真夏の大冒険②
機動隊がいたのは南の広場が中心だったようで、そこからある程度離れると機動隊員の影はどこにも見えなくなっていた。
「もう大丈夫だよ」
センがそう言うとマイサはふーっと息をつき、握っていた手を緩めた。
「怖かったの?」
「うん。ああいうカンジの人、ここじゃ全然見ないから」
「わかる〜」
「確かに、彼らは近寄りがたい雰囲気を持っていますからね。決して悪い人たちじゃないんですけど、マイサちゃんと同じ様に、彼らのことを怖がるフレンズもいます」
「あたしもあんまり好きじゃないよ。無愛想だしさ。前にあった機動隊員なんか酷かったよ。マジで引っ掻いてやろうかと思った」
「私はそこまで悪印象を抱いてないですが」
「じゃあセンちゃんが会ったそいつは当たりだったんだよ。機動隊員ガチャだね」
センとアルマーは歩きながら雑多なおしゃべりを交わす。その様子を、二人の前を歩いていたマイサはチラチラと何度も後ろを振り返り、その度に妙に楽しそうに笑うのだった。
3人はちょうど南の広場と西の広場の間にある陸橋を渡っていた。橋に直交するように伸びている道路を、車がひっきりなしに行き交っている。
公園の地図によると、この道路はこのシティの中心部へと繋がっており、公園の中を貫通している道にしてはかなり交通量が多い。だからこそ陸橋が架けられているのだろう。
「あの広場!」
前を歩いていたマイサが橋の前方を指差すと、その方角へと一目散に走って行ってしまった。やれやれと二人は苦笑して少し速歩き気味になって後を追うと、西の広場に入ってすぐ近くのベンチの前で、マイサは待っていた。
「この近くでポーチを失くしたんですね?」
「うん。そこの木の下に置いておいたんだけど」
マイサは少し肩を落とし、ベンチの斜め後ろに生えている桜の木を指差した。センはその木の周囲をぐるぐる回って水色のポーチが落ちていないかと検索したが、それらしき物は見つからなかった。
「困りましたね、どこにもない。それにこの広場は結構広いです」
センは唇を尖らせ、汗ばんだ金色の髪をごしごしと掻き上げる。
「ひとまず手分けしましょう。アルマーはこの広場を中心にポーチが落ちていないか探してみてください。私とマイサも探しつつ、広場にいる人に聞いて回ります」
「オッケ〜」
アルマーはニコリと笑うと、広場を囲む林の中へと入って行き、二人はそれを見送った。アルマーの姿が見えなくなった後、
「じゃあ、わたしたちは聞き込みする?」
そんな探偵っぽいことをマイサが言い出したので、センはパチンと指を鳴らし、
「そうしましょう。とりあえず、そこで日向ぼっこしているあのフレンズから聞いていきましょうか」
センはマイサの手を引いて、広場にちらほらいる人々に、水色のポーチを見かけなかったかと尋ね回った。5人、10人と聞き込みを続けたものの、残念ながら成果は芳しくなかった。しかしそんな結果とは裏腹に、センの横にくっついて歩くマイサの表情はどこか楽しげであった。まるで年の離れた姉と探偵ごっこをして遊んでいるかのような、キラキラした笑顔を浮かべている、センにはそのように見えた。
40分ほど聞き込みを続けた後、喉が乾いたとマイサが言うので、折角なのでセンは広場の端にある自販機で缶ジュースを買ってあげることにした。マイサは大喜びでセンから冷えたジュースを受け取ると、自販機にもたれかかりながらゴクゴクとジュースを飲み出した。
「なんだか探偵さんとか刑事さんになったみたいで、楽しいね」
美味しそうにジュースをすすりながらマイサが言う。
「そうね。何を隠そう実は私、探偵の仕事もしているんですよ。だから今のマイサちゃんは探偵の助手ということになります」
「ほんと? やったぁ。そういえばあのアルマジロのお姉ちゃんも、お姉ちゃんの助手なの?」
「ちょっと違いますね。私を手伝ってくれてはいるけど、アルマーには私には無い別の特技があって。なんというか、助手じゃなくて相棒ですね」
「相棒?」
「あいぼう。お互いに信じあっている仕事仲間、友達みたいなものよ」
「そっかぁ、お友達か……いいなあ」
マイサは嘆息し、少し日の傾いた空を見上げた。
「学校にお友達は?」
「いるよ。でも年上だったり男の子だったりで、私くらいの女の子が少なくて、あんまり遊べないんだ」
「そっか、それはちょっと寂しいですね」
マイサは何も言わずに小さな顎を引いて、手元の缶ジュースに目線を落とす。そのせいで少し丸まったマイサの背中が余計に小さく見えた。
センはそんなマイサに憐れみの目線を投げかけながら、チラチラと周囲にも目を向けた。そうしていると、
