File. 4 空き家の銃撃戦

空き家の銃撃戦①

———フレンズ、ゲストの間で話題沸騰中! 真剣マジ肝だめしツアー!

死霊が出る、妖怪の声が聞こえる、絵が動く、霊の秘宝がある等々……妖しい噂に事欠かない廃洋館 in アンインエリアで肝試し! ヤラセは一切なし。何かが起きたとしたら、それはもしや霊の仕業……?

一人で、カップルで、グループで、家族で、挑戦お待ちしております!

(※このツアーで起こる予想外の事態について、当社は一切の責任を負いかねます)


「何読んでるの?」

「取材予定のツアーのパンフですよ」


センは素っ気なく答えた。アルマーはフードコートで買ってきた、スパゲティとコーヒー2つをテーブルに置いて、センの向かいの椅子に座る。


「シティのラジオ局からの取材依頼だったよね。なんであたしたちが引き受けることに?」

「マジでという噂なんですよ。それでラジオ局の記者のフレンズが全員怖がって、そんな所に行きたくないと駄々こねて……」

「あららら、やりたくない仕事でもやるのがプロフェッショナルでしょーに」


アルマーは呆れ顔で、大皿のスパゲティを自分の小皿に取ってパクパク食べ始めたので、センも同じようにスパゲティを小皿にとってフォークを手に取る。


「アルマーの言う通り、むちゃくちゃな依頼ですよ。前日に突然連絡よこして、明日アンインエリアに行けなんて。あのオコジョの編集長も、相変わらず人使いが荒い」


全くだ、とアルマーは相槌を打ち頷いた。

よろずやが引き受けた今回の依頼は、アンインエリアの廃洋館で行われている肝試しツアーに参加し、そのレポートを書くことであった。そのため2人は今朝早くにシティを出て、はるばるアンインエリアの西部へと向かっていた。今はその道中、エリア中央のロイズアミSAサービスエリアで早めの昼食をとっていたところである。ロイズアミSAはアンインエリア南部の幹線道路沿いにある大きな休憩施設であり、フードコートは観光客やフレンズでガヤガヤと混み合っている。

センはコーヒーを啜りながら、飲食店の前にできている行列をぼーっと眺めていた。すると日本食の店に並ぶ人々の群れから、見覚えのあるフレンズが出てきたので、センは目を疑った。黒髪に白いコートの鳥のフレンズ。シティ警備隊のリーダー、クロトキ姉御に間違いなかった。


「姉御! おーい!」


センは立ち上がって、空席を探してキョロキョロと周囲を見回すクロトキに向けて呼びかけた。呼びかけに気づいたクロトキは目を丸くし、センの方に近づいてきた。


「よろずやさん! 偶然ですね」

「私もびっくりですよ。姉御がこんなところにいるとは。あっ、椅子余っているので、どうぞ」

「ありがとうございます」


クロトキはセンたちのテーブルにつき、持ってきた海苔巻を口に運んだ。


「姉御は今日は非番ですか?」


センの問いにクロトキは首を振った。


「出張ですよ。西部のユタガミまで」

「へえ、あたしたちと同じ目的地だ。飛んで行くの疲れるでしょ、あたしの車に乗っていく?」

「いいんですか? 渡りに船とはこのこと、すごく助かります!」


そう言ってクロトキはとても嬉しそうに笑った。しかし、すぐに考え込むように首を傾げて、


「ユタガミ……あなた達はユタガミまで何をしに行くんです?」

「取材です。最近話題の肝試しツアーのね」

「……そのツアーのパンフレットか何か、持っていますか?」

クロトキに言われ、センは先程まで読んでいたツアーのパンフレットを見せた。クロトキはそれを見るなり、眉間に皺を寄せた。そして少しの間考えた後、苦々しく言った。


「このツアーですが、昨日催行中止になったんですよ」

「なんだって?!」


センとアルマーは耳を疑って即座に聞き返すと、クロトキはテーブルの上に身を乗り出し、「車内でお話しします。重大な件ですので」と、そっと囁いた。



センとアルマー、それからクロトキの3人は車に乗り込み、再び西へと向かい始めた。車を走らせてから5分ほど経った頃、後部座席のクロトキが口を開き、先程の話の続きをし始めた。


