空き家の銃撃戦②
「よろずやさん!」
「センちゃん!」
クロトキとアルマーは弾き飛ばされたセンに駆け寄って、抱き起こす。センは苦痛に顔を歪ませ、血が滴り落ちる左腕を押さえて、
「はぁ、はぁ……大丈夫、左肩の肉を抉られただけ。急所じゃない」
と答えるが、息は荒く、出血も決して無視できる量ではなかった。
「待って下さい。今すぐ止血をしてあげますから」
クロトキはハンカチとガーゼを取り出そうとすると、カッカッと木を打つような音が上から聞こえた。その直後センが「天井!」と叫んだ。クロトキとアルマーは同時に数メートル上の天井を見上げ絶句した。
薄暗い天井に広がる雨漏りのようなシミ。その中心には黒いスライムのような物体が天井からぬるりと垂れ下がっていた。そして物体の内部から、銃口のような黒い筒が突き出され、3人のいる方向に向けられていたのだ。
「まずい!!」
クロトキは咄嗟にセンとアルマーを抱えてテーブルの下に飛び込んだ。それと同時に炸裂音が鳴り、筒から弾丸が放たれた。弾丸は間一髪テーブルを掠め、クロトキの足から数センチのところに当たり、どこかへ跳ね転がっていった。
「な、な、なんなんだアイツは!」
アルマーはガタガタ震えながらやっとの思いで地面から体を起こし、立ち上がろうとする。それをクロトキは冷静に制止し、テーブルの下から体を出さないよう命令した。
「アレが何者かはまだ分かりませんが、あの敵は銃らしきものを持っていて、私たちを狙っている。迂闊に身を晒せば撃たれます。緊急時こそ焦ってはいけません。アルマーさんは、よろずやさんの傷の圧迫止血を」
クロトキはささやき声で伝え、アルマーにガーゼとビニール袋を渡した。それから頭を少しだけテーブルの影から出して、敵がいた天井のシミの部分を見上げると、天井には小型シャンデリアほどの大きさの、黒い水滴が天井からぶらりと垂れ下がっていた。その水滴は落下し、クロトキから5メートル離れた地点の床にボトリと落ち、広がった———しかしすぐに、黒い液体は集合して水柱となり、そして人らしき形へと変化していった。
出来上がっていく体躯は太い四肢にがっしりとした体幹の、男のような体つきをしていた。しかし頭部はヒトやフレンズのそれではなかった。フードのような頭巾からのぞく、異形の顔貌をひと目見たクロトキは吐気を覚えた。ギョロリとした目は一つ。鼻は無く、目の高さから顎の骨まで斜めに裂けた口と、顎骨の裂け目からだらりと垂れ下がる長い舌……切断した黒蜥蜴の頭部を、上下をひっくり返して首に繋いだような、この世のものとは思えないおぞましい姿の怪物が、右手にライフル銃を握って、クロトキの前に出現したのだ。
(ヒトでもフレンズでもない。セルリアンにしては異形すぎる。それに、銃器を模したタイプならともかく、銃で攻撃してくるセルリアンなんて聞いたこともない)
逸る鼓動と呼吸を必死で抑えつつ怪物の動向を伺うクロトキをあざ笑うかのように、怪物は長い舌をシュルリと口にしまい、銃の引き金の後ろについた、輪の形をしたレバーを下に押し下げた。カッという木の打つ音が1度鳴り、機関部から薬莢が飛び出した。そして音を立ててレバーを元の位置に引き上げた怪物は、ライフルを顔の高さで構え、クロトキたちの潜む方に向けて静止した。
「……しびれを切らした私たちが飛び出すのを待っている」
「姉御、アレはレバーアクション方式のライフル銃です。資料で見た記憶があります」
いつの間にか、クロトキの後ろから怪物を観察していたセンが耳打ちした。既に手当はアルマーが済ませたのか、撃たれた肩には包帯が巻かれていた。
「欠点はリロードの仕草が大きいこと。さっきのレバーの動きを見たでしょう?」
「カッカッというあれですか……ならばその隙を突いて逃げましょう。あんな危険な敵とやりあうことはない」
3人は頷き合った。
クロトキは前後左右を見回し、センとアルマーに何か指示を与えると、呼吸を整えタイミングを測る。
……
…………今。
クロトキは唐突に机の影から低姿勢で飛び出した。しかしその方向は怪物ではなく、怪物の右手側に立つホールの壁に向けられていた。クロトキが真正面から突撃してくると踏んでいたらしい怪物は面食らって、発砲が僅かに遅れた。放たれた弾丸はクロトキの背の後ろを抜け壁にめり込んだ。
「行くよセンちゃん!」
怪物がクロトキに向けて発砲したと同時に、アルマーとセンはクロトキとは逆方向に飛び出して、立ち並ぶパーテーションやテーブルの間を縫って、入ってきたホールの扉へと猛進した。この動きに気づいた怪物はすぐさまリロードし、走る2人に向けて銃を構えようとする。しかしそうはさせまいとクロトキが壁を駆け上がり、壁を蹴った反動を利用し怪物に飛びかかった。
「とりゃあああっ!!」
クロトキの放った飛び蹴りを怪物は両腕で受け止めたが、勢いを殺しきれず、怪物は後ろに小さくよろめいた。
「今だ!」
捨て身で作った少しの隙を逃さず、クロトキはポケットから取り出した筒を怪物の足元に投げつけた。たちまち筒から赤色の煙がもうもうと湧き上がり、怪物の周囲をすっかり包み込んでしまった。警備隊の発煙筒をクロトキは使ったのだ。