「おや、アルマーがあそこで誰かと話し込んでいる」
二人のいる自販機からそれほど遠くない、広場を取り囲む歩道の上で、アルマーともう一人が話しているのが見えた。しかも何やらモメているようだった。
全く世話が焼ける、とセンは面倒くさそうにため息をつきながらも、その足は勝手にアルマーの方へと向かっていた。置いていかれたマイサは慌ててジュースの空き缶をゴミ箱に放り入れると、トコトコとセンの後を追った。
「あ、センちゃんセンちゃーん!」
近づいてくるセンに気づき、アルマーは助けを求めるように頭上で手をバタバタと振った。
「ちょっと大変なんだよ。このカヤネズミってフレンズなんだけどさ、自分の名前以外なんにも覚えていないみたいで、それで困っているんだって」
「それは大変だ。カヤネズミさん、私達でよければ力になりましょう」
「ほ、本当ですか! 助かります!」
アルマーの隣でオドオドしていたカヤネズミは、小柄な身体を何度も折ってお辞儀した。
「それではお聞きしますが、あなたが覚えている最も古い記憶はなんですか」
「……すみません、気づいたらあの辺りの木々の中に倒れていたもので。それより前の記憶は全然ありません」
カヤネズミは困り顔をして、センたちが通ってきた陸橋近くの林を指差した。
「誰かに襲われたような覚えは?」
「ありません」
その後もセンはカヤネズミに対し日時や場所などを尋ねてみたが、いずれの質問に対してもカヤネズミからまともな回答は得られなかった。
(完全に記憶が失われている。まるで新しく生まれたフレンズや、セルリアンに記憶を丸ごと持ち去られたフレンズみたいだ。しかし、ここシティの環境ではいずれの場合の可能性も考えにくい)
センはカヤネズミへの質問を切り上げ、しばし考えてから、
「カヤネズミさん。ひとまず警備隊に相談してみると良いと思います」
と伝えると、カヤネズミは縮み上がって、
「け、け、警備隊?」
「大丈夫、フレンズのための警察組織です。おそらくそこに行けば、戸籍の登録や照会の手配をしてくれるはずです」
「そ、そうなんですか」
「そのへんに警備隊が誰かしら来ているはずですから、この後探してみましょう。あ、そうそう。もし警備隊に行ったあとで何か困ったことがあったら、ウチに相談に来てくださいね」
と言ってセンは鞄から名刺を取り出してカヤネズミに手渡した。カヤネズミは戸惑いながらもそれを受け取った。
「その勧誘はちょっとゴーインなんじゃないの〜」
横からアルマーが茶々を入れる。
「アピールはちょっとゴーインなくらいがいいんです。それにこういう縁が後々の仕事につながることだってあるんですから」
「でもまずは目の前の仕事をなんとかしないとじゃない? マイサのポーチ、どこにも見当たんなかったよ」
「む、そうですか……こっちも手がかりはゼロでした。どこいったんでしょう、水色のポーチ」
参ったな、と二人が日の傾きかけた空を仰ぎ嘆息したかけたところ、意外なことにカヤネズミが、
「あの、もしかしてポーチを探しているんですか。それでしたら私、見ましたよ」
と言ったので、センとアルマーは一瞬にして目の色を変え、いつ、どこで見かけたのかと矢継ぎ早に聞いた。するとカヤネズミはたじろぎながら次のような証言をしてくれた。
「1時間くらい前ですかね、私が林の中でウロウロしていた時に、ロボットが水色の丸いポーチを上に乗せて移動していくのを見かけました」
「ロボット? どんなやつ? ラッキービースト?」
「そのラッキーなんとかっていうのはわかりませんが、大きいゴミ箱みたいなロボットでした」
「多分、公園を掃除してくれている自律ロボットだね。彼らは落とし物を見つけたら、それを回収して公園の事務所に届けるシステムになってる」
「なるほど、マイサのポーチはロボットによって既に公園の事務所に送られた可能性があるということですか」
センは膝を打った。ようやくマイサのポーチの行方についての手がかりを手に入れたのだ。すぐさまアルマーに公園事務所に電話をかけるよう指示を飛ばす。
「はーい」
アルマーがスマホで電話をかけている間、センは情報をくれたカヤネズミに礼を言うと、カヤネズミは卑屈にも思えるくらい謙遜し、またペコペコとお辞儀して、
「こちらこそ困っている所を助けて頂いてありがとうございます。何かお礼がしたいのですが、あいにく何も持っていな……あ、そういえば———」
何かを思い出したようにカヤネズミは上着のポケットを手探って、
「こんなものでよければ」
とセンに手渡した。それは袋包みの大きな飴玉4つだった。頂きますとセンは言って、飴玉をポケットにしまった。
