空き家の銃撃戦③
誰かの声———男の声がした。
「この館はウィンチェスター家の邸宅。
19世紀、銃の開発と販売で財を成したウィンチェスター家。しかし絶頂期のある時、身内の不幸が立て続けに起きてしまった。このことを大変悲しんだウィンチェスター家の夫人は、霊媒師に助けを求めた。すると霊媒師はこんなことを言った。
『この不幸の連続は、ウィンチェスターの銃で殺された人々の怨霊が原因だ。怨霊を鎮めるために、怨霊のための家を建てなさい。そしてその家を増築し続けなさい』
こうして建てられたのがこの館だ。
だからこの館には、かつて数多くの怨霊が住み着いていた。しかし今はたった一人しかいない……というのも、その一人によって他の怨霊が全て淘汰されてしまったからだ。その一人というのが、俺だ。いや、”俺”という表現は正確じゃあないな。正しくは”俺の半身”だ。
———さあ、目を覚ましてくれ。君たちに頼みたい事がある」
・・・
・・
・
クロトキはハッと目を覚まし体を起こした。
「……誰? 夢の中で私に話しかけていたのは?」
軽い目眩を覚えつつ周囲を見回すと———
全面が緑色で塗りつぶされた小さな部屋の床に寝転がっていた。
「こんな部屋は1階にはなかったはず」
視界を覆い尽くすビビッドな緑色にまた目眩を感じながら、クロトキは手足の指を動かす。
「……手足の感覚がある。息をしている。死んではいない」
立ち上がって部屋をぐるりと見回してみたが、天井には吊り電球が一つ、床には薪の束が積まれているだけの、物置きのような場所だった。加えてこの部屋には扉が一つも見当たらなかった。
「出口は無し。外部への連絡は……だめだ、通じない。電波が弱いみたいだ。さて、どうやってここから出ようかな……」
クロトキは残念そうにスマホをしまうと、元の場所に腰を下ろし、少しの間ぼーっとしていた。すると突然人が2人、天井をすり抜けてクロトキの隣に落ちてきた。落ちてきたのはセンとアルマーだった。クロトキはびっくりして、2人に呼びかけ、肩を揺さぶっていると、2人は目を覚ました。
「……あ、姉御。無事だったのね———ってなんだここは!!」
2人は飛び起きて、キョロキョロと周囲を見回す。
「趣味の悪い部屋ですね。ここは本当に洋館の中なんですか?」
「分かりません。私も気づいたらここにいたんです。ところであなた達は眠っている間に何か聞きませんでしたか?」
「ええ。ウィンチェスター家がどうとか、怨霊がいるとか……」
「それ、あたしも聞いた」
「私が聞いたのと同じ内容。誰かが私たちに話しかけていたんですよ」
「誰が?」
「たしか、怨霊。その半身が……」
クロトキがそう言いかけた時、突如として3人の正面の壁に扉がヌッと浮き出てきた。そして扉の向こうから、
「こちらへ」
と、3人を呼ぶ男の声が聞こえた。不思議な出来事に3人は顔を見合わせた。
「こっちに来いって。どうする?」
「ここに留まってもしょうがない。行くしか無いでしょう」
3人は立ち上がり、扉を開けて恐る恐る隣の部屋へと足を踏み入れた。
隣の部屋は前の部屋よりも大きな部屋で、やはり同じように全面緑色で塗られていた。中央には木のテーブルがあり、缶詰の空き缶が5、6個置かれている。奥の暖炉の中では火がチラチラと揺れており、暖炉を囲むように置かれた古びたソファーの上には、人が2人横たわっていた。
クロトキたちが部屋に入ってきたことに気づいたソファーの上の2人は、のそりと顔を上げてクロトキたちを見つめた。その2人を見てクロトキは目を丸くし、2人に駆け寄った。
「あなた達、肝試しツアーの行方不明者のフレンズじゃないですか! 無事だったんですね?」
警備隊の腕章を付けたクロトキの姿を見るなり、2人はじんわりと涙を浮かべ、泣き出してしまった。
「警備隊だ。助かったぁぁ! 怖かったよぉぉ! もうダメかと思ったよぉぉ! いきなり銃で攻撃されるし、殴られるし……うわあぁぁん!」
