真夏の大冒険⑤

落とし物を乗せた車を運転していたのは、なんとマイサの母親であった。センとアルマーにも冷たい緊張感が走った。


「名字を見てもしやと思いましたが、やっぱりそうでしたか。急ぎますよ!」

「わかってるよ! マイサの大切なかーちゃんを守らなくっちゃあな!」


アルマーは額の汗を拭い、アクセルを思い切り吹かして更にスピードを上げ、先を走っているマイサの母親の車を追った。制限速度をゆうに超えてはいたが、そんなことに構っている余裕はなかった。なにせ人命がかかっているのだから。

高速走行によって車体がガタガタと揺れる中、センはマイサをしっかりと抱きかかえながら、前方を注視していた。すると、


「あれじゃないですか?」


少し先の路肩に一台の車がハザードランプを点滅させて停車しているのが見えた。少し遅れてアルマーも同じ車を視認したようで、


「OK あの車の少し手前で停まろう」


と言って車を減速させ、ハザードランプを炊く白い車の50メートル手前の路肩で停車させた。3人は車を飛び降りて白い車へと駆け寄る。その気配に気づいたのか、小柄な女性らしき影がオロオロとした様子で向こうから近づいてきた。


「お母さんっ!!」


向かってくる女性がマイサの母親であることに、一番早く気づいたのはマイサだった。マイサはセンの手を振りほどいて母親に駆け寄り、その腰に抱きついた。


「え、え、マイサ? マイサなの? どうしてこんなところへ……?」


母親のトモミはマイサをぎゅっと抱きしめながらも戸惑って、何度も我が子へ問いかける。そこへやってきたセンとアルマーを見て、トモミは幾らか事情を察することができたようで、軽く息をついた。


「マイサと一緒にいるフレンズさんってことは、あなたがマイサを預かってくれていたよろずやのセンザンコウさんかしら?」

「はい。私達はあなたの身と、マイサちゃんのポーチを守るために駆けつけました。あなた方の安全は私達が必ず守りますから、安心してください」

「あ、ありがとうございます。何分突然の連絡だったもので、ど、どうして良いか分からず……」

「一旦落ち着きましょうか。森林公園から回収した落とし物は車に積まれていますか?」

「ええ。ええ。いつもどおりのコンテナに、まとめて詰められているはずです」


トモミは自分が乗っていた白い軽自動車を、あたふたと指差した。

あのトランクの中のコンテナにマイサのポーチが、それから危険物であるサンドスターの結晶が入っているのだ。センは緊張しゴクリと生唾を飲み込む。


「わかりました。お母さんはマイサちゃんを連れて、もう少し車から離れて下さい。私とアルマーで問題のブツを取り出します」

「そ、そんな。大丈夫なんですか?」

「へっちゃらです。頑丈さが私達の売りですので」


そう答えると、センはアルマーと一緒に軽自動車に駆け寄りトランクを開けた。トランク内には一辺が50センチ程度のプラスチック製の白いコンテナが3個詰まっており、そのうちの1つには「森林公園事務所 取得物」と書かれたタグが貼り付けられていた。二人はコンテナの両側についていた取手を掴み、コンテナをなるべく揺らさないよう慎重に持ち上げて、車から数メートル離れた地面にそっと下ろした。


「サンドスターの存在の気配を微かに感じますね」


センがコンテナの表面を嗅ぎ回って言う。


「うん。それじゃ慎重に取り出そうか」


アルマーは頷き、不用意な振動を与えないよう細心の注意を払ってコンテナを開封した。蓋を開けた途端、サンドスター特有のキラキラした蒸気が立ち上がった。つまりサンドスターの結晶の一部は少なくとも蒸発、あるいは昇華して、容器から漏れ出ていたということだ。容器の密閉が甘かったのか、それとも既に破損してしまったのかは定かではないが、とりあえず容器が今から破裂するリスクは低いと思われた。


差し当たり破裂の可能性がないとわかってセンとアルマーは安心し、スマホのライトを片手にコンテナの中を覗き込んだ。土汚れのついた衣類やフリスビー、野球のグローブ、ミニカーやラジコンのおもちゃなど十数点の落とし物が、剥き出しのままやや乱雑にコンテナに詰め込まれていた。センはその中に手を入れて慎重にかき分け、コンテナの底の方から水色のポーチを取り出した。

