真夏の大冒険③
シティの治安を守るフレンズの警備組織「警備隊」の本庁は、シティ中心部の4階建ての高層ビルの4階にあった。4階建てというと、さほど高いビルではないように思えるかもしれないが、シティはあくまでパーク内に建設された小規模な計画都市であり、警備隊本庁ビルより高い建物は他に数えるほどしかない。そのため本庁の4階の窓辺に立って外に目を向ければ、目下に広がるシティの街並みをほとんど一望できるのだ。
今、ちょうど本庁最上階の窓辺で双眼鏡を片手に、夕暮れ色に沈んでゆく美しい市街を真剣に見守る、黒髪を長く伸ばした鳥のフレンズがいた。
「クロトキ課長!!」
部下の呼ぶ声を聞き、そのフレンズ、クロトキはしゃらりと振り返る。クロトキを呼んだのはスズメ隊員であった。
「ご苦労さまです。森林公園の交通事故の件は片付きましたか?」
クロトキがさらりと尋ねると、スズメはコクリと頷いた。
「事故の方は遅滞なく処理しました。しかしですね、それとは別件でちょっとおかしな事がありまして」
「何でしょう?」
「事故の処理を終えて本庁に戻ろうとしていた時に、挙動不審なフレンズが他の人に連れられて私の所にやって来たのです。カヤネズミと名乗るフレンズなのですが、話を聞く所によると、彼女は今日までの記憶が一切無いらしいのです」
それを聞いた瞬間クロトキの目がキラリと光った。
「妙ですね」
「はい。セルリアンに襲撃されて記憶を盗られたのか、それとも新しく生まれたフレンズなのでしょうか」
「このシティはサンドスターを遮るバリアに囲まれていますから、フレンズが生まれることは稀ですし、セルリアンの出現も殆ど無い。スズメさんが提示してくれた可能性は本来どちらも薄い線です」
「そうですか……」
肩を落とすスズメを見て、クロトキは微笑を浮かべ、
「しかし、万一セルリアンやフレンズを産みやすい環境がシティ内に発生していた場合は、その限りではありません。そして実は、今日の昼間のあの公園の環境は、正にそういう状態になっていたのですよ」
「そ、それは一体……」
「さっき機動隊から情報提供があったのです。ひとまずカヤネズミさんから話を聞きましょうか。ここに来て頂いているのでしょう?」
「はい。応接室で待ってもらっています」
「わかりました」
クロトキはスズメに向けてニコリと微笑むと、デスクの上に置いていた腕章を左袖に着けた。真っ白な上着に、先輩から譲り受けたつつじ色の腕章。これがシティ運営委員会公安部警備課課長・クロトキの仕事姿だ。
「ところで……」
応接室に向かおうとしていたクロトキが歩きを止めて、スズメを振り返り思い出したように聞いた。
「カヤネズミさんをあなたの所に連れてきた人たちは、どんな人でした?」
「2人のフレンズに1人の小さい女の子の3人。フレンズの方は確か———センザンコウとアルマジロだったような」
するとクロトキは眉をピクリとさせ、
「その二人、よろずやさんかな? センザンコウの子の目つき、どんなだったか覚えてないかしら?」
「うーん、ギロッとしていて目つきは悪かったような」
「やっぱりよろずやさんだ」
「お知り合いですか?」
「ええ、ちょっとばかし。彼女、頭は良いけどとんだじゃじゃ馬ですから、今度から注意するといいですよ」
そうアドバイスするクロトキの顔は、自分の娘のやんちゃぶりに困り果てる母親のようだった。
***
一方その頃センたちは、近所のスーパーで適当な食材や惣菜を買い終わり、二人の事務所兼住居に帰ってきていた。
マイサの母親には電話で連絡をつけ、今夜はよろずやでマイサを預かることが正式に決まった。マイサの母親は「本当にご迷惑をおかけしすみません」と平身低頭していた。
二人の間に挟まって上機嫌なマイサは、二人よりも先にアパートの階段を駆け上がり、”よろずや”と書かれた看板の出ている扉の前で立ち止まった。
「そう、そこが私達の家です」
