ハミングバードの贈り物④

河原で起きた突発的なアクシデントの後、センたち3人はその場で事情聴取をされたが、それ以上のお咎めはなく、午後2時には解放された。河原にはサイモンの拾い残しの宝飾品が何点か落ちていたが、それらはモリバトが回収していった。


親の仇であるサイモンに怒りをぶつけた後のエマは、ひどく憔悴して抜け殻のような状態となってしまった。そのためセンとアルマーは、エマをタワーホテルまで送り届けてから自宅へと戻り、コーヒーで一息いれ、それからまた仕事を再開した。と言うよりも、むしろそこからが本当の仕事であった。


センとアルマーは集めた情報を整理して、裏を取るべき内容を吟味すると、あとはインターネットや電話などを駆使して更なる情報をかき集めた。その結果、いくつか重要なことが分かった。


まず例のサイモンという男であるが、表向きはロサンゼルスのいくつかの会社に出資している投資家である。しかしその裏では、マフィアや詐欺師と手を組んで中産階級の人間を騙し、高利の借金を背負わせて財産を搾取しているという、かなりの悪党らしい。少し前まではロスを中心に暗躍していたが、最近は悪評が立ってしまったため、活動場所を他国に移しているとの噂もあった。

そのサイモンがなぜジャパリパークに来ていたのか。それは二日前の土曜日の夜にタワーホテルで催行された”ジャパリパーク出資者パーティー”に参加するためだった。彼の名前はパークのウェブサイトの出資者一覧に記載があったことから、彼は土曜の晩、パーティーに招待されていたはずである。実際、他の出席者曰く、サイモンはパーティー会場に時間通りに現れ、最後まで会場にいたらしい。


「サイモンがあのような裏稼業をしているとなると、例のトランクに入っていた宝飾品の多くは、その稼業で得た汚れた利益でしょう。エマの母親の結婚指輪も、借金のカタとしてサイモンに奪い取られた品なのだと思います」


センは嫌悪感を顕にし、冷ややかに言う。


「でもさ、そんなものをパークにわざわざ持ち込んだのはどうして?」

「金に換えるためです。不当に手に入れた品故に、うかつに売却できなかったのでしょう。サイモンがパークに来た目的は、パーティーに出席するためだけでなく、他の誰かに宝飾品を売り渡すためでもあった。多分、売却先も真っ当な商売をしている人間ではないでしょうね」

「あーやだやだ。サイモンについては、これ以上の深入りは止めておこうよ」

「そうですね。あくまで私たちの仕事は、エマに指輪を送った人物を特定することですからね」


怯えるアルマーを見て、センはクスリと笑った。


「で……その指輪を送った人物なんだけどさ、今の所タツヤしか候補がいないよね」

「ええ。エマのハンドバッグに指輪を入れられた人物はタツヤしかいない。なのですが……私はどうもタツヤがやったことだとは思えないんですよね」

「それじゃ、センちゃんは別の人間がやったと考えているの?」

「タツヤの背景について、アランさんから聞けたのですが、タツヤは現在20才の日本人。高校を卒業して以降は日本のホストクラブで働いていた。”Q"には1年前にやって来た。アランさん曰く、特に金に困っている様子はない。大家曰く、家賃や光熱費の滞納もなかった。若く、ホスト以外の顔を持っていなそうなタツヤさんが、サイモンのような詐欺師と接点を持ち、エマの両親の件のような極秘情報を知り、結婚指輪をサイモンから取り返しエマに渡した———それはかなり無理がありませんか。だから私は、本物のタツヤさんではなく、裏の事情をよく知った偽のタツヤが存在し、そいつがエマさんに指輪を渡したと考えています。その裏取りのため、今から一本の電話をかけるわけです」


センはニヤリと笑うと、スマホを取って番号をプッシュした。電話はすぐに繋がり、スマホのスピーカーから男の声が聞こえてきた。


「もしもし、ホストクラブ”Q”札幌店でございますが」

「突然すみません。私、ジャパリパークで私立探偵をやっているセンという者です。お店にいらっしゃるタツヤさんという方に少々お聞きしたいことがあるのですが」

そう尋ねると、男は少々お待ち下さいと言って電話を保留にした。そしてまもなく保留が解除され、先程とは違う男の声が電話口から流れてきた。

「もしもし。僕がタツヤですが、何かご用でしょうか」


電話の音声なので確実とは言えないが、タツヤと名乗った男の声は、午前中に”Q”で見せてもらった動画に記録されていた、タツヤの声とよく似ていた。センは「しめた」と頷くと、タツヤに向けていくつか質問をした。