「今から話す情報は、まだ報道されていないので、内密にお願いします。端的に言いますと、例の廃洋館肝試しツアーで行方不明者が3名出たのです」

「行方不明……遭難ですか」

「いえ、ツアーガイドの話によると、行方不明者は洋館に入ったきり、出てこなかったといいます。単に遭難したわけではなさそうです。行方不明者3名のうち、2名はツアー参加者のフレンズ。残る一名は、通報を受けて2人を捜しに洋館内に立ち入った、アンインエリア警備隊員のホソマングースです。これを受け、アンインエリア当局は当ツアーの催行を中止させました」

「警備隊員までも……何があったのですか?」


センは耳をピクリとさせ、後部座席を振り返った。


「わかりませんが、3人が何らかのトラブルに巻き込まれたのは確かでしょう。考えられるのは事故、つまり建物の崩壊に巻き込まれた可能性。次に犯罪の可能性ですね。シティの外での事件ですから、セルリアンが関与しているかもしれません」

「だから戦闘能力の高い捜査官である、姉御が呼ばれたんですね」

「……かもしれません。私の任務は3人の安否確認と救助。そして事件の真相解明です」


クロトキはツツジ色の警備隊腕章を握りしめ、窓ガラスの向こう側、遠くに見えるユタガミの山を険しい目つきで望んだ。



それから程なくして、車は落ち葉の舞う山道へと進み入った。ひび割れたアスファルトの道を30分走ると、目的地である廃洋館の駐車場に到着した。車を降りた3人の所に、一匹のパーク・ガイドロボットの”LBラッキービースト”がぴょんぴょん跳ねながら駆け寄って来て、


「注意、注意、”Japari Winchesterウィンチェスター Mystery House”はただ今閉鎖中です。立ち入りはご遠慮願います」


とアラームを発し、耳のランプを赤く点滅させ始めたので、クロトキはすぐさま警備隊の身分証をLBの目あたりにかざすと、LBはすぐにアラームを止め、


「シティ公安部警備課、クロトキ、認識identified。捜査をよろしくね。屋敷の玄関まで案内するよ」


と、自分について来るように言うと、くるりと背を向け歩き出した。クロトキは身分証をコートの内ポケットに入れ、センたちを振り返り、


「あとは私の仕事です。ここまで送ってくれて助かりました。ありがとうございます」


と、気を使って2人を帰そうとしたところ、センとアルマーは互いに顔を見合わせて、少し考え込んだ後、ニマリと強かに笑って言った。


「折角なので、姉御の仕事に付き合いますよ」

「何バカなこと言っているんですか。危険な仕事なんですよ?」


クロトキは声を裏返らせ、きっぱり断ろうとするが、2人も一切退かず、


「こんな所まで来て仕事無しじゃ、あたしたちも正直手持ち無沙汰なんだ。捜査なら人手はいっぱいあった方がいいでしょ〜」

「それに私たちの体はフレンズ一頑丈ですし、戦闘慣れもしています。姉御のボディーガードくらいにはなれますよ?」


こんな調子で丸め込み、最終的に捜査に同行することをクロトキに納得させてしまった。



3人はLBの後に続いて林道を登っていくと、庭のような場所に出た。手入れされた花壇や蓮池で彩られた庭の中央には、赤茶色の壁をした洋風の建物が見えた。庭の小道に沿って歩いていくと、建物の正面玄関の前に出た。広いポーチを持つ玄関には、彫刻の施された木の扉がはめ込まれており、質素だが品の良さが感じられる。それは建物全体のデザインにも言えることであった。アルマーは建物を下から上へと見上げて、この廃洋館の質実なデザインに嘆息した。