センは201号室の扉の鍵を回し、扉を開け、マイサを自宅の中に入れた。
二人の自宅はアパートの2階の2DKの部屋。二つあるリビングのうち一つを寝室に、玄関に近いもう一つの方にデスクやソファーを置いて、”よろずや”の事務所として使用していた。
センはとりあえずマイサを事務所の部屋に通した。マイサは事務所のソファーにどすんと腰を下ろし、辺りを興味津々に見回し始めた。おそらくこれまで誰かの家に上がる機会があまり無かったのだろう。マイサは気になった品を逐一指差してセンに尋ねる。
「あれは?」
「本棚ですね。書類とか資料とか、あとアルマーの漫画なんかが入ってます。漫画読みたいですか?」
「ううん、あんまり読まない。あの壁に掛かってる丸いのは?」
「あれはダーツですよ。的あてゲームです。ただ遊びすぎて矢が壊れちゃいまして、だから今はこうして遊んでいます」
そう言うとセンは自分の鱗を一枚取って縦に割り、右手でそれを的目掛けて放り投げた。鱗は一直線に飛び、的のど真ん中に突き刺さった。
「おおー」
目を丸くしたマイサを見て、センは照れながら「こういうの得意なんですよ」と得意げに鼻を鳴らした。
そこにアルマーが夕飯ができたと伝えにやってきたので、センはマイサを連れて、食事が用意されている別室のダイニングテーブルについた。食卓の上にはエビのサラダや野菜炒めとその取り皿、それから主食用のジャパリまんプレーン味。
3人は手を合わせ、
「いただきます!」
そして一斉に大皿に手を伸ばした。
「3人で夕ご飯食べるのなんて、ひさしぶりだなぁ」
大きなジャパリまんをいっぱいに頬張りながらマイサが嘆息した。
「ああ、マイサのお父さんはパークの外でお仕事しているんでしたね」
「うん。だからあんまり会えない。最後に会ったのは今年の春。あ、写真あるんだよ!」
そう言うとマイサは箸を置き、スカートのポケットからスマホを取り出して、一枚の写真を2人に見せた。その写真は東京タワーらしき赤い高鉄塔をバックに、マイサとその両親を映したものだった。父親に肩車されて笑顔を見せているマイサの腰あたりには、例の水色の丸いポーチがあった。
センはその写真をジッと見つめて、
「お母さんとご飯を一緒に食べることは?」
「最近お母さんもパークスタッフの仕事が忙しいみたい。だから1人でご飯食べることも多いの」
「それはちょっと寂しいね」
「……でもしょうがないよ。お母さん忙しいんだから」
マイサは健気にそう答えるが、その笑顔は作り笑いで、テーブルに置かれた小さな手は小刻みに震えていた。彼女が精神的に無理をしていることはセンにもアルマーにもはっきりと見てとれた。
他者との関わりと愛情の絶対的不足。そしてそれを我慢しよう頑張る健気さを子供ながら持ってしまっていたことが、余計に彼女の心にストレスをかけていたのだ。
「マダム・フラミンゴは気づいていたんだな」
アルマーはフラミンゴの観察眼に感服しため息をついた。けれど次の言葉がなかなか出てこなかった。センも同じだった。
2人は大人として、心の隙間を持つマイサに対して、何かしら救いの手を差し伸べてあげたかった。しかしマイサの問題の原因はマイサの家庭の事情にあり、2人の手が届く範囲ではなかった。
どうしようと訴えかけるような視線をアルマーがセンに向けて送ってくる。
(それでも、マイサの感じている寂しさを少しでも和らげるために、私達ができることはあるのだろうか……)
センは散々考えあぐねた末、結局、
「ご飯食べたら、みんなでゲームでもしましょうか」
と当たり障りのない、姑息な言葉がけしかできなかった。それでもマイサは笑って「やる!」と言ってくれた。2人はそんなマイサに健気さを感じつつも、自分たちの無力さを目の当たりにして唇を噛んだ。
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