて部屋を出た。1階エントランスへと出たセンは、2人のいるホールには向かわず、2階へと続く階段を素早く昇った。2階に出たところで、センは吊り照明によってぼんやりと照らされた東の廊下を覗き見る。
「東の廊下が長いのは、直下にホールがあるからでしょうね。一方で西側には客室のような小部屋が並び……案の定、窓はすべて1階と同じようにアーリマンによって封鎖されている」
(そのようだナ。だが俺たちの目的は逃げることじゃなイ)
テレパシーのような力でアフラがセンに直接語りかける。
センは頷いた。
「勿論です。早くウィンチェスター家の秘宝を見つけて、2人のところに向かいましょう」
撃たれた左肩の痛みをバネにセンは気合を入れ直し、”XXX号室”と記されている目の前の部屋に踏み入った。
アーリマン討伐のためにクロトキが立てた作戦。
それはクロトキとアルマーの2人がアーリマンと交戦して足止めを行い、その間にセンが2階のどこかに隠されている秘宝を発見、回収することだった。少ない人員を割いてまで秘宝を回収しに行く理由は、それがアーリマン討伐に必要な物だからだ。
緑の部屋で、アフラはクロトキに「これを使ってアーリマンを倒せ」と言って”光る何か”を渡した。光る何か———すなわち銃弾は今、センのポケットに入っている。
あの時アフラはこう言った。
「あいつの心臓を貫くのはこの銃弾だ。しかし銃弾とは銃から発射されて初めて武力を持つ。銃弾だけがあっても意味はない。だから君たちの内一人は、この館内から銃を探してもらうことになる。……銃のアテはある。館の2階の隠し部屋に、ウィンチェスター家の秘宝が隠されている。その秘宝の正体が銃らしいのだ」
その秘宝の銃を探す役割を、左肩の傷のせいで満足に戦えないセンが請け負ったのだ。タイムリミットはアルマーとクロトキが倒れるまで。それまでに銃を持ってホールにたどり着かねば2人を助けることは出来ない。
命がけの宝探しにセンは挑むこととなった。
センがまず入ったのは客室の一つだった。普通のホテルのシングルより多少広い程度の凡庸な部屋であり、不自然な点は見当たらなかった。ハズレである。
しかしセンがこの部屋に入ったのにはもう一つ理由があった。それは館内マップを見つけることであった。ここジャパリ・ウィンチェスター・ハウスは元々イベント施設兼宿泊施設として稼働していたらしい。それならば、客室には必ず一つ館内マップが配布されていると踏んだのだ。果たしてその予想は当たり、客室のキャビネットの棚から、ラミネート加工された館内マップが見つかった。
「よし、このマップを見て隠し部屋の位置を推測しましょう」
センは手に入れた地図をじっと見つめる。
2階の客室は西側に3つ、南側の西寄りに2つの計5つ。東側にはトイレ、リネン室、物置き部屋。北側、つまり昇ってきた階段のそばの部屋は執務室、その隣が寝室となっている。
「アフラさん」
センは尋ねる。
「この館はアメリカから移築されていますよね。移築の際にリフォームなど、館の構造に手が加えられたりしませんでしたか」
アフラはすぐに答えた。
(5つの客室には全部手が入っていル。シャワーをつけるために水道を引いたり、配管を通したり、とにかく色々やっていたヨ。その際、東側にあった隠し通路やギミックは全部取り壊されタ)
「では、2階の部屋で移築前と変わりないのは?」
(執務室、寝室、物置き部屋、リネン室ダ)
「……とすると、家宝のある部屋に近そうなのは、寝室、あるいは執務室!」
センはマップを手に客室を出て、次に階段側の執務室に入った。窓が無いのか執務室は真っ暗だったが、入り口から数歩中へ入ると、ひとりでに天井の照明がついた。
綺麗に片付けられた部屋の正面には立派な机が一つ、その奥の壁には大きな暖炉と男性の肖像画が掛けられている。左の壁は一面本棚になっており、古そうな本がびっしりと並べられている。右には扉が一枚、隣の寝室へとつながっているのだろう。
「この部屋か、隣の寝室のどちらかに隠し部屋に通じる道がありそうです」
センはまず執務室をぐるりと一周して部屋のあちこちを観察し、続いて隣の寝室も同じように観察して回った。2つの部屋をざっと見たセンは再び執務室に戻ってきて、部屋の中央に立って腕組みした。
(何か分かったのカ?)
微動だにせず、暖炉のある奥の壁を見つめ続けるセンを見かねたアフラが訊いた。
するとセンは壁を睨みながら、
「この執務室、不自然なんですよ」
とポツリと答えた。
(不自然だっテ?)