「ほ〜 すごい家だね」

「廃れても風格は保っていますね。さすが名家の屋敷です」


センも同じように感心したが、直ぐにこの洋館の正体が曰く付きのミステリー・ハウスであったことを思い出し、顔を強張らせた。


3人の前に建つこの洋館の名前は”ジャパリ・ウィンチェスター・ハウス”。その正体は、幽霊屋敷として名を馳せるアメリカのミステリー・ハウスの一部をそのまま移築した、由緒正しきゴースト・ハウスなのだった。

建物をよくよく見てみると、窓ガラスが黄色く曇っていたり、レースのカーテンがズタボロに裂けていたり、地面に屋根板が落ちていたりと、廃墟らしさを演出するモチーフが散見された。しかしそれ以上に、この曰く付きの廃洋館全体から発される、どんよりとした薄暗い空気が、3人を包み込もうとしていた。建物と対照的に、きちんと手入れされている明るい庭の不釣り合いさも、かえって不気味さを助長している。

センは屋敷の前に立つ、ペンキ塗装の剥げかけた表札を見て、ゴクリと唾を飲み込む。


「これは、本当に何か出そうな屋敷だな……肝試しツアーに使われるのも納得……」

「ん? センちゃんビビってる?」


そうからかうアルマーの口元も怯えで歪んでいた。そこに屋敷の周囲を一周回ってきたクロトキがやってきて、


「怖いなら本当に帰ったほうがいいですよ」


と釘を刺し、屋敷の玄関口に向かって行く。しかし好奇心旺盛かつ負けず嫌いな2人は強がって、クロトキの後にいそいそとついていった。



玄関ドアの前に立ったクロトキが、くすんだ金属の把手を握って奥へと押すと、ギィと軋む音を立ててドアが開いた。恐る恐る屋敷内に足を踏み入れた3人を出迎えたのは、白い大理石の床のエントランスホールと、正面の大階段だった。電気が止まっているのか、シャンデリアや電灯は一つとして点灯していなかったが、窓から差す日光のおかげで、捜索活動に支障をきたさない程度の明るさは確保できていた。

柱時計や椅子など、19世紀末のレトロで古びた調度品が各所に置かれている中、最も目を引いたものは、正面の階段の上に嵌められた、大きな美しいステンドグラスだった。蜘蛛の巣のような同心円の網目の中に、輪のようなマークがあしらわれているそのステンドグラスは、ホールの空間全体を虹色に色づかせ、大理石の床の上に幻想的な影を落としていた。


「綺麗……」


センとアルマーはうっかりそれに心奪われてしまったが、クロトキの「さ、仕事仕事」の声で我に返った。


「まずは一階を調べましょう。右側は私が。2人は左をお願いします。各部屋への深入りは慎重に。緊急時は必ず助けを呼ぶように」


クロトキは2人を左側の部屋の捜索に向かわせた後、自分も懐中電灯を片手にホールの右側に進んでいった。

この廃洋館の捜査のためやってきたクロトキは、屋敷の間取りをある程度事前に把握していた。センたちの向かった左側にはトイレや厨房などがある。一方で右側にはちょっとしたレセプション会場のような広いホールがあり、その入口には両開きの大きな扉が聳え立っていた。

クロトキは扉の前に立ち、下から上へと扉を眺めて呟く。


「右側はこのホールしかない。行方不明者の3人はもしかしたらこの中で何かあったのでしょうか」


そしてクロトキは扉を開けようと把手に手をかけようとして、気がついた。


「あれ……両方とも把手がない。でもドアノブが嵌っていた穴がある。近くに落ちているかな」


そう考えてしゃがみ込み床を見回すと、扉のすぐ近くに外れたドアノブが転がっていた。クロトキはそのドアノブを拾おうと手を伸ばした、その時だった。クロトキの背後で誰かが囁いた。


(いけなイ……)


首筋にぞわりと冷感が走り、クロトキははっとして後ろを振り向いた。しかし後ろには誰の姿も無い。


「誰……?」


何もない空間に向かってクロトキは呼びかけたが、答えはなかった。クロトキの顔は得体のしれない恐怖によって凍らされ、血の気が引いていた。


「ささやき声だったけど、フレンズの声らしくなかった。それに『いけない』って、何のことだろう? ドアノブを拾うなってこと?」


クロトキはもう一度ドアノブに手を伸ばすが、今度はささやき声は聞こえなかった。クロトキは恐る恐るドアノブを拾い上げて観察してみるが、細やかな金細工の施された上等な品であるということ以外、気になる点はなかった。