「”Q”ジャパリパーク・シティ店のアランさんからお聞きしたのですが、タツヤさんは20日前にシティを発たれたんですよね」

「ああ、アランから聞いたんですね。そうですよ」

「その20日前以降、ジャパリパークに来られましたか?」

「いえ。行っていません」

「そうですか」


そこでセンはほんの少し間を置いてから、


「タツヤさん、ご兄弟はいらっしゃいますか」

「いません」

「なるほど。次が最後の質問です。ちょっと妙な質問ですが、お願いします。

ここ最近、誰かにあなたの身長や体重、スーツのブランドや使っている香水などをたりしませんでしたか?」

「ええっ? そんなことあったかな……」


タツヤは驚き、しばらく無言になった。そして、


「そういえば1ヶ月以上前に、そんなことを聞いてきた女性がいたような」

「1ヶ月以上前というと、シティのホストクラブにおられた時ですよね」

「ええ。結構な美人さんで、僕はその方を一人で相手していたんです。その方は、僕のスーツを見て「オシャレね」とか「良い香り」と言って何度も褒めてくれて、その後で「どこのスーツかしら」と尋ねてきた覚えがあります。褒められて僕も上機嫌になって、そういう質問にはきちんとお返事しました」

「ほう、それは興味深いですね。ついでにもう一個だけ。お気に入りの香水の香りは?」

「ライムです」

「ありがとうございます、タツヤさん。おかげで色々分かりましたよ」


センは何度も礼を言ってから電話を切り、アルマーの顔を見て得意げにガッツポーズをしてみせた。


「これで決まりです。タツヤさんは20日前より後にジャパリパークに来てはいなかった。つまり先週の土曜、昨日、そして今日目撃したタツヤは偽物だったんです。そしてタツヤに化けた偽物の正体は、タツヤさんが接客したという女性の可能性が高い。

そいつがタツヤさんになりすまし、サイモンからダイヤモンドの指輪を奪い取って、エマさんに返した」

「女性が男のタツヤさんに変装していたって? そんなこと可能なの? しかも声までそっくりに……ルパン三世じゃあるまいし」


アルマーは目を丸くして問いかけるが、センは椅子に座ったまま、胸の前で手を組み、深く息を吐いた。


「…………そう、正にかの大怪盗の如き神業の変装。ですがアルマー、それをやってのける危険人物が、このジャパリパークにはいるんですよ」

「まじで?」


アルマーはセンを見つめ、生唾を飲み込んだ。


「そういう奴がいると、クロトキ姉御が以前教えてくれたんです。”よろずや”をしていれば、いずれ奴と関わる日が来るとは思っていましたが、遂に来ましたか」

「そいつの名は……?」


センは身を震わせ、唇の端に薄ら笑いを浮かべて答えた。


「ライラ。彼女の名は詐欺師ライラ」


そしてセンはふらりと立ち上がると、愕然としているアルマーの横を抜け、事務所の出口の前に立ち、アルマーを振り返り、


「恐らく明日の朝、不思議な事件が報じられるはずです。そして奴と対面することになるでしょう。もう21時です。今夜はよく寝ておいたほうがいいですよ」

それだけ言うと、センは事務所を出て寝室に引っ込んでしまった。


この時アルマーは、センの真意を理解できず、首を傾げるばかりだった。しかし翌朝、果たしてセンの予想が的中するのを目の当たりにし、愕然としたのだった。


***


翌朝、昨日よりも1時間以上早く目覚めたアルマーが、食卓で朝食を食べていたところ、そこにセンがタブレット端末を握ってやって来た。


「センちゃんおはよ〜 どうかした?」


アルマーの気の抜けた挨拶に、センは軽く「おはよう」とだけ返すと、持ってきたタブレットをアルマーに突き出した。


「今朝のビッグニュースですよ」


そう言うと、センは淹れてあったコーヒーをマグカップに注ぎ、それを持ってアルマーの向かいの席に座った。


「読んでみて下さい」


そう言われてアルマーはタブレットの画面に目を落とした。画面に表示されていたのは、今朝のネットニュースの記事。発信元はセンがいつも読んでいる新聞社だった。



「告発目的か。米投資家の極秘帳簿が暴露……ジャパリパーク・シティ」


本日午前6時30頃、シティ大図書館正面玄関前の掲示板に、不審な張り紙と数点の宝飾品が貼り付けられているのを通行人が発見した。警備隊によると、掲示板には手帳のページや文書が数十枚、画鋲で貼り付けられていたという。文書等に記載された内容はいずれも、ジャパリパークの出資者の一人である米国在住の投資家、サイモン・シンプソン氏のこれまでの非合法な所業を暴露するものであり、警備隊は氏に近しい何者かが、氏を告発する目的で行った行為であるとみて調査をする方針。