センはマイサのいる方を振り返ってポーチを頭上に掲げ、


「これですか?」


と声を張り上げた。直後、「そう!」という返事が大声で返ってきたので、センはポーチのジッパーに手をかけようとした時、半分ほど開いていたポーチの口から丸い何かがこぼれて地面に落ちて跳ねた。アルマーはそれを拾い上げ、じっと見て、目を丸くした。


「飴玉だ。カヤネズミが持っていた飴と同じものだ」


続いて飴玉に鼻先を近づけて臭いを嗅ぎ、


「微かに野生の齧歯類みたいな臭いがついているね。ちなみにそのポーチからもそんな臭いを感じるよ」


と訝しげに言った。


「私にはあんまりわかりませんが、それならば、カヤネズミさんはこのポーチに潜り込んで、ポーチ内のサンドスター結晶と接触したという線が見えてきます。彼女がマイサのお気に入りの飴玉を何故か持っていた理由もこれでわかります。で、問題のサンドスターの瓶ですが……あった!」


何事もなく目当ての物を回収できた喜びからか、センは顔をわずかながらほころばせて、ポーチから親指くらいの大きさの小瓶を取り出した。


ところが……


瓶を見たセンの顔はみるみる曇り、ギロついた疑念の視線は瓶へ、続いてコンテナへと注がれた。アルマーもどうかしたのかとセンの持っていた小瓶を覗き込み、すぐにアッと声を漏らした。

瓶は空。そして瓶の口にはまっていたコルク栓が一部腐蝕してぼろぼろと崩れ落ち、瓶と栓の間に小さな隙間ができていた。サンドスターの結晶は既に、栓の隙間から全て漏れ出て散逸してしまっていた。これはもうどうしようもない。センはため息をつき、前髪をガシガシとかきあげた。


「参りましたね。環境に放出されてしまったサンドスターの行先を追跡することは不可能です。瓶に入っていたサンドスターの結晶からセルリアンが産まれないことを祈るばかりです」


けれどアルマーはセンの肩をぽんと叩いて、


「でもさ、マイサのポーチを無事に回収できてよかったよ〜」


と気楽に笑った。その人懐こい微笑みによってセンの表情は解きほぐされた。

センはポーチを持って、後方で母親とともに身をかがめていたマイサの所に行き、依頼された品をマイサの手のひらに乗せた。


「あなたの依頼、果たしましたよ」


マイサは手の中のをまじまじと見つめた後、無言でそれをぎゅっと抱き額を当てた。そんな娘の頭を優しく撫でながら、トモミはセンに向けてお辞儀をし、


「とんだご迷惑をおかけしまして……2人とも、本当にありがとうございます。ほら、マイサ。あなたもお礼を言いなさい」


母親にそう促されたにも関わらず、マイサは何も言うことなく、ただただポーチを必死に抱え続けていた。センはニコリと笑って、


「ああ、良いんですよ。マイサちゃんからのありがとうは、もう十分頂きましたから」


とさらりと告げた。そこで初めてマイサは顔を上げて、嬉しそうな満面の笑みをセンに見せた。


「お姉ちゃん、ありがとう!」

「ええ、どういたしまして」


センは屈んでマイサと目の高さを合わせ、滅多に見せない屈託のない笑顔をマイサに贈った。


しかしその安堵に満ちた和やかな空気は、アルマーの鋭い叫び声によって瞬時に砕かれた。


「センちゃん、なんかヤバい!!」


センは目をギロリと見開いて背後を振り返った。

アルマーは後方、すなわちトモミが乗ってきた軽自動車の方向を指差しながら、こちらに向かって走ってくる。しかしそれよりも先に感じたのは、冷たい刃を背筋にピタリと当てられたような、異様な気配。殺気。


———まさか、とセンは眉を釣り上げて、ようやくアルマーが指差しているモノを視認した。


白いコンテナの中から湧き出ているのは、艶めかしい光を宿した紅色の流体。テラテラと気色の悪い蛍光色を放つその流体は、コンテナの側面を伝って、マグマの様にじわじわと道路を覆い潰していた。そしてコンテナから湧出する流体の噴水は徐々に高さを増し、やがて空中に輝く大きな球状の塊を形成しはじめたのだ。


