真夏の大冒険④

午後10時、一人台所に立ったセンは、コーヒーの出来上がりを知らせるコーヒーメーカーのアラームが鳴るのを待ちながら、頭の中で今日の出来事を時間軸に沿って整理していた。


まず、今日の12時頃に公園を通る車道で車の事故が起きた。それに反応して警備隊や機動隊が公園に出動してきた。機動隊がわざわざ出張ってきた理由は現在不明。

マイサがポーチを公園に置き忘れたのが13時前後。

学校が終わった後、マイサは公園に行ってポーチを探したが見つからなかった。これが14時30分前後。


「その後マイサはフラミンゴ経由で私たちに依頼をしてきた」


容器の中へとこぼれ落ちるコーヒーの雫をぼんやり見つめながら、センは呟く。


16時から17時、公園で聞き込みをしたところ、マイサの物らしきポーチがロボットによって拾得され運ばれているところを目撃したという、カヤネズミの証言が得られた。その証言が真だとすれば、ポーチは公園の事務所に届けられ、今夜中にシティ中央の落とし物センターに転送されているということになる。


「だから、明日の午前中に落とし物センターに行けばオーダーコンプリート……依頼としてはそれで終わりなわけですが、本当にそれで終わりなのでしょうか。

交通事故、機動隊の派遣、記憶喪失のカヤネズミ、今日の公園は明らかにイレギュラーが続いている。これは各事象が偶然重なったというよりも、事象が連鎖的に引き起こされたと考えるべき……」


コーヒーメーカーからジューと蒸気が上がると同時に、アラームが鳴った。センはマグカップに出来上がったコーヒーを注ぎ、それを持って”よろずや”の事務所に入った。


事務所内では、つい先ほどまでUNO大会が行われていた。かなり盛り上がっていたのだが、マイサが眠たいと言ってダウンしたため、大会はそこでおしまいになった。アルマーはソファーに座ったままうつらうつらしており、マイサはアルマーの膝の上に小さな頭を乗せ、身を丸めてスヤスヤと寝息を立てていた。


(いいなあ……)


センはマイサの首筋を羨ましそうに見つめると、何もなかったかのように飄々と横を通り過ぎた。そしてデスクチェアについてパソコンを開き、電子新聞の夕刊に目を通し始めた。朝と夜に新聞に目を通すのがセンの習慣なのだった。各見出しに軽く目を通しつつ画面をスクロールしていたが、あるところでホイールを転がす指が止まった。昼間の公園での交通事故についての短い記事が載っていたのだ。



本日正午頃、森林公園付近で車一台の横転事故が発生した。車には二人の男性が乗っており、ドライバーの男性(48)は足の骨を折る重症で、現在病院で手当を受けている。もう一人の男性(41)は軽症であり、警備隊本庁で事情を聞いている。この二人は、過去にパーク内の鉱石資源を盗掘した疑いがかけられており、警備隊及び機動隊は事故調査の他、盗掘の嫌疑についても捜査を進めるとしている。



またか、とセンは眉間に皺を寄せた。パークには他の地域にはない資源が多数存在する。そのため研究目的や、はたまた営利目的で許可なく資源を盗む不届者が時たま現れる。特にサンドスターの虹色結晶は、宝石としての価値も高く、海外で高値で取引されているため、盗掘被害が絶えないのだ。


(しかしサンドスターの虹色結晶は、物性が不安定で保管することが非常に難しく、輸送と保管には専門の知識と専用のケースが必須と聞いています。二人の盗掘者がそんな代物を持っていたのかは甚だ疑問です)


センは天井を見上げ想像する。もし公園で事故を起こした車に盗掘品、特にサンドスターが積まれていたとしたら……事故で車の積荷が車外に放り出され、散り散りになっていたとしたら……


(それが理由で、公園に機動隊がうようよいたのかもしれない)


虚空の一点を見つめるセンの目つきが細く鋭くなっていく。頭の中で段々と一連の事象がぼんやりと繋がっていく。


(あの記憶喪失のカヤネズミも気になる。マイサのお気に入りの飴を持っていたが、あれは偶然なのか。それとも……)


