File. 1 真夏の大冒険
真夏の大冒険①
ジリリリリリリ———
出動を知らせるベルがジャパリパークの機動隊の詰所にけたたましく響いた。正午の昼食休憩を知らせる放送がかかるまであと数分というところだったのに、代わりに鳴ったのは出動ベル。
機動隊員たちは昼飯を食い損ねたと口惜しそうに言い合いながら、ドタドタと慌ただしい足音を立てて控室から飛び出し、制服を羽織り車両に飛び乗る。
「出動先は?!」
機動隊の隊長が無線で管制官に呼びかける。すぐに返事があった。
「場所はシティ第6幹線道路沿い、森林公園付近。車1台の横転事故」
「交通事故? それは俺たちじゃなくて
隊長はやや不機嫌そうに聞き返すと、管制官は少し間をとってから、内密な話をするような低い声で言った。
「事故車に危険物が積まれていたんだ。その捜索が君たちの仕事だ」
「危険物だって?」
「仔細は追って連絡するが、これは極秘の事件として扱う事になっているとの上からの指令だ。とにかく現場に急行してくれ。一旦通信を切る」
通信の切れるプツリという音がした。
***
「依頼したいことがある」
電話の掛手はそう言ってきた。電話の受手のセンは、平静を装いつつ二つ返事で依頼を受諾して電話を切ると、浮ついたステップで相棒のいる隣の部屋に飛び入った。部屋の中では相棒のアルマーがソファーに寝そべり、暇そうに漫画雑誌をパラパラとめくっていたが、センが部屋に来たことに気づいて雑誌を手放し丸っこい目をセンに向けて、
「どうかしたの?」
と気の抜けた声で聞いた。
「依頼が来たんですよ」
センが告げると、アルマーは耳をピクリとさせてソファーから跳ね起きた。
「まじ?! どんな依頼?」
「詳細はこれから直接聞きに行きますが、依頼者はコバシフラミンゴさんです」
「喫茶店のマダムか。何の用だろう」
「早く店に来て欲しいとのことですから、すぐ出ますよ」
センは早口で伝えつつ、デスクの上にあったメモ帳やノートパソコンなどを手早く鞄にぶちこんで、
「早く行きましょう」
とアルマーを急かしてさっさと部屋を出て行ってしまった。アルマーも雑誌をマガジンラックに戻し、さっと髪を梳かして帽子を被る。
「はいはい。それにしても張り切ってるね〜」
「そりゃそうですよ。一週間ぶりの”よろずや”の仕事ですから」
「それじゃああたしも気合い入れて行こうっと〜」
そうして”よろずや”の二人、オオセンザンコウのフレンズ・センと、オオアルマジロのフレンズ・アルマーは、揃って夏の太陽が高く浮かぶ空の下へと飛び出した。
ここは動物が変身した「フレンズ」と「ヒト」の国、ジャパリパーク。そしてこれは、パークに生きる探偵兼なんでも屋の二人のフレンズが解決した、ある夏の事件の話である。
***
依頼主である電話の掛手、マダム・フラミンゴの喫茶店はセンとアルマーの事務所兼住居から徒歩10分程度のところにあった。ペンキの剥げかかった木の扉を引いて薄暗い店内に入ると、オレンジ色の卓上ランプでぼんやり照らされたカウンター席に一人の客が座っているのが見えた。カウンターの中に立ってコーヒーを淹れていた店主のフラミンゴはセンたちが来たことに気づき、
「おや来たね。ここに座んな」
と、いつも通りの素っ気ない口調で目の前のカウンター席を指さした。二人は言われた通り、既にいる客から一席とばした席についた。するとフラミンゴは「これはアタシの奢り」と言って二人の前に湯気の立つコーヒーを置いた。
「マダムが奢ってくれるなんて珍しいですね。よほどの事態が起きたのですか?」
センがコーヒーを啜り一息ついてから尋ねると、フラミンゴは手を振った。
「アタシじゃないよ。そこにいる女の子が困り事を抱えてんのさ。聞いてやんな」
「女の子?」
フラミンゴが親指で指したのは、センから2席離れたカウンター席に、ちょこんと座っていた先客の女の子。しかしその子は、喫茶店の大人な雰囲気が全く似合わない位に幼い背格好をしていた。頭の先から靴までさっと観察してみると、彼女はこの近くにある小学校の制服である丸襟のブラウスと緑色のスカートを身に着けている。小学生、それも低学年の子どもだろうとセンは予想した。
「ほらマイサ。ここにいるお姉さんたちに困っていることを話してみな」
フラミンゴにそう促されて初めて、マイサと呼ばれた女の子は机の下でぷらぷらと揺らしていた足を止めて顔を上げ、ゆっくりとセンの顔を覗き込んだ。