「そうだ、後ろにいるお嬢さんもいりませんか?」
カヤネズミが軽く身をかがめてセンの後ろを覗いたので、センも背中を振り返ると、そこにはマイサがいた。いつからいたのかは分からないが、センとカヤネズミが会話している間、センの背中に隠れていたらしい。
カヤネズミに突然話しかけられて、マイサはきょろりとした両目をカヤネズミに向けたままもじもじしていた。どうやらマイサは、フレンズに対しても人見知りが発動してしまう性格のようだ。センはそんなマイサの背中をそっと押してやることにした。
「マイサ。カヤネズミさんはあなたのポーチの在り処を教えてくれた人なんです。まずはお礼を言いましょうか。ありがとうございます」
センが手本を見せるようにして頭を下げると、マイサもそれに習いおずおずと頭を下げて、
「ありがとう、ございました」
と言った。
どういたしまして、とカヤネズミはニコリと笑い、飴玉を二つマイサの手に握らせた。手のひらに置かれた飴玉を見るなり、マイサの表情がぱっと明るくなった。そして嬉しそうに、
「この飴私もお気に入りなんだ。ありがとう、カヤネズミのお姉さん!」
と言って包みを開けて飴玉を口に入れ、舌で転がしニコニコ顔になった。
その後センたちは、事故のあった道路の近くにいた警備隊のスズメ隊員に、事情を伝えてカヤネズミを保護してもらった。カヤネズミと別れた時には17時を過ぎており、空は茜色に染まりつつあった。3人は来た道を戻り、陸橋の上を歩いている。
「なんだかポーチを探しに来ただけだったのに、色々あったね〜」
夕焼け空を見上げながらアルマーがしみじみ呟く。
「本当ですね。まあポーチの在り処もわかったし、カヤネズミさんの力になれたし、仕事はしましたよ。それよりも、公園事務所にかけた電話。あれはどうでした?」
「事務所は16時半で閉まっちゃうらしくて繋がらなかったよ。調べたら、公園での落とし物は夜のうちにシティ中央の落とし物センターに運ばれるみたい」
「じゃあ今日は引き上げて、明日落とし物センターに行けばいいですね」
「そだね」
「そしたらマイサは家に帰りなさい。明日の放課後に一緒に取りに行きましょう」
センが何気なく伝えると、マイサはすぐに小さく「うん」と頷いたが、その顔は暗かった。そして頑張って合わせていた歩幅が小さくなっていき、ついには止まってしまった。
「マイサ?」
二人は後ろを振り返った。夕陽を背にして、ポツリと立つマイサの顔は影に沈んでしまっていたが、そのシルエットには、ショッピングセンターで親とはぐれてしまった子どものような心細さが滲んでいた。もちろん二人もその雰囲気を確かに感じ取っていた。
「どうしたの?」
アルマーが聞いた。しかしマイサは何も答えない。
「もしかして、一人で帰るのが怖いとか?」
「そんなことないもん」
「じゃあどうして、そんなに淋しそうな顔してるのさ。おねーさんはそれがとても気がかりなんだ」
「……」
「あんたが今抱えている気持ち、それをそのまま言葉にすればいいのさ。それは恥ずかしいことなんかじゃないんだよ」
「……」
「そうしたら、あんたの気持ちが相手にちゃんと伝わる」
マイサはそれでもしばらく両手でスカートの裾を握ったまま立ち尽くしていたが、意を決し、固く結ばれていた口をようやく開いた。
「……今日は、お母さんがお仕事で明日の朝まで帰ってこなくて、家に帰っても一人なの。それにお姉さんたち二人と遊べたみたいで楽しかったから、だから、よけいに、帰りたくないなって……」
マイサは泣き出しはしなかったが、その声は鼻声であり、話し終わった後に鼻をすするような音が何度か聞こえた。
マイサが懸命に紡ぎ出してくれた訴えは、センとアルマーにしっかりと届いていた。センはアルマーと顔を見合わせて、それからなんとなく宙に目をやって、
「冷蔵庫ってどうでしたっけ」
ととぼけたように尋ねた。するとアルマーもそれに呼応してニヒヒと笑った。
「すっからかんだよ。買って帰ろうか、3人分」
そしてセンとアルマーは、キョトンとするマイサを置いて駆け出した。慌ててマイサは二人を追いかける。駆け寄ってくるマイサに向かってセンは言った。
「さあ、早く帰ってこない子には晩ごはんあげませんからね」
マイサは髪を振り乱して走って二人に追いつき、並んで走る二人の間に飛び込んだ。
「いじわる!!」
広げた両手で二人の腕を掴んでマイサは叫んだ。その時の頬と耳を赤くしたマイサのくすぐるような笑顔があまりにも可愛らしかったので、二人も自ずと笑みをこぼした。
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