「執務室なのに窓が一つもないんですよ。現代より電灯が希少で非力だった時代、窓の無いこの部屋で書類仕事をさばいていたとは思えない。つまりこの執務室はあくまでダミーとして作られ、大して使われなかった偽の執務室なんだと思います」
(……なるほド。しかし、そうなると本物の執務室はどこダ)
「そう。本物の執務室、つまりウィンチェスター家の夫人が本当に仕事をしていた部屋があるはず。それこそが、2階の隠し部屋なんじゃないですか?」
センは予想を投げかけると、今度は部屋の奥に向かい、奥の壁付近を念入りに調べ始めた。壁に取り付けられているのは暖炉と肖像画のみで、他に目立つ物はない。壁紙の貼り方に不自然さも見当たらなかった。
しかし暖炉の中を調べようと火室の中に頭を突っ込んだ時、センの目の色が変わった。
外からでは分からなかったが、火室が想像以上に広い空間になっていた。身長150センチのセンが真っ直ぐ立てるくらいの空間が、暖炉の奥にあったのだ。それに火室の壁面には煤の汚れが全くと言っていいほどついていない。
確実に何か仕掛けがある。センはそう睨み、火室内に這入った。
火室内が真っ暗で何も見えなかったので、センはスマホのライトを頼りに火室内を探った。すると火室の右の壁に、指をかけられる窪みが彫られていることに気づいた。
「まるで引き戸を動かす時に指をかける引き手みたいだ。もしかして……」
センは窪みに指をかけ、左方向に引いた。そうしたところ、壁はゴトゴトと音を立てて左へとずり動き、ドンと音を立てて止まった。そして壁があった場所には、執務室の奥の部屋へと繋がる新たな出入り口が出現していた。
「よし、ビンゴ!」
センは小さくガッツポーズすると、新たにできた出入り口をくぐって奥へ進む。すると直ぐに開けた空間に出た。センは足を止め、目を見開いた。
さっきの執務室とは違って窓のある部屋には、作業机、椅子、ストーブなどの調度品が置かれており、本棚にいくつかの置物が飾られていた。調度品にはどれも使い込まれた跡がはっきりと残っている。本棚に並べられた本や冊子の中には、ウィンチェスター社の銃の販売記録や契約書類等が綴じられた冊子もあった。
(長いこと館に住んでいるが、こんな所は初めてダ)
アフラは興奮を隠せず声を荒げた。
「この部屋は館内マップには載っていませんね。間違いなくここが隠し部屋で、どこかに家宝の銃があるはずです」
センは隠し部屋を注意深く見回していく。そして、自分たちが入ってきた暖炉を振り返って見た時、センは首を傾げた。
暖炉の火室の後面の煉瓦が、むき出しになって見えているのだが、その煉瓦の一つに妙な切れ込みが入っていた。上下を反転させた「凹」のような切れ込みを見て、センは少し悩んだ後、ピック代わり自分の鱗を煉瓦の切れ込みに差し込んで、軽く動かしてみた。すると切り込みより上の部分が前方へと倒れ、煉瓦を引き抜くのに丁度よい把手へと変形した。
「これは……」
(冴えてるナ。当たりのようダ)
センは把手を右手で握り、煉瓦のブロックを引き抜いた。
ゴトゴトと音を立て出てきたのは煉瓦のブロックではなく、細長い上等な木箱。釘で打ち付けられた蓋を、鱗のピックで強引に外して開けると、中身が顕になった。
中身は長銃。しかしそれは、アーリマンが使っていた銃や、部屋に転がっているレプリカの銃とは一線を画す代物であった。
黒い銃身が取り付けられているのは白い木材で、銃床には蜘蛛の巣とリングの図柄が精密に彫り込まれていた。どこか神々しささえ感じるその白銃の銃身には、製造年やナンバーなどの印字は一切無く、銘だけが刻まれていた。
「”
(そうだとモ。それの纏う神聖なオーラ、間違いなイ。ウィンチェスターの夫人が悪霊を祓うために作らせたという、特製のボルトアクションライフル……)
アフラはうっとりしているようで、ため息まじりに答えた。センもフラワルドの美麗さに目を奪われ、じっと銃を見つめていたが、見とれている場合ではないと直ぐに気づいた。
「今すぐホールに戻って、アルマーと姉御を助けに行かないと!」
そう言ってセンが右手で銃を握り、立ち上ろうとした時だった。暖炉の奥から突然カチンという金属音が聞こえ、それに続いて重たい石を引きずる様なゴトゴト音が聞こえたのだ。そのゴトゴト音はさっき火室の扉を開けた時の音に良く似ていた。
「まさかっ……?」
センは青ざめて、自分が入ってきた火室の扉を見に行くと、扉はピッタリと閉じられていて、手ではびくとも動かなかった。試しにフラワルドの空箱を元の位置に戻してみたが、それも駄目だった。
「まずい! 閉じ込められた?!」
予想外の窮地に陥り、センは全身が総毛立つのを感じた。
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