ドアノブを元の穴に嵌める前に、クロトキは慎重を期し、扉に耳を当てて扉の向こうの音を聴き、鍵穴から室内を覗こうとした。しかし物音は一つとして聴かれず、室内を動くものも見えなかった。


「気のせいか……」


額にじんわり滲んだ汗を拭い、ドアノブを穴に差して回し入れた。そしていざ扉を開けようとドアノブを強く握った時、後方からコツリという靴音がしたので、クロトキはドアノブから手を離し、即座に振り返った。

後ろにいたのはセンとアルマーだった。

クロトキは緊張のあまり喉の奥に飲み込んでいた息を吐き出して、がっくりと項垂れた。


「どうしたの、姉御。幽霊でも見たのかい?」


アルマーはクロトキの狼狽ぶりを不思議そうに見つめる。


「い、いや。大丈夫ですから。それよりもあなた達はなぜこっち側に来たのですか」

「左側の捜索が終わったからです。部屋の数が少なかったからあっさり済みましたよ。行方不明者の手がかりも、事件や崩落などで室内が荒らされた形跡もありませんでした」


センが答える。


「そうですか、ありがとうございます。それならこっちを手伝って下さい」


クロトキは気を取り直し、再びドアノブに手をかけようとした。しかし寸前で躊躇い、背後のセンたちを軽く振り返って訊ねた。


「捜索中、誰かの声のような音を聞きませんでしたか?」


センとアルマーは怪訝そうに顔を見合わせ、聞いていないと答えた。

ならばあれは気の所為か、とクロトキはドアノブを握り直し、扉を押した。錆びた蝶番の軋む音とともに扉は開かれ、クロトキは広いホールへと足を踏み入れた。が……


「なんだ、これは……」


ホール内は3人の想定外の様相を呈しており、3人は思わず身を寄せ合った。天井はさほど高くはないが、広々とした薄暗いホールには、長机やパネルパーテーションが並べられ、その上には陶器や彫刻や絵画などの美術品がずらりと展示されていたのだ。しかもホコリを被った美術品たちは、どれも霊や妖怪などをモチーフとした、暗くおどろおどろしい作品ばかり。ふと足元を見ると、倒れた立て看板が目に入った。


「ミステリーハウスの”ハロウィン肝試し”展 会期は2059年10月15日−11月14日。約20年前からそのまま置きっぱなしになっているみたいですね。なんてはた迷惑な……」


クロトキが忌々しげに口を尖らせていると、またあの声が降ってきた。


(戻レ、戻レ……)


クロトキはハッとなった。今度は頭上から聞こえた。即座に身を屈めつつ天井を仰ぎながら、


「今の、聞きましたか?」


とセンとアルマーに聞くと、2人は先程のクロトキとそっくりな血の気の引いた顔で唇を真一文字に強張らせていた。2人もあの声を聞いたのだ。


「今の声、戻れって……」

「うん、確かにそう聞こえた……もしかしてユーレイからの警告?」

「まさか、幽霊なんてそんな……」


2人はか細い声で呟き合っていると、今度はどこかからカッ、カッ、と木を打つような音が聞こえてきた。2人は恐怖で唇を噛み、垂れ落ちる冷や汗が顎を伝った。センとアルマーは背中をくっつけてホール全体を注意深く睨んだが、3人の他に動く物の気配は無かった。

センはクロトキに聞く。


「どうしますか、捜索を続けますか」


するとクロトキは大きく深呼吸して、床を指さして答えた。


「続行します。カーペットの上に、かすかに足跡が残っており、足跡はホール右側へと伸びています。私たちより前に、誰かがここに入ったのです。それに、あそこを見て下さい」