その時机に置いていたスマホがブルルルと振動し、着信を知らせる画面が点いた。センは虚をつかれて飛び起き、電話を取った。


「もしもし、よろずやさんでしょうか」


電話の主は女性。そうですが、とセンが応じると、女性は柔らかな声色で名乗った。


「ご無沙汰しております、シティ警備隊警備課課長のクロトキです」

「えっ、もしかして姉御あねご?!」


電話の主はまさかのクロトキあねご。センは驚いて思わず昔からのあだ名で呼んでしまった。クロトキの苦笑する声が電話口から聞こえてきた。


「久々に姉御って呼ばれましたよ。よろずやさんはお元気でしたか?」

「ええ、まあまあですかね。姉御こそ、シティを守る正義の辣腕警視としてすっかり評判じゃないですか」

「いやいや、そんなことは……それよりも、よろずやさんにちょっと聞きたいことがありましてね。今日の17時頃、森林公園にいたとスズメから聞きましたが、本当ですか」

「ええ」

「何をしていましたか」

「探し物ですよ。女の子がポーチを失くしたというので、公園を歩き回っていました」


するとクロトキは一瞬黙ってから、


「その際……何か不審なもの、例えばビンに入った綺麗な石を見かけたりしませんでしたか」


と聞いてきた。その瞬間、一筋の電流がセンの脳内を真横に貫いた。

クロトキが訊いてきたのは、おそらく瓶詰めのサンドスターの結晶。それが何かの拍子に紛失され———危険物の捜索のため、機動隊が出てくるに至った。センの頭の中で、全ての事象が一本の線でつながった。

センは試しに逆質問をクロトキに仕掛けた。


「見ていませんが、姉御も何かを探しているんですね。そして探している物はサンドスターの結晶、でしょうか?」

「……さすがですね」


クロトキはセンの推測に嘆息した。


「例のカヤネズミさんですが、こちらで調べた結果、今日新しくフレンズとなった個体である可能性が極めて高いと判定されました。それは即ち、今日のあの公園はフレンズを産めるだけの環境が揃っていたということになりますが、よろずやさんも知っての通り、このシティでそのような環境が自然に生まれることは非常に稀です」

「しかし今日、そのような環境が発生してしまった。その理由は横転事故を起こした車の積荷にあるのでしょう」

「そうです。よろずやさんを信頼して伝えますが、事故車には盗掘品のサンドスター結晶が入った小瓶が3つ積まれていました。うち2つは機動隊によって安全に回収されましたが、残る1つは見つかっていないのです。カヤネズミさんはおそらく見つかっていないサンドスター結晶に接触してしまい、フレンズ化したものと私は考えています」

「そしたら、カヤネズミさんを産んだためにサンドスター結晶が全て消費され、既に跡形もなく消えている可能性があるのでは?」

「そうかもしれませんが、依然残っている可能性もあります。結晶はセルリアンを産む危険性がありますから、警備隊としては一刻も早く結晶の入った瓶を発見したいのです」

「そうでしょうね」


センは相槌を打ちつつも、それは難しいだろうと内心呟く。なにせ既に蒸発してしまったかもしれないサンドスター入りの瓶を探すことになるのだ。クロトキもその困難さは当然認識しており、それ故こうしてセンのところに電話を掛けてきたのに違いない。