「あたしたち、アーリマンに突然襲われて殺されるかと思って。だから必死で逃げた。そしたらアフラが助けてくれて、ここに匿ってくれたの」
「アーリマン? アフラ? その人たちは誰ですか」
クロトキが聞き返すと、暖炉の中から声がした。
「俺がアフラ。君たちを襲った怪物の名前がアーリマンだ」
その声は夢の中で語りかけてきた男の声と同じだったので、クロトキたちはびっくりし暖炉の中を覗き込むと、暖炉の中では薪も入っていないのに火がメラメラと燃えていた。その火は口のような輪を炎で作り、火の粉をぱらぱらと散らせながら喋りだした。
「俺はアフラ。今は火の形をとってはいるが、実体は無い。君たちのことは、君たちがこの館に入ってからずっと監視していた。何回か警告を出したのだが、聞いてはくれなかったな」
「ということは、ホールの手前で聞いたあの声は、あなたの声だったのですか」
「そうだ……別に謝らなくていい。君たちからすれば、俺の呼びかけも相当怖かっただろう。しかし、それでも俺は警告し、ホールに入るのを止めなければならなかった。なぜなら、あのホールには怪物アーリマンがいたからだ」
「銃を持ったあの怪物のことですか?」
「ああ。……俺とあの怪物、つまりアフラとアーリマンは元々一人の兵士の怨霊だった。しかし長い年月を経て、一つだった彼の人格に亀裂が入り始めた。二重人格に近いものだ。
数十年前、彼や他の怨霊たちは、150年以上住んだカリフォルニアから、館ごとこの場所に移住させられてしまったのだが、その後、とんでもないことが彼の身に起きてしまった。彼に”謎の光を放つ”物質が作用し、その影響でヒビの入っていた彼の人格が完全に真二つに割れたんだ。割れた2つの人格は物質の影響でそれぞれの形態を獲得し、2つの存在として生まれかわった。
それが、エゴイズムや他害性を持つ悪意の化身”アーリマン”。もう片方が、アーリマンが持っていかなかった残りカス、つまり理性や良心、正義感を寄せ集めて生まれた俺だ」
「なるほど。館に踏み入ったフレンズを襲撃していたのは、あなたの片割れであるアーリマン。あなたは襲われていたこの2人を、この部屋に匿ってくれたのですね」
「そうだ。他にもう一人いたのだが、彼女は助ける前にアーリマンと戦い、撃ち殺されてしまった。残念でならない」
「……」
「アーリマンは館内にいた他の怨霊たちを全て駆逐した後、この館を狩り場として利用するようになった。アーリマンは、あのホールに足を踏み入れた動物を攻撃対象に定める。君たち3人は勿論、そこの2人も未だ攻撃対象だ。あいつは執念深いんだよ」
それを聞き、行方不明者の2人はヒッと悲鳴を上げ、ガクガクと身を震わせた。
クロトキは暖炉のそばの空いていたソファーに腰を落ち着けて、
「この館からの安全な脱出方法を知りたいのですが、ご存知ですか?」
と尋ねると、アフラは火を高く焚き上げて、火の文字で”NEVER”と記した。
「ここは階段下の隠し部屋だ。この館には怨霊を惑わすためのギミックがたくさんあるのだが、ここもその一つだ。
この隠し部屋は俺のテリトリー。だからアーリマンはここに入って来られない。ただ、この部屋は、四方をあいつのテリトリーによって囲われていて、脱出するにはどうしてもあいつのテリトリーを横切る必要がある。それに君たちも見たと思うが、今は館の出入り口は全てあいつによって封じられている。脱出はうまく行かないと思う」
「……では、私たちに残された選択肢は何があります?」
クロトキは表情を変えず淡々と訊く。アフラもそれに対し極めて率直な回答を述べた。
「2つ。1つ目は、アーリマンによる出入り口の封鎖が解除されるまでここで待機し、解除されたら一気にエントランスを駆け抜けて外へ逃れる。2つ目は、アーリマンと戦い、あいつを殺害すること」
「……で、あなたの意見は?」
「1つ目は安全な選択肢だ。しかしさっきも言ったように、あいつは執念深い。封鎖の解除がいつになるかは全く読めない。ここにある備蓄食糧にも限りがあるし、中々難しい。