煙が充満したホールの中を、クロトキは低空飛行で突っ切り、ホールの入り口から飛び出すと、真下にアルマーとセンの走る影が煙の中に見えた。
「玄関だ! 玄関から脱出です!」
「了解! アルマー、左!」
3人は屋敷の玄関扉目掛けて一目散に走った。ところが……
「玄関が塞がってる?!」
3人は扉の前で立ち往生した。黒いスライムのような物体が玄関扉をすっぽりと覆い隠していたからだ。クロトキが扉を力いっぱい押したり引いたりしてみたが、扉はびくともしない。
「しまった、別の出口を探さないと!」
いつになく早口だった。普段はお淑やかなクロトキから余裕が消えていた。そしてクロトキの背後を見張っていたセンも怯えた様子で、
「姉御、どうやら状況はかなり危険です……どうもさっきより室内が暗いと感じていたんですが、見て下さい……」
それを聞いてクロトキは振り返り、そして思わずアッと声を漏らした。
大階段の上のステンドグラス以外の窓という窓が全て、玄関扉と同じ物体でベットリと覆われていたのだ。
目につく脱出口を全て塞がれた3人が右往左往していると、何の前触れも無く頭上のシャンデリアに明かりが灯り、それに続いてホールを囲う壁に付けられた電灯も次々と光りだした。
「まぶしいっ!」
突然部屋を明るくされ、アルマーは反射的に目を覆った。その直後アルマーの首筋を、なにかが掠めて飛んでいくように感じたため、目を開けて振り返った。すると後ろの壁の、アルマーの目の高さくらいの位置に、燻った色の真円の銃痕が一つ、いつのまにか開いていた。
「……は?」
アルマーが状況を飲み込む前に、「大丈夫?!」と大声で呼びかけるセンとクロトキの叫びが聞こえてきた。茫然自失のアルマーはその場にがくりと膝をついて、
「……撃たれた? あたし撃たれた」
とうわ言を壊れた機械のように連呼し始めたので、センが慌ててアルマーに駆け寄った。
「どこにも傷はない! 大丈夫ですよ! 撃たれてない!」
「死んだ、死んじゃった、あたしは」
「死んでいない! あなたは生きている!」
エントランスの奥の方から、リロードのカッカッという音が聞こえた。もたもたしていると、今度こそ撃たれかねない。
センは焦り、未だ茫然自失のアルマーを思い切り揺さぶり、そして頬をつねった。
「目を覚ましてアルマー! あなたの心臓は動いている! 生きてみんなで逃げましょう。
…………仕事だ、起きろアルマーっ!!」
そのセンの呼びかけで、アルマーは錯乱状態を脱し、パチリと目を開けた。
「ごめん、起きた!」
直後、鳴り響いた銃声を合図に3人は散開した。怪物の銃の狙いを分散させ、かつ別個に脱出口を探すためだ。3人は怪物の銃弾を躱しながら、別々にエントランスホールを走り回り、外に抜けられそうな穴を捜そうとした。
しかしそれはあまりに困難な仕事だった。怪物の放つ銃弾によって移動ルートを牽制されてしまい、3人はあっという間に大階段の踊り場、ステンドグラスの下まで追い詰められてしまった。緊張と恐怖のあまり顔をぶるぶると震わせる3人に向けて、銃を構えた怪物は一歩一歩階段を踏みしめて踊り場へと上がって来た。怪物が踊り場に立った時、3人と怪物との距離は3メートルもなかった。間近で見る怪物のおどろおどろしさに、センとアルマーは顔を顰め、そして自分たちに銃口を突きつけている怪物をギロリと睨みつけた。
「……どうやらこの洋館全体が、あいつの狩り場らしいですね」
「こんなトカゲのなり損ないみたいなクリーチャーに、むしゃむしゃされるのは嫌だな」
「さっきまで混乱していたクセに。ま、私も同意見です。ここまで来たら、やるしかない」
「ええ。一般市民のあなた方に戦わせるのは申し訳ないですが、3人であいつを突破しましょう」
クロトキは左腕の腕章を一度ギュッと掴み、それから半身の姿勢をとった。それを見て、センとアルマーも静かに戦闘態勢を取った。
銃を構えた怪物とフレンズ3人のにらみ合いは一寸続いた。お互い呼吸を整え気を練り、攻撃開始のタイミングを測った。
そして。そろそろか———3人がそう思った矢先、異常な事態が3人の身に降り掛かった。
つい今まで立っていた踊り場の床が、突如としてスライムのように軟化して盛り上がり、3人はスライムの壁に囲まれてしまった。
「なんだこれっ!!」
「一体何が!」
3人は大慌てで口々に叫ぶが、体は為す術なくズブズブと床に引きずり込まれていく。そして頭上にもスライムがまわって、3人はスライムの中に一人ひとり閉じ込められてしまった。
クロトキは息を荒げ、声を枯らして叫ぶ。
「よろずや! アルマー! 大丈夫ですか!!」
しかし返事は返ってこなかった。気がつけば、喉のところにまでスライムが来ていた。
「しまった……洋館全体があいつの狩り場なら、床から私たちを捕食することだって、できるのか……甘かった。みんな、ごめん……先輩、今そちらへ……」
心のなかで呟きながら、クロトキはゆっくりと眠りに落ちていった。
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