真夏の大冒険⑥

前方から大きな鈍い音がした。奴はトモミの軽自動車をなぎ倒して浮上し始めていた。窓から身を乗り出して奴の挙動を注視していたセンが左手を前へ突き出した。


「追跡開始!」

「よっしゃ、任せといて!」


アルマーがペダルを踏み込むと、車は獣のような唸り声を上げて銃弾のようなスピードで駆け出した。


「奴は機首を東、シティ中心南部に向けましたよ」


センからの指示を受け、アルマーはハンドルを右に切って、ガードレールの隙間から幹線道路の外に広がる広野へと飛び出し、制限速度を超えて奴を猛追した。幸いなことに奴の飛行スピードはせいぜい時速120キロ程度と遅く、アルマーの車が奴の左後方にピタリとつけるのにそれほど時間はかからなかった。


「で、ここからどうしようか。センちゃん」

「ふむ……」


センは右前方を飛んでいる奴をジロリと睨んだ。

奴の20メートル弱の高度を安定して飛んでいる。相対速度はゼロ。セルリアンの弱点部位である「いし」は下からは見つけられない。これ以上奴に高度を上げられる前に、少なくとも奴の移動力を削ぎ、シティ中心への侵入は防ぎたい。


それなら……


「トモミさん、すみませんがトランクの中に長い鉄の棒があると思うのです。取っていただけますか」

「は、はい」


トモミは座席越しにトランクルームに身を乗り出し、そこに転がっていた1.2メートル程度の鉄パイプを取ってセンに渡した。


「そうそう、これです」


センはそれを受け取ると、自分の鱗の中でもとびきり分厚く鋭いものを選び取って、鉄パイプの先端に紐でくくりつけ、即席の槍をこしらえた。その槍を見て、アルマーはセンがこれから何をするのかを察し、ニッと歯を剥き笑う。


「槍投げか」

「槍投げ?! 車から?」


一番驚いたのはトモミだった。


「どこからどうやって投げるんです?」

「それは当然、車の屋根の上からですよ。これで奴のテールローターか尾翼を破壊して動きを止めます。奴の機体尾部を確実に撃ち抜くために、奴の左斜め後方から槍を投擲します」

「投げたあとはどうするんですか。車から振り落とされたら……」

「幸いここは舗装されていませんから、落ちても多分大丈夫」

「私みたいなヒトには、もはやついていけない話ですが、どうかご無事で……」

「ありがとうございます。じゃあアルマー、頼みましたよ」

「OK〜」


アルマーはハンドルを左に切って一旦奴と車の距離をとった。センは槍を携え、窓から車の屋根の上によじ登ろうとする。その時後部座席にいたマイサが緊張した面持ちでセンを見つめているのが目に入った。


「怖い?」


センが尋ねるとマイサは首をぶんぶん横に振って、


「怖くない。でも……お姉ちゃんがケガしないか心配」

「マイサ、あなたは自分よりも他人のことを考えられる、本当に良い子ですね」


センは目を細め、


「私たち”よろずや”を信じて、お母さんと一緒に待っていて下さい。必ず戻ってきますから」


マイサにそう言い残すと、センは窓から車外へ飛び出して、逆上がりの要領で車の屋根の上に飛び乗った。吹きすさぶ突風の中、センは屋根に這いつくばりながら、頭上を飛ぶ奴の姿を睨んだ。

奴の高度、速度、針路方向は先程とあまり変化が無く、悠々と飛行しているように見えた。


「奴は余裕たっぷりに見えます。アルマー、今が好機です!」

「了解!」


車は軽く右へと曲がり、奴の左側面を斜め後ろから見据える位置につけた。

アルマーはアクセルを目一杯ふかし、140キロ、150キロと速度を上げて奴にじわじわと接近していく。車と奴との直線距離が300メートルを切り、車の速度が170キロを超えた時、センは屋根の後端ギリギリのところに2本の足で立ち上がり、奴に対して左半身を前にした半身の姿勢をとった。

猛烈な風と車の揺れに耐えるべく、センは両足で屋根板を掴み、右手に握った槍を眼前に構えた。

視線を足元に落とし、ステップに使える屋根のスペースがどれだけあるか推し測ると———スペースは二歩分。それだけあれば十分だと、センは上空を飛ぶ奴の尾部に意識を集中させ狙いを定める。意識を集中させたセンの視界には、ターゲットを撃ち抜く理想的な投擲軌道がぼんやりと浮かび上がり、それはやがて弧を描く一本の線となった。


(いくぞ……!)