それよりも2つ目だ。アーリマンは邪悪で屈強だが、君たちならあいつを討伐できるかもしれない」
「冗談でしょ、あんなおっかないのと戦えって?」
アルマーは首筋を掠めたあの弾丸を思い出して青ざめる。一方でクロトキは顔色一つ変えず、アフラに尋ねた。
「どうして、私たちなら戦えると思われるの?」
「俺は元兵士だから、顔つきを見てその人が戦闘慣れしているかどうかがわかるんだ。君たち3人、特に黒髪のお嬢さんの顔は非常に精悍だ。相当腕が立つのだと思ったんだよ。逆に、君たちの前に匿った後ろの2人には、あいつと戦ってくれなんて、とてもじゃないが言えなかったよ」
その発言に、クロトキはクスリと微笑み、小さく肩を揺らした。
「あなたが正直で助かりますよ。可能性があるのか無いのか、そういうことは早めに白黒つけておきたい性分なんです、私」
「そいつはどうも」
「さてと、よろずやさんにアルマーさん。あいつと戦いますか?」
クロトキは隣に座る2人の顔を交互に伺う。センとアルマーは一度顔を見合わせた。
「わかりました。一緒にあいつをやっつけましょう」
まずセンが答えた。
「……おっかないけど、センちゃんを撃った奴だ、絶対許さないよ。爪が削れるまで引っ掻いてやる」
アルマーも右手の爪を前に突き出して荒々しく息巻く。そんな2人を見てクロトキは真剣な顔で頷き、立ち上がって、
「そうこなくては。私たちはアーリマンに勝ち、生きてここから出るんです。シティ警備隊と傭兵の力をアーリマンに見せつけてあげましょう」
と息巻いた。
「あのう……」
行方不明者の一人がおずおずとクロトキに声をかけた。クロトキは彼女を振り返る。
「ご、ごめんなさい。あたしたち何にもできなくて……あんなのと戦うのなんてとても……」
背中を小さく丸め、かしこまって言う彼女を見たクロトキは、彼女の前に腰を落とし、その肩に手を置いて、
「お気遣いありがとう。でも大丈夫。あなた達を守るのが警備隊の責務ですから。ここで待っていて下さい」
と励まし微笑みかけた。そんな気丈なクロトキを見て、彼女は口を結び小さく頷いた。
すると今度はもう片方の行方不明者がクロトキに話しかける。
「で、でも、せめて何か……」
と、少し考え込んだ後、
「そうだ! 食べ物! わたし達のために戦ってくれるんだ。残っている食糧、好きなだけ食べていってよ!」
「それいいね! あたしたちに構わなくていいからさ」
と頷き合い、備蓄食料の入ったダンボールを持ってきて3人の前に差し出した。クロトキは最初キョトンとしていたが、すぐにニコリと笑って、ダンボールからカンパンの缶を一つ取り、
「ご厚意ありがとう。それならお腹いっぱいになるまで頂きましょう」
礼を言って、缶を開けてカンパンを2,3粒口に放り込んだ。
「それじゃあたしたちもご厚意に甘えさせてもらおうか」
「そうですね。頂きましょう」
アルマーとセンも同じように箱から食べ物を取ってガツガツと食べだした。3人とも館を逃げ回ったせいでかなりお腹が空いていたので、2人の厚意はありがたかった。
「ところでアフラさん。手練のアーリマンを倒すにはそれ相応の策が必要だと思うのですが、あいつの弱点か何かを知っていませんか」
クロトキがそう尋ねると、アフラは「もちろん知っている」と答えた。
「アーリマンは俺と違って実体がある。あいつの急所は左の胸、つまり心臓だ。そこをコレで穿ち抜けば倒せる」
すると天井からキラリと光る何かが降ってきて、クロトキの前に落ちた。クロトキは小指くらいの長さの、金属で造られたそれを拾い上げ、神妙に見つめ、そして顔をこわばらせた。
「これは……」
アフラが言う。
「そうだ。それを使ってあいつを殺すんだ」
クロトキはゴクリと固唾を飲み込んだ。
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