この女の子は一体どんな依頼をしてくるのだろう———
センはうずうずとはやる気持ちを抑え、年上のお姉さんらしい落ち着いた声色で女の子に話しかけた。
「こんにちは。私はオオセンザンコウのフレンズのセンといいます。後ろにいるのは私の相棒のアルマーよ。あなたのお名前、教えてくれないかしら?」
「……わたし、マイサ」
マイサは上目遣いにセンを見つめ、答えてくれた。
「ありがとう。私達はひとの困っていることを解決するお仕事をしているの。よかったらマイサちゃんの困っていること、私に話してくれないかしら?」
するとマイサは少し間を置いてから、コクリと頷いた。
「あのね……お父さんからもらったポーチ、なくしちゃったの」
「なくしたっていうのは落としたの? それとも盗まれちゃったの?」
「公園に置きっぱなしにしちゃって。後で戻って探したんだけど、見つからなくて」
遺失物の捜索。それがマイサの依頼だそうだ。
まずは依頼に必要な情報を収集するため、センはマイサから自信の行動歴などの細かい話を聞き、それをアルマーがパソコンにてきぱきと記録していった。15分ほどの事情聴取の末、以下のような調書が出来上がった。
Case File No. XXX 7月15日15時40分
依頼人:トダ マイサ(ヒト/7才) サンカイエリア・シティ在住の小学校1年生。パーク職員の子女が通うパーク内学級初等科に通学している。
依頼内容:大切なポーチを探して欲しい。
行動歴:本日7月15日12時30分、学校給食を食べ終えた後、いつものようにポーチを持って学校近くの公園に遊びに出た。
12時40分〜13時10分、公園に一人で行き、ブランコに乗るなどをして遊んだ。この際、ポーチは公園の木の根本に置いたらしく、身につけてはいなかった。
13時10分〜13時20分、次の科目が着替える必要のある体育であったことを忘れていたため、大慌てで公園から学校まで戻った。
14時頃、体育の授業中に公園にポーチを忘れてきたことに気づく。
14時30分、下校時間。下校後すぐに公園に来て、思い当たる場所を探してみたが見つからなかった。その後たまたま公園にいたマダム・フラミンゴに声をかけられ、今に至る。
「ところで、失くしちゃったのはどんなポーチかな?」
アルマーがキーボードを打つ手を止め、手元を見つめているマイサに尋ねた。
「水色で丸いポーチ。お父さんに買ってもらったの」
「水色で丸い、ね。サンキュー。中にどんな物が入ってた?」
「飴とかお菓子とか。あとね、宝物が入ってた」
「宝物? どんな?」
「わかんないけど、拾ったの。すごくキラキラしててキレイだった」
「キレイな石、的な?」
「うん」
マイサが拾った物は一体何なのか、アルマーにはさっぱり分からなかったが、ひとまず調書にはマイサが述べたように記載しておき、パソコンをセンに返した。センは画面をスクロールして調書に一度目を通してからアルマーに話しかける。
「失くしてからそれほど時間は経っていないですし、案外まだ現場にあるかもしれませんね」
「そうだね。一応落とし物センターにも連絡しておこうか?」
お願いします、とセンは再びアルマーにパソコンを渡した。それから再びマイサへと顔を向け、なるべく優しさあふれる眼差しを投げかけた。
「マイサちゃんの困っていることは、大体わかりました。とりあえず、ポーチを失くしてしまった場所に行って、もう一度探してみましょうか。私達も探すのを手伝いましょう」
するとマイサはいきなり目を輝かせ、高いバーチェアからぴょいと飛び降りると、
「ほんと?! フレンズのお姉ちゃんありがとう!! じゃあ行こ!行こ!」
とセンの腕を強引に引っ張って店の出口へとぐいぐい進んでいってしまう。
「ほら早く!」
「わかった、わかりましたから!」
子どもらしい無邪気な自分勝手さにセンは降参し、マイサに引かれるがまま店の外へと連れ出されてしまった。
後に残されたアルマーは呆れて笑いながら落とし物センター宛のメールを書き、それを書き終えるとセンが席の下に置き去りにしていった鞄にパソコンをしまった。それから鞄を持って席を立ち、カウンターの向こうでコーヒーカップとグラスを洗っているフラミンゴにちょいと話しかける。
「ずいぶんと元気のいい子だね」
「子どもだからね、感情の出し方がまだ下手なのさ」
「ふーん?」