心の中でそう呟き、両足と槍を握る右腕に力を込めた。


黄色の灯火のように輝いた両目でターゲットを正面に見据え、センは左足を半歩前に真っ直ぐ突き出し、続いて右足を左足の前に出してクロスさせて、腰に力を溜めた。そして左足をもう一歩前に大きく伸ばして体幹をひねって更にエネルギーを蓄え、そのエネルギー全てを振るう右腕に伝達し、右腕を振り抜いて槍を放った。


鉄の槍はミサイルのようなスピードで空を裂いて、ターゲット目掛けて飛んでいった。


奴に向けて槍を放った後、それが命中したのかどうか、センはすぐに知ることができなかった。なぜならトモミが心配した通り、センはステップの勢いを殺しきれずに屋根に倒れ込み、そのままフロントガラスを滑り落ちてしまったからだ。どうにかボンネットにしがみつくことで車から落ちることだけは免れたが、アルマーが車を停止させるまで、センはほとんど身動きがとれなかった。

しかしボンネットにしがみついている間に、鉄板がひしゃげるような音と、それに続く野太い悲鳴が空から降ってきた。それでセンは作戦の成功を確信した。


ようやく車を停止させたアルマーは真っ先にボンネットの上のセンに駆け寄って、ケガはないかと訊ねた。


「私は大丈夫です。ヒヤッとはしましたが」

「そっか〜よかった〜」


アルマーは屈託の無い顔でセンの背中をポンポンと叩いた。

そこに車から降りてきたマイサとトモミが駆け寄ってきた。マイサは満面の笑みでセンに抱きつき、顔をうずめた。センはマイサの黒髪を撫でて、


「約束通り、帰ってきましたよ」


と明るく告げると、マイサはセンの服に顔を埋めたまま1回頷いた。


「マイサ、楽しかったですか?」


するとマイサは、今度は2回頷くと顔を上げ、


「お姉ちゃんたち、カッコよかったよ!」


と朗らかな大きな声で言った。

センはアルマーの方をチラと見ると、あちらではトモミがアルマーの手を握り、何度も頭を下げていた。

センは夜空を見上げ、奴の姿を探すと、奴はまだ東の空に浮いていた。しかしテールローターの回転は止まっており、垂直安定板も半分吹き飛んでいた。あれではもう飛行を維持できない。奴はぐるぐる回転しながら緩やかに落下し始めていた。

アルマーも同じように落下中の奴を見て、センに聞く。


「トドメを刺しに行く?」

「その必要はないでしょう。ほら、あれを見なさい」


そう言ってセンはシティ中心の方角の空を指差すと、そこには5、6人の鳥のフレンズの影があった。そのうちの一人は他の影よりも速いスピードでセンたちに接近してくる。目を凝らして飛んでくる影を見ていたアルマーが声を上げた。


「白の上着にあの腕章、あれ姉御じゃない? 警備隊が到着したんだ」

「あのセルリアンのトドメは警備隊にくれてやりましょう。事が面倒になる前に私たちは退散しましょうか」

「だね。さあみんな車に乗った乗った。安全運転で帰ろうね〜」


アルマーはマイサとトモミとセンを急かして車に乗せ、元来た幹線道路に向けて走り出した。


その道中、後方で突然パッカーンという爆発音が起きたので、4人は窓から顔を出して後ろを振り返った。するとマイサが真っ先に、


「わあ!!」


と驚いた。続いてセンとアルマーがアハハと愉快に笑い出し、最後にトモミが目を細め、うっとりと後方の景色を見つめた。

後方、シティ中心の街明かりが揺らめく真夏の夜空に、紅色の大きな花火が舞い上がり、咲いていた。



***



《後日談:夏の終りに》


マイサのポーチ探しから始まった一連の事件は、最終的に飛行型セルリアンの討伐という大仕事によって区切りがつけられた。よろずやがこの仕事で元々約束されていた報酬は、マダム・フラミンゴの店のコーヒー一杯のみ。これでは全く割に合わないので、センちゃんとあたしは”セルリアン討伐協力費”という名目で報酬を寄越せと、警備隊の姉御宛に請求書を送りつけた。すると姉御は不承不承、要求額の7割を支払ってくれたのだった。もっとも姉御のお叱り電話も一緒についてきたが。だがセンちゃんはいつものように、姉御の小言をハイハイと聞き流していた。そういうマイペースなところがセンちゃんの良いところなんだけどね。


ま、それはともかくだ。


あの事件の後しばらく、マイサは事あるごとに、あたしたちと過ごした時の思い出を楽しげに喋っては、またあたしたちに会いたいと呟いていたそうだ。そんなマイサを見かねたトモミお母さんが、先週”よろずや”に依頼のメールを送ってきた。

依頼の内容は、「月1回でいいから、放課後マイサを預かってくれないか」というものだった。もちろんセンちゃんとあたしはOKした。なぜならあたしたち”よろずや”はなんでも屋だから。頼まれれば託児所の代わりだってこなすのだ。


さてそろそろ15時、ポーチを提げたマイサが来る時間だ。お母さんからのメールによると、マイサは最近、陸上競技のクラブに入りたいと言い出し、そのクラブに入会したらしい。しかもそこにいた子どもやフレンズたちと仲良くなったそうだ。こりゃ色々な話が聞けそうだ。


呼び鈴が鳴ったので、あたしはソファーから起きて玄関に向かうと、玄関の扉の前でセンちゃんと鉢合わせた。センちゃんはあたしの顔をちらりと見てはにかみ、


「一緒にドアを開けますか?」

「そうしよう」


あたしはそう答え、ドアの鍵を開け、そして二人でドアを押して開けた。


「いらっしゃい! ようこそよろずやへ!」


ドアの向こうに立つ笑顔を浮かべた少女は、前よりも日に焼けて、少しだけ背が大きくなっているように、あたしたちには見えた。



File. 1 真夏の大冒険 おしまい

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