「相棒のアルマーさんも同じ時公園にいたんですよね。ちょっと聞いてもらえませんか?」

「いいですよ。少々お待ちを」


センは電話を保留にしてから、ソファーでコクリコクリと船を漕いでいたアルマーを起こした。


「むにゃ、何か用?」

「姉御から情報提供の要望がありましてね。アルマー、あなた今日の午後に公園に行った時、不審な瓶を見ませんでしたか?」

「ん〜見てない。おやすみ〜」


アルマーは寝ぼけ眼を擦りながらそう答えると、ソファーの座面に引き寄せられるように真横に崩れ落ち、再び目を瞑ってしまった。


「全くしょうがないですね」


センは呆れてため息をつき、電話の保留を解除しようとスマホに手を伸ばしたところ、ふと思い当たることがあり、ぴたりと手を止めた。


「マイサは……瓶を見ていたりしないだろうか」


アルマーが作ってくれた調書には、マイサは今日の13時頃と14時30分頃の2回、公園に行ったと書いてあったはず。その際に瓶を見かけていたかもしれない。

センはパソコンで調書を開いてマイサの行動歴を確認し、自分の記憶が正しいことを確かめた。そして少々申し訳なさを感じながらも、眠っているマイサの側まで寄って、その肩を軽く叩いて呼び起こした。起こされたマイサは寝癖のついた頭をもたげてむくりと起き上がり、トロンとした瞳をセンに向けてきた。


「マイサ、起こしてごめん。ちょっと聞きたいことがあるんですが」

「……なに?」


お気抜けの不機嫌な声でマイサは聞き返した。


「今日の昼間、公園で、変な瓶を見ませんでした?」


マイサはジトリとした目でセンをぼーっと見つめたのち、あっさりと呟いた。


「見た」

「なんですって?」


驚いたセンは目を見開き声を上げた。その声を聞きつけたのか、うたた寝状態だったアルマーもむくりと起き上がる。


「いつ、どこでそれを見たか覚えていますか?」


センはメモを用意してから尋ねると、マイサは首を横に小さく振って、


「見たっていうより、拾った。今日のお昼だったと思う」

「どんな瓶でしたか?」

「虹色にキラキラ光ってる水が入ってて綺麗だった。宝物にしようかなって思ってポーチに入れたの」

「ポーチに入れていた宝物ってそれのことかな?」


アルマーは跳ね起きてパソコンの調書を確認してから質問すると、マイサは頷いた。

センは確信した。警備隊が探していたサンドスターの結晶の瓶はマイサが拾っていたのだ。


「虹色に光る水ってマイサは言ってるけど、多分サンドスターだよね」

「ええ。サンドスターは固体、液体、気体のどの形態にも変化しますからね。盗掘した時は固体であっても、その後液体に変化することはありますし、気体にも変化し得……」


そこまで言いかけたところで、センは息を呑んだ。もしサンドスターの入っている瓶が密閉容器だったら、そしてその容器の中でサンドスターが気体へと変化したらどうなるだろうか。

それはペットボトルにドライアイスを入れて栓をするようなものだ。閉じ込められた固体は時間とともに、千倍以上の体積を持つ気体へと状態変化していく。ペットボトルの中は閉鎖空間であるから、次第に内部の圧力は高まっていき、容器の限界に達した時、破裂する。

このままではポーチの保管場所にいる職員が危ない。センはスマホを掴んだ。


「姉御! 瓶の所在がわかりました。公園の事務所かシティの落とし物センターにあると思います!」

「ええ?! 落とし物として届けられていたんですか?!」

「姉御は落とし物センターの方に連絡と、道路への車両の進入を制限して下さい。私たちは公園の方に駆けつけます!」


そう言うとセンは手首をくるくる回すハンドサインをアルマーに送り、サインを受け取ったアルマーはOKとサインを返すと、足早に部屋を出て行った。


「いやいや危険です。これは私たちに任せて、無茶はやめて下さい!!」


スピーカーの向こうでクロトキが語気を強めるが、センはそれに動じることなく返した。


「危険かもしれませんが、何も知らないであろう職員はもっと危険です。それに、瓶と一緒にポーチが木っ端微塵になると困るんですよ。こっちにも果たすべき依頼があるのでね」


センは電話を切ると、すぐ近くにマイサが立っていて、何をするでもなくひたすらセンをじっと見ていた。センは少し困惑して、


「どうしたの」


と尋ねた。するとマイサはセンを見つめたまま、


「どこかいっちゃうの?」


とぽつり。センは唾を飲んだ。

普通ならマイサは置いていく。危険だからだ。

しかしマイサの喜怒哀楽を今までつぶさに見ていたセンには、彼女の心の内がちゃんと分かっていた。


(マイサはきっと置いて行かれるのがいやなんだ)