そう言って、今度は大きな絵が掛かっているホールの手前側の右隅を指さした。右隅はテーブルやパーテーションが倒れ、展示品がぐちゃぐちゃに散らかっているように見えた。そのような場所はホール内において他に無い。


「確かに、右隅でトラブルがあり、行方不明者はそれに巻き込まれたのかも」

「ええ。まずはそこを調べてみましょうか」


クロトキを先頭に、3人は周囲を十分警戒しながら、壁とテーブルの合間を通ってホール右側へと進んでいく。すると右隅で起きた破壊の様相が見えてきた。

肖像画らしき大きな絵の真下には、折れたテーブルの足や砕けたパーテーションの木片がゴロゴロ転がっており、それらに混じって、石膏像の一部や穴の開いたキャンバス、ガラスの割れた額縁がいくつも落ちている。ホール内で破壊の跡があるのはおそらくここだけであり、この場所で取っ組み合いがあったのではないかと推測された。

そんなことを考えながら、クロトキは壁に掛かった大きな肖像画が何となく気になり、近くに寄って見つめた。それほど若くない白人の貴婦人の肖像画のようだったが、他の美術品と同様この絵も薄気味悪い暗い色使いで描かれており、特に肌がくすんだ灰色でべっとり塗られている。


「まるで死体の肌のよう……じっくり見たくはないですね。これが立派な額縁に収められているのも、かえって悪趣味さを増長させています」


肖像画の前でクロトキはげんなりと顔を顰めていると、左からセンの呼ぶ声がした。


「姉御! ちょっと!」


クロトキはセンとアルマーが屈んでいる所に駆け寄って、センが持ち上げているパーテーションの残骸の下を見た。そしてウッと息を詰まらせた。

残骸の下には絨毯の黒い大きなシミが延々と広がり、鼻を刺す血の臭いが沸き立った。黒いシミの池の中央には、30センチほどの小さな動物の死体が横たわっていた。クロトキは手袋を着けてセンの隣にしゃがみ、死体を検分した。そして、


「これはホソマングースです」


と仮面のような硬い表情で言った。


「ホソマングースって、たしか行方不明者の一人だったよね……」

「ええ。しかも彼女は他の2人の行方不明者を捜しに来た警備隊員です。この死体はおそらく彼女でしょう」

「どうしてここで死んでいるんだろう。この残骸の下敷きになったのかな」

「いいえアルマー。これは事故死じゃない」


センはピシャリと言って、死体の胸部を指差した。


「ちょうど心臓のあるあたりに大穴が開いています。せいぜい机やパーテーションの残骸の下敷きになったくらいで、胸部にこんな穴が開くとは考えにくい」


隣で話を聞いていたクロトキも頷く。


「それに、この絨毯の血のシミが問題です。このシミはかなり広範囲に広がっているため、それだけ大出血があったことが予想されます。しかし体長30センチのマングースの血液量では、これほど大きな血の池を作ることは出来ない。では5Lの循環血液量をもつフレンズならどうでしょうか」

「……それはつまり、ホソマングースはフレンズだったときに、胸部に致命傷を負って失血死したと? どうしてそんなことに?」

「もしかしたら……いや、おそらくこのホールには何か潜んでいるのかもしれない。ホソマングースを殺害した何かが……」


そう言いかけた時、クロトキは背後に感じたことの無い程に、邪悪で冷たい気配があることを感じ取った。最悪という表現すら生ぬるいどす黒い殺意が、いつの間にかピタリと後ろに迫っていたのだ。クロトキの顔から感情が瞬く間に消えていった。


いつの間に、いつからそこにいた……? わからない。でも振り向かなくては。振り向いて正体を視認しなければ。


そう強く念じ、見ることを躊躇わせる恐怖心をやっとの思いで押さえつけ、クロトキは後ろを振り返った。


しかし遅かった。


クロトキが後ろを向いた時、背後には何も立っておらず、代わりに雷鳴のような炸裂音の高い残響音だけがキーンと響いていた。そして唖然とするクロトキの視界の端に、血を流して後方へと弾き飛ばされるセンの姿が一瞬映った。

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