「こ、これは……」


タブレットを持つアルマーの手が震えた。サイモンの悪行を晒し、彼を破滅へと追い込むこの事件こそ、昨晩センが言っていた不思議な事件なのだ。


「人を出し抜き、人の暗部を衆目に晒し、あざ笑う。これこそが詐欺師ライラのやり方だと、姉御はそう言っていました。

これで全部繋がりました。一連の事象は全て、ライラによって為されたんです。ライラはサイモンに接触して欺き、彼から宝飾品と手帳・文書を奪った。奪った宝飾品の中にあったダイヤモンドの指輪はエマに返却し、残りはトランクごと河原にぶちまけた。そして悪党サイモンにトドメを刺すべく、今朝の事件を起こした」

「そ、そんなことが……本当に?」

「これは私の予想。あとは答え合わせです……ほら、インターホンが鳴った」


アルマーはぎょっとして玄関の方を見てから、足音を忍ばせて玄関に行き、息を殺して覗き穴を覗き込んだ。ドアの前に立っていたのは……


「タツヤ……?」


よろずやの玄関にいたのは、スーツに赤いネクタイを閉めた黒髪の男———タツヤだった。しかし、これは可怪しいとさすがにアルマーも気づいた。なぜなら昨晩本物のタツヤは札幌にいたはずであり、明朝朝8時にシティに到着することは不可能だからだ。


「……こいつは偽物で、詐欺師ライラ?」

「その通りです。それではあいざ対面」


センはニヤリと笑い、ドアを開けた。ドアの前には長身のタツヤが微笑みを浮かべ立っていた。タツヤはセンとアルマーを一度ずつちらりと見て、


「ここが”よろずや”さんですか?」


と聞いてきた。その声は昨日電話で聞いたタツヤの話し声と同じだった。

センは答える。


「ええ、そうです。ですが今日はお休みなんですよ」

「えっ、そうなんですか?」

お渡しした名刺にも、そう書いてあったはずですがね」


センの言葉を聞き、タツヤの顔から微笑みが一瞬だけ消えた。


「昨日? 名刺? 何のことです?」

「昨日の事情聴取の時に渡しましたよ。もっとも、あなたはその時、タツヤさんではなく警備隊員のモリバトさんでしたけど」

「……」


タツヤは何も言い返さず、しばらくセンを凝視していたが、不意にフフフと肩を揺らしたかと思うと、大きな声で笑い出した。しかしその笑い声はもはやタツヤの男声ではなく、モリバトそっくりの女声であった。


「アハハハ! そうだったわね。じゃあこれでいいかしら? よろずやさん」


タツヤは甲高い女声でそう言って、女のような笑顔でセンとアルマーを睨んだ。しかしセンは動じることなく、相手をぴしりと指差した。


「正体を表しましたね、ライラ!」

「ええ、お見事よ! それじゃあご褒美に変装を解いてあげるわ」


そう言うと、タツヤは上着やネクタイを脱いでいった。スーツの下から現れたのは深い緑のロングドレス。緑のドレスの裾から飛び出したのは、なんと———


「茶色の尻尾、いや尾羽根だ……! それじゃもしかしてライラは……」


アルマーは呆気にとられながら、今まさに頭部の変装を解こうと顔に手をかけたライラの一挙手一投足を食い入るように見つめた。

ライラが黒髪のかつらとカラーコンタクトを取り、ついで頭部全体を覆っていたゴムマスクを取り去ると、目鼻立ちの整った美しい顔と、白とも黒とも言えない銀色の頭髪が現れた。そしてショートカットの頭の上には、一対の灰色の翼が伸びていた。


「鳥のフレンズだ!!」


アルマーは叫んだ。


「そうです。私もお目にかかるのは初めてですが、噂は知っています。天性の音真似能力に、培った変装技術を組み合わせて鮮やかな詐欺を行う、謎の犯罪者。美しきシンセサイザーガール。その名は———」

コトドリLyrebirdのライラ。よろしく、探偵さん方」


2人の前にしゃなりと立つ詐欺師のフレンズは、瞳に銀色の闇を湛え、ニタリとした不気味な笑みを浮かべた。

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