「なんなの! あれなんなの?!」


マイサが悲鳴をあげた。


「瓶から漏れたサンドスターが何かに反応したんです! セルリアンが生まれる!」


センとアルマーは、トモミとマイサに覆いかぶさるようにして母子の身を守る態勢をとった。

すると突然、空中の球体がパッと強い紅色の閃光を放ち、急激に収縮し始めた。


「伏せて!!」


センは叫び、4人は身をかがめ道路に伏せた。その直後———


けたたましい破裂音とともに猛烈な風が4人を襲った。トモミはマイサをかばうようにして一心不乱に地面に覆いかぶさる。センとアルマーは破裂によって飛来する暴風や何かの破片を背中に受けながら、トモミとマイサを守り、風が和らぐまでじっと待った。


ところが風は止むどころか強まるばかり。高い回転音、プロペラが空を切るような音が聞こえ出し、それに続いてサーチライトのような強い光が背後から差し込まれた。センとアルマーは恐る恐る後ろを振り返った。そこにいたのは———


ザクロのような紅色の輝きを放ち、闇より深い色の瞳をギョロつかせた、一つ目のヘリコプター。無論、これは本物のヘリコプターではない。ヘリコプターの形を模倣した、フレンズの敵・セルリアンだ。

セルリアンは空中静止してセンたち4人をしばらく凝視していたが、彼女たちを外敵と認識したのか、再びメインローターを高回転させて暴風を浴びせてきた。さらに機体を左に旋回させ、転がっていたコンテナをテール部分で弾き、4人に目掛けて高速で飛ばしてきた。


「ヤロッ!」


センは尻尾を振り上げ、飛んでくるコンテナ目掛けて打ち下ろした。鋼鉄の尻尾の一撃によってコンテナは真っ二つに砕かれ、内容物の落とし物の品々をばらまきながら、遠く右後方へと転がっていった。


「多分、あの落とし物コンテナの中にヘリコプターのおもちゃがあったのでしょう。瓶から漏れ出たサンドスターがそのおもちゃに反応してしまった」

「飛行能力持ちか、厄介だなぁ……って、そんなこと言ってるうちに!」


アルマーが丸い目を開き、一歩前に出て奴を指差した。奴はセンたちに背を向けて、メインローターの回転数をグンと上げ、空へ逃げようとしていた。


「あんなのがシティ中心部に侵入したら街は大混乱ですよ!」

「だね。それじゃあ車で追跡して撃墜しよう!」


センとアルマーは同時に頷いた。

アルマーはランドクルーザーに大急ぎで戻ってエンジンを始動させた。一方でセンはトモミとマイサの腕を引き、車の後部座席に乗せた。センはトモミにヘルメットを手渡して、


「この車の中が一番安全だと思います。多少揺れると思いますが、アルマーの運転技術は一流ですので大丈夫。お母さんはマイサちゃんをしっかり守ってあげて下さい」

「で、でも、あなた達が危険ですよ」

「ご心配には及びません。忘れ物探しからセルリアン退治まで、何でもやるのが私達”よろずや”ですので」

「……わかりました。お願いします」


トモミは狼狽えながらもコクコクと頷き、マイサにヘルメットとシートベルトを着けさせた。その際センはマイサと目が合った。マイサはちょっとの間センの目をじっと見つめた後、「大丈夫。怖くないから」と言って笑った。その笑顔は、夕方にマイサが見せた気丈な表情によく似ていた。しかし確実に違うものだとセンは確信していた。

マイサの今の表情には安らぎがあった。その理由は、隣に母親がいること、そしてお姉さんといって慕っているセンとアルマーの存在があることに他ならないだろう。小さな体には不相応な、無理をした気丈さは笑顔の中にはほとんど見えず、代わりに安心と憧れがもたらす光のような温かい輝きが、そこにある。センの目にはそのように映った。


(お姉さんとして、マイサの気持ちに答えなきゃね)


ポケットに隠した右手にぐっと力が入った。

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