それ故、センは彼女を置いていくという選択を捨てた。


(寂しさを一時でも忘れるには、言葉より冒険のほうがいい)


センは帽子をいつもどおり目深に被ってから、マイサに手を差し出し、そして微笑みかけた。


「行きましょう。一緒に」

「いいの?」

「ええ。あなたは私達が必ず守りますから。だから一緒に行きましょう」


それを聞いてマイサの顔がパッと輝き、センの手に飛びついた。

嬉しさではしゃぐマイサを見つめながら、センは自分の選択が正しかったのか今一度自分に問いかけ、そしていつもの結論に行き着く。


———アルマーと一緒なら、できる。


外で車のクラクションが2回鳴ったのを聞いてセンとマイサは我に返った。


「びっくりした。なんだろう?」

「アルマーから準備完了の合図ですよ。マイサ、心の準備はいいですか?」

「うん!」


マイサは大きく頷いた。


「それなら行きましょう!」


センはマイサの手を引き上げて胸の前で抱えると、大急ぎで家を飛び出して階段を降りた。そして階段の下でハザードランプを炊いているランドクルーザーの助手席に飛び込んだ。


「マイサにヘルメット着けてあげて」


運転席に座るアルマーが小さめのヘルメットをセンに寄越したので、センはマイサにヘルメットを着けさせ、自分の膝の上に座らせた。そしてマイサの胴を左腕でがっしりと保持した。


「準備OK? じゃあ出発!」


アルマーは高らかに叫びシフトレバーを倒し、ペダルを踏み込んだ。すると車はスルリと動き出したかと思うと、滑らかにスピードを上げ、側道の細い路地を速度を保ったまま縫うように通り抜けて、あっという間に森林公園からシティ中心へと向かう幹線道路に合流した。並のドライバーであれば10分かかるルートを、アルマーはその半分の時間で軽々と走破してみせた。


「アルマジロのお姉ちゃんって、フレンズなのに運転できるの?!」


アルマーの手際の良いハンドルさばきを見ていたマイサがびっくりして聞くと、アルマーはニヒヒと笑って、


「そうだぞ。ブタだっておだてりゃ木に登るんだし、アルマジロだって車の運転くらいできるってもんよ」


と、冗談めかして答えた。


「これが私の相棒アルマーの特技です。乗り物に関しては、アルマーはまじでスゴいですよ」


センの言葉を聞いたアルマーはまた笑い、今度はセンに逆襲する。


「あたしの特技はぶっちゃけコレだけ。センちゃんは何でもできるよ。頭いいし、腕力あるし、投擲うまいし、あたしより足速いし」

「足についてはあなたが太り気味なのが原因でしょう」

「それは言わない約束だよ!!」


車はさらにスピードを上げて、他に走る車両のない幹線道路を走ってゆく。道路沿いに並んでいた建物や街路樹は、森林公園を境にだんだんと疎らとなってゆき、しまいには左右に見えるものは街灯だけになった。遠くに見えるシティ中心部のギラギラとした街明かりを目指して、ランドクルーザーは未開発の広々とした暗い荒れ地を彗星の様に真っ直ぐ突き進む。


「ところでこの道路をシティ中心に向かって進んで行けばいいわけ?」


アルマーが聞いた。


「そうです。姉御が手を回してくれたのか、ついさっき落とし物センターを管轄している総務部から連絡がありました。それによると森林公園の落とし物は既にスタッフによって車に積み込まれ、現在幹線道路を通るルートを走行中。ドライバーへの警告はたった今おこなったとのことです。

車を運転しているのは、総務部の係長のトモミ・トダ……」

「それ、お母さんだ! お母さんの名前!!!」


マイサは顔を真っ青にして息を呑んだ。

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