「それだけ普段、自分の気持ちを押し殺しているんじゃないのかね。わかるかい、アルマー嬢?」
首をかしげるアルマーを見てフラミンゴは強かに笑い、しっしっと手を振った。
「ほら、セン嬢が外で待っているだろう。早く行っておやり」
「はーい。それはそうと、今度の依頼の報酬はマダムからもらう方向で」
「んだよ、ケチだねぇ」
「小学生から報酬とるわけにはいかないからね」
「……チッ、わかったよ。今度コーヒーもう一杯奢ってやるから、さっさとあの子のポーチを見つけておやり」
「よっしゃ、依頼はあたしたち”よろずや”が引き受けた!」
これでもかというくらいの満面の笑みとガッツポーズをアルマーはフラミンゴに見せつけると、上機嫌に口笛を吹きながら店を出ていった。フラミンゴはカウンターに残された、アルマーの使ったカップを片付けながら、
「あーあ。どうせ暇だろうからって、あいつらに頼むんじゃあなかった」
と口惜しげに呟き、センとアルマーが出ていった扉に目を向け微笑を浮かべた。やがて店は平時の静けさに戻っていった。
マイサがポーチを失くした公園というのは、喫茶店から歩いて15分の場所にある自然公園らしい。セン、アルマー、そしてマイサは戸建ての平屋が並ぶ閑静な住宅街を抜け、公園の入り口にやってきた。入り口には背の高い木々の壁がそびえ立ち、その下には林道のような歩道が一筋奥へとまっすぐ伸びて、途中で左へ折れ曲がっているのが見通せた。
センは入り口の隣に設置されていた公園の大きな地図を眺めながら、
「さてとマイサちゃん。ポーチを失くしたのはどのあたり?」
と聞く。するとマイサは背伸びして公園の西側を指差した。
「私たちが今いるところとは真反対ですか」
「そしたら、この入り口から入って南の広場と陸橋を通って行けばいいね」
「公園の中に陸橋ですか?」
「この公園の中には車道があるんだ。その道を跨ぐように陸橋がかかってる。走ったことあるから知ってんだ」
地図を睨みながらセンとアルマーが話していると、突然マイサがびくりと体を強張らせて二人の影に逃げ隠れた。何事かと二人はマイサの見つめる方向に目を向けた。
そこにいたのは黒い制服を身にまとった大柄な男。夏だというのに分厚い装甲のついたチョッキを着て、肩に銃を提げた男が公園の入口付近を徘徊していた。
「……機動隊のヒトですね」
と、センはアルマーに耳打ちした。
「機動隊」とはパーク内の治安維持や、火器によるセルリアン掃討のためにパーク運営部が雇用した武装警備員である。これとは別に、フレンズで構成された「警備隊」という警備組織も存在するのだが、この「機動隊」はヒトのみで構成された組織だ。
機動隊は人数に限りがあるため、普段は空港や港など重要な施設にのみ配置されているのだが……
「機動隊がどうしてこんな普通の公園に?」
「パトロールか何かでしょうか」
二人は男に聞こえないようヒソヒソ声でやり取りした後、とりあえず縮み上がっているマイサのためにもさっさと公園に入ることにした。
ところが……
「なんだこりゃ」
「……機動隊がいっぱいじゃないですか」
どういうわけか公園の敷地内は先程の男と同じ武装をした機動隊員たちで溢れていた。彼らは地に目を落とし、首を左右にフラフラと振りながら、歩道や南の広場、その周囲に植えられている木々の間を粘っこく歩いている。その様子は、地面に落ちた何かを探しているように見えた。当然、マイサはガチガチに怯えてセンの腕に抱きついていた。
「……絶対ここで何かヤバいことがあったんだよ。でなきゃこんなに銃持った人間が集まるはずがない」
センの耳元でアルマーが囁く。
「何かが起きたことは間違いないでしょう。ですがそれ以上はわかりません。野次馬たちに聞いてみますか」
センはアルマーにマイサの見守りを頼むと、南の広場の端に屯していたフレンズたちに、何か事件があったのかと聞いた。すると、今日の昼頃に公園内を貫いている車道で交通事故があり、その現場検証に機動隊が来ているという話が得られた。センは興味深そうにメモを走らせながら、その話に含まれた一つの違和感を見逃さなかった。
(このシティで車の事故はたまに起こるが、通常は
センはこの推測をメモと脳裏に刻むと、アルマーたちの所に戻り、本来の目的地である西の広場へと再び向かい始めた。
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